話は今年の春にさかのぼる。
長男の入学式直前、実家のジジからクレームが入った。
「弁当を作りたいと言い出した。学校、バイト、こんどは料理か。お前たちは何を考えてるんだ。
好きなようにやりたいのだったら、もう預かることはできない」
??? 何のことだ ??? 二階のIHクッキングヒーターを使うことで電気代がかかることへの懸念か?
そのための家賃2万円に設定したじゃないか? なんだかわからないが、ご立腹の様子である。
ワンちゃんの散歩があったので、いったん電話を切って相手の言っていることをもう一度冷静に理解しようとしたが、まったくわからない。
確認のため再度連絡すると、今度は上機嫌な声のご老体。
あいかわらず長男のバイトに関しては反対であることは分かったが、なぜ料理をすることに異議を唱えるのかはわからぬまま、
「入学式当日に長男と話し合う」、とだけ伝え電話は終了。
専門学校の入学式後、長男とミーティング。ここで驚愕の事実を知ることになった。
長男:「弁当を作るなんてひとことも言ってない」
・・・ますますわからなくなってきた。
「『料理をしたい』と言ったら、いつもの昔話からはじまって、電気代がかかるとかなんとかさんざん言われた挙句、
最後はいつもの『好きなようにやりたいのならここには置いておくことはできない』と言われた」らしい。
もうウンザリという顔の長男。事情は何となく分かった。とりあえず、今後ジジの前で料理の話はやめておけと忠告し、私は帰路についた。
この一部始終を職場からババに連絡。4月の電話代は、びっくりするほど高くついてしまった。
年老いて気が短くなるのはやむを得ないとして、これに加えて妄言で絡んでくるのだから、たまったものではない。
ジジよりはまだいくらか頭がシャンとしているであろうババには、こういった言動がエスカレートするようなら
すぐ連絡をくれるように伝え、加えて、長男のことはくれぐれも放っておいて欲しいと頼んでおいた。
それからというものの、私の懸念をよそに実家の家主からのクレームが入ってくることはなく3か月が過ぎた。
長男の夏休みが近づいてきたころ、突然ババから職場の昼休みに連絡がきた。長男の1学期(という言い方が正しいのかわからないが)が終わり、ババ曰く「ジジとは『これでひと区切り』と話をしているとのことだった。
!? ひと区切り ???
これは老夫婦のどちらかが体調を悪くしたのか? ということか思い、尋ねてみたがそうではないらしい。
具体的に、年老いた二人の状況を教えてほしいと聞いても核心をついた言葉が出てくることはなかった。
はっきりしたことを言わないのはわが家系の”お家芸”である。
それから数日後、今度は兄からメールが届いた。
内容は、「父の体の調子が悪そうだ。心身ともに限界がきているのではないか」というもので、
長男は別居をするべきだという結論だった。
ババから、二人とも体調が悪いということではないと聞かされていたのはつい先日のことである。兄が誤認しているのか、ジジかババが事実と違う発言をしているのか・・・
め ん ど く さ い
兄からのメールに第2報には、老夫婦二人から聞いたお互いの言い分が記載されていた。
内容はともかく、二人とも「長男との同居が始まってから・・・」と言っていることは共通していた。
かくして私の50歳の誕生日に長男が帰省。
状況を聞くと、ババからは「ジジは健康そのもの」と聞いているとの証言。
しかし、孫との同居に楽し気にウカれているババに対して、ジジは正面切ってこう言い放ったそうだ。
「オレは楽しくない」
兄の証言、「心身ともに限界」の、「心(=精神面)」で相当ストレスを感じているということは事実のようだ。
これはもう答えを出さなければいけない時が来ているってことなのかな・・・と思った。
ただ、長男の推測では「ジジが体力的にキツいのかもしれない」とも言っていた。
そんなわけで実家の墓参りを予定していた8月20日、最終的な結論を出すことになりそうな予感がしていた。
長男には「結果はどうなるかわからんが、とりあえず部屋を探しておけ」と指示した。
長男は久々の実家生活を満喫し、札幌の”伏魔殿”へと戻って行った。
長男が帰ってから、間もなくしてババから連絡があった。
「兄貴からのメールで『ジジが心身ともに限界のようだ』とあったんだけど・・・」と切り出すと、
「あぁ、(兄は)考えてくれてるのね、実は・・・」と、
春以降、救急車を呼ぶほどではないが2度ほど心臓の調子が悪くなったらしい。
?長男の夏休み前の電話はいったい何だったんだ?
?長男に言っていた「健康そのもの」ってどゆこと?
気遣いという名の二枚舌・・・そんな言葉が頭をよぎったが、これで兄貴のメールにあった「ジジが心身ともに限界」という推測は間違いないであろうことは了解した。
「そういうことなのであれば、別居に向けて覚悟はしておいたほうがいいね」と私が言うと
「お金を用意しておきなさい」とババが返してきた。
?! そ、そんなに切羽詰まった状況なのか?!
早く言ってくれよぅ~~~
もう私の心は決まった。とはいえ、長男の一人暮らしにかかる費用をどうしようか、というのが急遽最大の課題として容赦なく突き付けられることとなった。
がしかし、ここで幸運が巡ってきた。妻の実家の墓参りの日のことである。
妻の姪、つまり長男のいとこが職場の寮を出て自宅通いになるから、いらなくなった家電や生活用品を譲ってくれるというのだ。
これ以上にないほどの予期せぬ助け舟に、歓喜の思いをおさえきれなかったというところに水を差すような電話が入った。
長男が「ジジから、食事の支度を忘れたババが『面倒を見る自信がない』と言い出し、これからは食事の支度をすべて自分でするように言われた。だから家賃を半額にするって・・・」
なぬ? またわけがわからんことを言い出したぞ。
め ん ど く さ い
最初っから「実家の2階の部屋を2年間だけ使わせてくれるだけでいいからお願いします」
「部屋を使う以外のことは自分でやります」「どうか放っておいてやってください」と再三言っていたハズだ。
にもかかわらず、ついに微塵も聞き入れてもらえることはなかった。
孫を世話するとか面倒見るとか、そんなのいらないんだってば。
それなのにまだこの期に及んでこの人たちは・・・
これで、8月20日がどうやら”訣別の日”となることが決まった。
8月20日、予定よりも早く実家に到着すると、ババがお墓参りの準備で買い物に出かけていたため不在だった。
横から口をはさんでくる人物がいないことは、ジジにとっても私にとっても好都合である。
まずは私が、夏休み前のババからの不可解な電話に端を発したこれまでの経緯を話し、長男に近いうち転居させることを伝えた。
たいそうジジはご満悦のご様子。いつものごとく饒舌にフガフガと長い話が始まり、ゴミ屋敷化している部屋を私に見せ、自虐的に語りかける余裕までご披露なさった。
話が終わると、ババが帰宅。何が起こったかはよくわかっていない様子だったが、もう話は決まった。
あとのことはもう知らない。金輪際関わりたくないんだから。これでもう、クソまみれの遺体で発見されようが、暴れて二人で刺し違えようが、もう私の知ったところではない。
さっさと墓参りを済ませ、長男と二人で近くのファミレスでランチ&ミーティング。
帰り道、なんで自分がここまで煩わしい思いをしたのか考えた。
「そうか!あの家はもう私の実家ではなく、あのご老体の家なのだ!」
”もう実家ではない”と思った瞬間、憑きものがとれたかのように、ふっと気が軽くなった。
わたしが帰ってくるべき家はどこでもない、ここなのだ。
そんな夏の終わりの思い出でした。