新型コロナ、“無症状”でも無害とは限らない
2021/09/04 08:00
(ナショナル ジオグラフィック日本版)
2020年2〜3月に横浜港で隔離されていたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の船内で新型コロナウイルスに感染した人の肺の画像を初めて見たとき、米スクリプス・トランスレーショナル研究所のエリック・トポル所長は心配になった。PCR検査で陽性となった104人の乗客のうち、76人は無症状だった。にもかかわらず、その54%のCT画像に、肺に水がたまっていることを示す「すりガラス陰影」と呼ばれる灰色の斑点が見られたのだ。
「これが事実だと確認されれば、症状がなくても無害とは限らないことを示唆している」。トポル氏は、ダニエル・オラン氏とともに著した総説論文でそう警告している。論文は9月1日付けで学術誌「Annals of Internal Medicine」に発表された。
米国では、パンデミックが始まって以来、新型コロナの感染者数が4000万人近くに達している。最近のある研究では、実に感染者全体の35%が無症状と推定されている。「だからこそ、無症状でも害があるかどうかどうかを知ることが重要なのです」とトポル氏は言う。
ダイヤモンド・プリンセス号の症例が最初に報告されてから、すでに1年半以上たつ。だがトポル氏によると、無症状だった感染者の肺の異常に関するその後の研究はない。科学者たちは重症患者の治療法やワクチンの開発に追われ、無症状感染のその後の研究にまで手が回らなかったのだ。その結果、無症状感染がもたらしうる影響や、そうした影響を受けている人の数は、まだほとんどわかっていない。
問題の規模が正確にわかっていないのは、無症状感染者の数を特定するのが信じられないほど困難だからだ。「感染しても無症状だったため検査を受けておらず、自分が感染していたことを知らない人が大勢いるはずです」と、米ジョンズ・ホプキンス大学医学部の助教授で、急性期後の新型コロナ治療の専門家であるアン・パーカー氏は指摘する。
しかし、感染時に無症状であっても、その後に深刻な害を及ぼしうる証拠が報告され始めている。血栓、心臓の障害、不可解な炎症性疾患のほか、「ロングコービッド(long COVID)」と呼ばれる、呼吸困難や「ブレインフォグ(頭がぼんやりした状態)」などの症状が長期間続く後遺症などだ。
この記事では、新型コロナのいわゆる“無症状感染”の影響について、これまでにわかっていることと、まだ解明されていないことを見ていく。
自覚症状のない心筋炎と血栓
無症状感染者の胸部検査では、肺の損傷のほかにも、血栓や炎症を含め、心臓や血液で異常が確認されることがある。
血栓症の専門誌「Thrombosis Journal」などでは、新型コロナの無症状感染者の腎臓、肺、脳に血栓ができた症例がいくつか掲載されたことがある。ゲル状の塊が静脈に詰まると、臓器に血液が供給されなくなる。その結果、脳卒中や心臓発作などが起き、最悪の場合、死に至るおそれがある。
このような症例の報告は比較的少なく、一部の患者については血栓を引き起こすような基礎疾患があったのかどうかも不明だ。しかし、7月7日付けで医学誌「BMJ」に腎血栓の症例を報告した米ワシントン州の研究者は、「他に症状のない患者において、原因不明の血栓が新型コロナウイルスによる直接の結果でありうることを示唆する症例であり、救急部門の臨床医は、原因不明の血栓を新型コロナウイルス感染の証拠として扱うべきである」としている。
以下略)