安倍元首相の国葬「悼む気持ちをぶち壊した」 岸田首相の手腕は20点、専門家から辛辣採点
2022/09/23 10:00
「20点」と厳しい評価を受けた岸田首相
(AERA dot.)
27日に日本武道館(東京都千代田区)で執り行われる予定の安倍晋三元首相の国葬まであと1週間を切った。朝日新聞が9月上旬に行った世論調査では、64%が国葬に関する岸田文雄首相の説明に「納得できない」と回答するなど、理解が得られているとは言えない状況がいまだに続いている。何が足りないのか。専門家らに採点してもらった。
* * *
これまでの岸田首相の説明について「100点満点中45点」と厳しい評価を下すのは、法政大学大学院の白鳥浩教授(現代政治分析)だ。
7月中旬に国葬を実施すると表明した岸田首相は、その理由について(1)憲政史上最長の8年8カ月にわたる在任期間、(2)経済再生や外交で業績を残した、(3)弔意外交の機会になること、(4)暴力には屈しないという姿勢を示すという4点を繰り返してきた。さらに踏み込んだ説明が期待された8月上旬の閉会中審査でも、4つの理由を改めて説明。直前に公表された約16億6千万円という費用は「適正」と訴え、野党からは批判が相次いでいた。白鳥教授は「自分の中ではうまく回答したつもりなのに及第点に届かず単位が取れないというよくありがちなパターン」と指摘する。
「特に、なぜ国葬なのかという説明が非常に薄弱で内向き。自分の政党を持ち上げ、安倍元首相を支持する保守派の人だけに向けたメッセージで、世界的な問題提起ができていない。各国のVIPが来ないのは当然だ」(白鳥教授)
4つの理由のうちの一つ、海外から弔問者が訪れるため外交上のメリットがあるという点については、G7の現職トップとしてはカナダのトルドー首相が唯一の参加予定者となり(アメリカはハリス副大統領やオバマ元大統領が参加予定)、そのほかインドのモディ首相らが来日を表明しているが、当初想定していたより規模が縮小している感が否めない。
白鳥教授は、「また費用は積算根拠があやふやなまま、適正だとの説明を繰り返し、旧統一教会との関係についても安倍元首相については調査をしないと言う。憲政史上最長の在任期間という理由にしても、安倍元首相以前に最長だった佐藤栄作元首相はノーベル平和賞を受賞していたにも関わらず国葬ではなかったので説明がつかない。経済や外交で多大な貢献というのも、人によって評価が割れる」と、辛口だ。だが、意外な突破口があるとも指摘する。
「唯一残るのは、暴力に反対する意思を示すという理由です。現在、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻で多くの犠牲が出ており、核戦争も示唆されている。個人の国葬ではなく、そういったすべての暴力に倒れた人たちを悼み、暴力に反対することを国民の総意として強く打ち出すなら、野党も反対しないだろうし、海外からも弔問に来る意味がある。これができれば及第点にやっと手が届く50点というところでしょうか」(白鳥教授)
「概算ではあるものの16億6千万円という国葬にかかる予算の全体像を示したのは悪くなかった」と一定の評価をするのは一橋大学の佐藤主光教授(財政学・公共経済学)だ。
「当初は2億5千万円(会場費)だった予算に、後になって警備費などを追加したことで、野党からは『小出しにした』と批判されているが、日本の予算は省庁別で縦割りになっているため、内閣府の予備費から会場費、警察庁と外務省の予算から警備費を割り振り、発表に時間差が出てしまったということだと思う。ここは岸田首相だけを責められない」と理解を示す一方、来日する要人の人数によってさらに増額されていくことも考えられ、「その都度、情報をアップデートしていくべき」とした。
はじき出した点数は「65点」。そこまで点数が上がらなかった理由は、成果について示されていないことと、国民的な議論にできなかったことだ。
「財政学者として気になっているのは会場費の2億5千万円が予備費から出されているということ。予備費というのは本来、自然災害などが起きたときの支援など予見できない経費を賄うためのものです。国葬は内閣が自分で決めたことですから、自然災害と同一視はできいません。そもそも今年度はコロナ対策として5兆円が充てられるはずだったものが、物価高騰対策など、どんどん対象が拡大されています。国会の了解を経ない予算だからこそ、予備費の使い方についてはきちんと説明責任を果たすべき。特に国民的な関心が高い国葬についてはメディアを通してでもしっかり議論をすべきです」
議論の素地として必要なのが「比較対象を示した説明」だという。
