「告発側無双」「売名に見える」性被害を告発した女性たちに向けられる“言葉の刃” なぜ「セカンドレイプ」は後を絶たないのか?
2023/02/05 09:00
(TBS NEWS DIG)
「黙っている自分自身を許せなくなった」俳優の大内彩加(おおうち・さいか)さんが劇作家・谷賢一さんからの性被害を訴えた裁判が始まった。性被害を告発した後、大内さんのもとには匿名の誹謗中傷が相次いで寄せられている。「売名に見える」「本当なの?」このような周囲からの心ない言動で性被害者がさらに傷つけられる行為は「セカンドレイプ(二次被害)」と呼ばれる。世界に広がった「#MeToo」運動から5年あまり、この間、多くの人が声を上げ続けてきた。しかし、大内さんのように「セカンドレイプ」に苦しむ当事者は後を絶たない。被害者や告発者に対し、なぜ“言葉の刃”が向けられるのか。
告発後に相次ぐ誹謗中傷「心無い言葉送るのも“加害”」
裁判を前に大内さんがSNSで性被害について告発すると大きな注目を集めた。なぜ実名での告発に踏み切ったのか。2023年1月上旬、単独インタビューに応じた。
大内彩加さん(29)「匿名ではもみ消されてしまうと思いました。演劇業界からこれ以上被害者を出したくないんです。決して悲劇のヒロインを気取りたいわけではなく、私には事実を語る責任がある。恐らく批判も飛んでくるだろうと覚悟していました」
残念ながら大内さんの予想は現実のものとなり、匿名での誹謗中傷が相次いでいる。
Twitterでの誹謗中傷
「性被害告発流行ってんなーw痴漢自慢みたいなものかな。事実無根でこの女も非があるんだろうけど、告発側無双の世の中だからなー」
「フォロワー1000も満たない何にもならない俳優さん。…略…売名にも見えてならない」
「本当なの??」「嘘つき」
大内さんへの誹謗中傷
Instagramでの誹謗中傷
「いやさっさと死ねwどんな迷惑だ?!」
InstagramのDM
「仲良くなりたいです!大きいですね」
「死ね」といった直接的な表現での侮辱や「本当なの??」と事実かどうか疑うもの、さらには卑猥な内容のメッセージも・・・。「何が大きいのか?胸の大きさとしか思えません。言い逃れができるように何が、と書かずに直接的な表現をしないところもずるいです」と大内さんは訴える。
大内彩加さん「心無い言葉を発することで『あなたも加害者になっている』と気づいてほしい。セカンドレイプの言葉は、他にも被害を受けて傷ついた人たち、声をあげたいと思っている人たちの声を抑制してしまう。声をあげたらこんな言葉が飛んでくるんだと萎縮し、傷つく人がいるのであれば私は許せません」
劇作家からの“性被害”「演劇界からこれ以上被害者を出したくない」
福島県・飯舘村出身の大内さんは高校生の時に被災した。東日本大震災だ。原発事故により多くの人たちが故郷を奪われた。
大内彩加さん「私は母子家庭で育ち、母は小さな頃から福島のいろいろな場所に連れて行ってくれました。自然豊かな福島が大好きで、私の誇りです」
舞台稽古中の大内さん
谷さんは、原発事故を描いた作品で岸田國士戯曲賞を受賞した劇作家だ。大内さんは「谷さんから日常的なセクハラを受け、性行為を強要された」として谷さんを相手取り損害賠償を求める裁判を起こした。
谷賢一さんのHP「彼女の主張は事実無根および悪意のある誇張に満ちており、受け入れられるものではありません」
谷さんは取材に「裁判の中で主張立証を尽くす所存です」と回答し2023年1月に東京地裁で開かれた第一回口頭弁論でも争う姿勢を示した。
“性被害を受けた直後の精神状態”を、大内さんはこう振り返る。
大内彩加さん「もう終わったなと思いました。表にばれたら、仕事を体でとったと思われるんじゃないか。私が警察に話したら公演がストップしてしまう、お客様もせっかく予約して楽しみにしてくれているのに。私が責められるのではないかという恐怖もありました」
「セカンドレイプ」の背景に“公正な社会”を願う心理?
