例えば、安倍という人間についても、今回の安田という報道の関係者についても、メディアが取り上げるほどの価値があるのか?
評価の基準を狂わせ過ぎるのも良くないことでしょう!現代の価値判断の基準が、メディアや金儲けに偏り過ぎているのは大きな問題です。
例えば、株価についても日本、アメリカの株価は日本では、ダウが7500円から24000円、アメリカでも8000ドルから25000ドルと上がっています。
共に、この10年で3倍以上ですが果たして、国民の経済的な水準は、3倍以上になっていますか?
株式市場というものが、投機の対象となり単に、金儲けの場となっているから株式の値も過大に評価されたり、過少に評価もされるのです。
株式市場の本来の目的である、適正な価値を形成される為の仕組としての役割を遥かに超えてしまっているのです。
過大過ぎても過少過ぎても良くない物事や人間に対する評価です。
ところが、いつの時代でも人間の評価は偏り過ぎるものです。
もう1つ、例を上げるならトランプとヒットラーです。何処がどう違うのか?何処が同じなのか?なんて民衆には判断出来ません。
その判断の基準となっているのが、メディアであり、報道であり、情報だから人間が自分では判断出来なくなっています。
メディアや報道が何を取り上げるかの基準についても彼らは、何処までも自分達の利害を優先させる時代ですから、情報が偏ってしまいます。
人間に対する評価についても例えば、ビートタケシで言うなら、メディアにとっての価値評価と一般的な社会的評価では大きく違うのです。
最近、一部で言われる良い処取りの過大評価です。メディアにとっての価値は、その人間の一部であっても大きいことが良いことでしょう!
ところが、一部を除けばマイナスの価値しか無い人間も巧み居ます。政治家や財界、教育界にも沢山居ます。
過大評価され過ぎている存在が、現代では多過ぎるのです。その傾向を煽っているのは、紛れなくメディアであり、そのメディアを悪用しているのが政財界です。
本来、人間が健全に成長していたなら、このような荒廃した民主国家には成らないはずですが、アメリカや日本を代表に悲惨な現代に成っています!