「国の予算は100兆円を超え、予備費は5兆円。そのうち国葬に充てられる16億6千万円というのは決して大きなパーツではありません。ただ、金額だけを示されても、それが高いのか安いのか国民は感覚的に理解し議論することができません。例えば、警備費については、ハリス副大統領が来日する時の費用を示し、これが何人集まるとこの規模になると説明する。会場費の2億5千万円は天皇陛下が参加され、同じ日本武道館で毎年行われてている全国戦没者追悼式と比べるなどすれば、感情的にならずに議論ができる。それは岸田首相にとっても良いことだと思います」
イギリスと日本で2拠点生活をしながら時事YouTuberとして活動するたかまつななさんは「国を分断し、安倍さんを悼む国民の気持ちをぶち壊したのは岸田さんだ」と批判する。
現在滞在中のイギリスではエリザベス女王の国葬が執り行われ、連日、国民が十何時間も弔問の列に並んだ。日本との温度差から、岸田首相のリーダーシップに「20点」と厳しい点数を付けた。
問題点はどこにあったのか。岸田首相の対応が後手に回り、予算が当初の6倍に膨れ上がり、弔問外交の効果が見えないことなど挙げた上で、こう指摘する。
「安倍さんの業績には功罪あり、私自身も批判的な立場を取ることもあったが、銃撃事件は衝撃的でしばらくは何をしていても悲しい気持ちだった。今の10〜20代の若い子たちにとって総理大臣と言えば安倍さんであり、それを失った寂しさや喪失感は大人よりも大きいと思います。それなのに岸田さんは『聞く力』と言いながら対話もなく閣議決定してしまい、国民を分断し、静かに死を悼む機会を奪った。それは安倍さんに対してもとても失礼な仕打ちだと思う。国葬を欠席しますと堂々と言う野党議員にも若者は厳しい目を向けているだろうし、政治不信を抱かせ、国益を損なう最悪の対応です」
たかまつさんはウクライナ侵攻の開始から半年となるタイミングで現地の様子を自ら取材。日本国内の報道が国葬問題に偏っていたことも「ロシア、北朝鮮、中国に囲まれた日本が今後の安全保障について考える機会を失い、とても残念」と感じたという。
「暴力に屈しないという国葬の趣旨は、ロシアの力による現状変更を認めないというメッセージを訴える絶好の機会だ。岸田さんには国葬を通じて、どのような国益があるのか説明をしてほしかった。例えば、安倍さんが提唱した自由で開かれたインド太平洋構想の意思を引き継ぐため、インド、オーストラリアなどとの関係強化を世界中に訴えるなどできると思う」(たかまつさん)
期せずして、イギリスではエリザベス女王の国葬のために各国のVIPが集った。安倍元首相の国葬による弔問外交の効果はさらに問われることになりそうだ。(AERA dot.編集部・金城珠代)
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これまでの岸田首相の説明について「100点満点中45点」と厳しい評価を下すのは、法政大学大学院の白鳥浩教授(現代政治分析)だ。
7月中旬に国葬を実施すると表明した岸田首相は、その理由について(1)憲政史上最長の8年8カ月にわたる在任期間、(2)経済再生や外交で業績を残した、(3)弔意外交の機会になること、(4)暴力には屈しないという姿勢を示すという4点を繰り返してきた。さらに踏み込んだ説明が期待された8月上旬の閉会中審査でも、4つの理由を改めて説明。直前に公表された約16億6千万円という費用は「適正」と訴え、野党からは批判が相次いでいた。白鳥教授は「自分の中ではうまく回答したつもりなのに及第点に届かず単位が取れないというよくありがちなパターン」と指摘する。
「特に、なぜ国葬なのかという説明が非常に薄弱で内向き。自分の政党を持ち上げ、安倍元首相を支持する保守派の人だけに向けたメッセージで、世界的な問題提起ができていない。各国のVIPが来ないのは当然だ」(白鳥教授)
4つの理由のうちの一つ、海外から弔問者が訪れるため外交上のメリットがあるという点については、G7の現職トップとしてはカナダのトルドー首相が唯一の参加予定者となり(アメリカはハリス副大統領やオバマ元大統領が参加予定)、そのほかインドのモディ首相らが来日を表明しているが、当初想定していたより規模が縮小している感が否めない。
白鳥教授は、「また費用は積算根拠があやふやなまま、適正だとの説明を繰り返し、旧統一教会との関係についても安倍元首相については調査をしないと言う。憲政史上最長の在任期間という理由にしても、安倍元首相以前に最長だった佐藤栄作元首相はノーベル平和賞を受賞していたにも関わらず国葬ではなかったので説明がつかない。経済や外交で多大な貢献というのも、人によって評価が割れる」と、辛口だ。だが、意外な突破口があるとも指摘する。