自衛隊で受けた性暴力被害を訴えた元陸上自衛官・五ノ井里奈さんも「セカンドレイプ」に苦しむ一人だ。
五ノ井里奈さん
五ノ井里奈さん「(告発による)誹謗中傷は今でもきています。言葉一つ一つが本当に凶器と一緒なので、もっと言葉を発する人は相手への思いやりを持って発してほしいなと思います」
(2023年1月30日 日本記者クラブでの会見)
なぜ「セカンドレイプ」は後を絶たないのか。性被害者を支援するHP「性暴力被害者支援情報プラットフォームTHYME(タイム)」を運営する卜田素代香(うらたそよか・仮名)さんに話を聞いた。
卜田素代香さん「被害者の特性を被害に結び付ける『そんな恰好をしていたのが良くなかった』といった言葉や、被害者の行動を責める『抵抗すればよかったのに』『なぜすぐに警察に行かなかったの?』などの言葉はいずれも『セカンドレイプ』にあたります」
「性暴力被害者支援情報プラットフォームTHYME」
卜田さん自身も、性暴力を受けた被害者だ。社会人として働き始めて間もなく、自宅マンションで見知らぬ男から性的暴行を受けた。その後加害者は逮捕され、刑事裁判を経験した卜田さんだが、被害を訴えた警察でも「セカンドレイプ」と感じる経験をした。
卜田素代香さん「過去の恋愛経験を聞かれました。強盗など他の犯罪にあったときに、恋愛経験を聞かれるでしょうか。聞かないはずです。被害者をジャッジしているように見えました」
「セカンドレイプ」が起きる背景の一つに、心理学の「公正世界仮説」が関わっているのではないかと卜田さんは語る。「公正世界仮説」とは、何か良いことをすれば良い結果が返ってきて、悪いことをすれば痛い目に遭うというように、社会が「公正」な仕組みにできていると信じる考えのことだ。
卜田素代香さん「被害者に悪いところや原因があったと思い込み被害者を責めることで、被害者と違う行動をしている自分は大丈夫だと線を引く。何も悪いことをしていない人が被害にあってしまう社会を認めたくないんだと思います」
社会心理学の専門家も、こう説明する。
近畿大学・村山綾准教授(社会心理学)「加害者が女性に対して敵意を持っていたり、匿名性が高いSNSで過激な行動を取りやすかったりするなど、セカンドレイプには様々な原因が考えられます。その一つとして『公正世界仮説』が被害者への中傷に関係しているという研究結果も世界で示されています」
村山准教授によると「公正世界仮説」は子どもの頃から培われているもので、成長しても多くの人が信じる気持ちを持ち続けるものだという。幼い頃に「良いことをすれば褒められ、悪いことをすれば怒られる」と言われた人も、子を持つ親になってそう言い聞かせている人も少なくないだろう。
村山准教授「公正な世界を信じるからこそ努力を積み重ねて幸福感につながるなど、信じる気持ちは決して悪いものではありません。ただ、時と場合によっては悪い結果をもたらし、犯罪被害者や社会的弱者への中傷につながってしまうこともあります」
女性“14人に1人”が性被害「誰もが被害者にも加害者にもなり得る」
内閣府の調査(2020年度)で、女性の14人に1人が「無理やり性交等をされた」経験があることが明らかになるなど、性被害は身近で深刻な問題だ。被害者の心をさらに傷つける「セカンドレイプ」に加担しないために、どんなことに気を付ければいいのだろうか。
村山准教授「被害者への反応は、直感的、即時的なもの。事件や被害者の声に触れたときに一度立ち止まって、不安に思っているのかもしれない自分の心の状態に向き合うことです」
卜田素代香さん「性暴力は誰もが被害者にも加害者にもなり得る問題です。自身の"加害性"を認識することが大切だと思います」
性被害によるPTSDで辞職せざるを得なかった卜田さん。HPを立ち上げたのは「自分の経験が少しでも同じ立場に立たされた人の力になれるのであれば」という思いからだ。また大内さんも「これ以上被害者が出ないように」と告発に踏み切った。匿名による〝言葉の刃〟を向けられても、顔の見えない名前も知らない〝誰か〟を思って行動に移す人たちがいる。
(TBSテレビ社会部 司法記者クラブ 高橋史子)
■性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター
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