<2023.02.04>
歳を重ねると、長く生きてきたせいか今現在よりも行動や考え方を変える事が『おっくう』になりますね。
これはある意味自然な姿だと思います。
ただ私はこの『おっくう』になる自然の姿は、寿命が今よりだいぶ短かった頃のお年寄りの自然な姿だったと最近思うようになりました。
今や平均寿命も延びて『100歳人生が』叫ばれている昨今ですので、この『おっくう』を受け入れていては、自他ともに晴れての100歳は迎えられないのではないかと思うわけです。
私が思う『おっくう』を受け入れる大きな問題は、認知症の近道の一つになるのではないかと、勝手に思っているからです。
寿命が短い時代の老後は、『悠々自適』でのんびりしていれば、そこそこでお迎えが来ていたわけですが、寿命が長くなったので、のんびりしている時間が非常に長くなり、どうしても、脳への刺激が少ない時間が長く、比例して『認知症』になりやすくなるのでは・・・・と、自分流の解釈ですけど・・・・。
昨今は、『70歳からの・・・・』や『80歳の・・・・』などの本の中でも、やはり『運動を・・・・』や『人との交わりを・・・・』・『好奇心を持とう・・・・』色々の、ヒントになる言葉が認められていますが・・・・、『のんびりとおっくう・・・・』な過ごし方を推奨している内容はないようですね。
例えば『かくしゃくとした90歳』を迎えようと思うならば、それなりに何らかの形で、『のんびりとおっくう』という、昔のお年寄りの考え方から抜け出す必要があると思いますね。
現在は、地域の公民館講座などでは、俳句や川柳、書道、パソコン(私が携わっている)その他たくさんの『おっくう』から飛び出せる誘い水が一杯あるようですし、足を運べない方などへは、通信の趣味講座などもあり、『よし好奇心を以って日々・・・・』・『部屋で体操をやろう』などの、自分でテーマを開発しても良いですよねー。
想いを巡らせれば『ヒント』はたくさんあるようですよ。
ただ、いろいろチャレンジしようと思っても心の中に『敵』がいます。
それは「今のままでいいんじゃない、今さら・・・・、おっくうやもんね」、大袈裟に言えばやさしく話しかける、認知症予備軍のお招き神様です。
この神様とはなるべく付き合わないようにしましょうよ。
そのためには、『迷ったら、まず一歩踏み出してみる(少しでも・・・・)』は如何でしょう。
「走りながら考える」や「だめなら引き返せばいいさ」という、ありがたい言葉が世の中にはあるようです。
私を含めて何とか『認知症』を遅らせたいと願いを持つ高齢の人に一緒になって『頑張ろうよ!』のエールを送りたくて綴りました。
<魚を足で掴んで飛ぶ鳥・・・・水中に飛び降り捕獲後・・・・動画の中のワンショット>
<冬の夕焼・・・・雲が素晴らしかった>