「唯一残るのは、暴力に反対する意思を示すという理由です。現在、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻で多くの犠牲が出ており、核戦争も示唆されている。個人の国葬ではなく、そういったすべての暴力に倒れた人たちを悼み、暴力に反対することを国民の総意として強く打ち出すなら、野党も反対しないだろうし、海外からも弔問に来る意味がある。これができれば及第点にやっと手が届く50点というところでしょうか」(白鳥教授)
「概算ではあるものの16億6千万円という国葬にかかる予算の全体像を示したのは悪くなかった」と一定の評価をするのは一橋大学の佐藤主光教授(財政学・公共経済学)だ。
「当初は2億5千万円(会場費)だった予算に、後になって警備費などを追加したことで、野党からは『小出しにした』と批判されているが、日本の予算は省庁別で縦割りになっているため、内閣府の予備費から会場費、警察庁と外務省の予算から警備費を割り振り、発表に時間差が出てしまったということだと思う。ここは岸田首相だけを責められない」と理解を示す一方、来日する要人の人数によってさらに増額されていくことも考えられ、「その都度、情報をアップデートしていくべき」とした。
はじき出した点数は「65点」。そこまで点数が上がらなかった理由は、成果について示されていないことと、国民的な議論にできなかったことだ。
「財政学者として気になっているのは会場費の2億5千万円が予備費から出されているということ。予備費というのは本来、自然災害などが起きたときの支援など予見できない経費を賄うためのものです。国葬は内閣が自分で決めたことですから、自然災害と同一視はできいません。そもそも今年度はコロナ対策として5兆円が充てられるはずだったものが、物価高騰対策など、どんどん対象が拡大されています。国会の了解を経ない予算だからこそ、予備費の使い方についてはきちんと説明責任を果たすべき。特に国民的な関心が高い国葬についてはメディアを通してでもしっかり議論をすべきです」
議論の素地として必要なのが「比較対象を示した説明」だという。
「国の予算は100兆円を超え、予備費は5兆円。そのうち国葬に充てられる16億6千万円というのは決して大きなパーツではありません。ただ、金額だけを示されても、それが高いのか安いのか国民は感覚的に理解し議論することができません。例えば、警備費については、ハリス副大統領が来日する時の費用を示し、これが何人集まるとこの規模になると説明する。会場費の2億5千万円は天皇陛下が参加され、同じ日本武道館で毎年行われてている全国戦没者追悼式と比べるなどすれば、感情的にならずに議論ができる。それは岸田首相にとっても良いことだと思います」
イギリスと日本で2拠点生活をしながら時事YouTuberとして活動するたかまつななさんは「国を分断し、安倍さんを悼む国民の気持ちをぶち壊したのは岸田さんだ」と批判する。
現在滞在中のイギリスではエリザベス女王の国葬が執り行われ、連日、国民が十何時間も弔問の列に並んだ。日本との温度差から、岸田首相のリーダーシップに「20点」と厳しい点数を付けた。
問題点はどこにあったのか。岸田首相の対応が後手に回り、予算が当初の6倍に膨れ上がり、弔問外交の効果が見えないことなど挙げた上で、こう指摘する。
「安倍さんの業績には功罪あり、私自身も批判的な立場を取ることもあったが、銃撃事件は衝撃的でしばらくは何をしていても悲しい気持ちだった。今の10〜20代の若い子たちにとって総理大臣と言えば安倍さんであり、それを失った寂しさや喪失感は大人よりも大きいと思います。それなのに岸田さんは『聞く力』と言いながら対話もなく閣議決定してしまい、国民を分断し、静かに死を悼む機会を奪った。それは安倍さんに対してもとても失礼な仕打ちだと思う。国葬を欠席しますと堂々と言う野党議員にも若者は厳しい目を向けているだろうし、政治不信を抱かせ、国益を損なう最悪の対応です」
たかまつさんはウクライナ侵攻の開始から半年となるタイミングで現地の様子を自ら取材。日本国内の報道が国葬問題に偏っていたことも「ロシア、北朝鮮、中国に囲まれた日本が今後の安全保障について考える機会を失い、とても残念」と感じたという。
「暴力に屈しないという国葬の趣旨は、ロシアの力による現状変更を認めないというメッセージを訴える絶好の機会だ。岸田さんには国葬を通じて、どのような国益があるのか説明をしてほしかった。例えば、安倍さんが提唱した自由で開かれたインド太平洋構想の意思を引き継ぐため、インド、オーストラリアなどとの関係強化を世界中に訴えるなどできると思う」(たかまつさん)
期せずして、イギリスではエリザベス女王の国葬のために各国のVIPが集った。安倍元首相の国葬による弔問外交の効果はさらに問われることになりそうだ。(AERA dot.編集部・金城珠代)