平成24年9月30日
前回のつづき
Sくんの見送りのため、留守番の私以外の5人が部屋を出ていった。
しばらくして、まずNくんが戻ってきた。
以下、Nくんとの会話である。
「ここ(カラオケボックス)じゃないほうがよかったな」
「これは普通の飲み会だよ」
「うんうん」
「どこかの居酒屋とかの方が良かったかも」
「これじゃ、高くつくな」
<高くつく>とは、割高になってしまうという意味である。
酒が飲めない私とNくんのお腹の中は、タピオカ入りミルクティー、ココアフロート、
その他ソフトドリンク、そして烏龍茶で満たされている。これだけで数時間。確かに割に合わない。
せっかくのカラオケボックスなのに、歌わないまま終わってしまうのだろうか。
いや、ここまで盛り上がったんだからそれでも仕方ないと思った。第一、歌う雰囲気ではないのだ。
今年は、麻田くんとの15年ぶりの再会を存分に楽しむというのも悪くはない。
しかし、退出予定時間は午前6時。この時点で5時間近くも残されていた。
ホントにこのまま終わるのか?・・・だとすれば、午前3時くらいにお開きってこと?
どうなんるんだ、今回は。
全員着席。時刻は午前1時くらいじゃなかっただろうか。
すると、気持ちよく酔っ払ってきた麻田くんが、上半身服を脱ぎ始めた。
その場にいた全員、彼の鍛え上げられたボディに驚いた。まるで古代ギリシャの彫刻のようである。
腹筋は、キレイに6つに割れていた。骨盤のあたりにコブのようなものができているように見えたが、
あさだ:「こんなトコにも筋肉付いちゃったんだよね~」・・・これも筋肉だそうだ。
私は、「エグザイルだ!エグザイルだ!」と連呼した。
といっても、実はエグザイルのことをあまり知らない。「めちゃイケ」で見たくらいである。
マッチョボディを目の前にして、「ワー!スゲー!」と歓声が上がるのは
当たり前のリアクションである。
こういったリアクションを
<ステップ1>としよう。
<ステップ2>
「ようし!オレだって!!!」と対抗して同じように服を脱ぐ → すると現れたのは、鋼の肉体とは正反対の体。
「なんだその体は!」と一斉に突っ込まれる、または一同ズッこけるというオチ。
Iくんはすぐさまこれを実行した。
彼と会うのは3年ぶり。学生時代から、Iくんといえば頬がこけたやせ型のイメージが強かった。
3年前に会った時も、<細身のスーツ姿のIくん>という印象が残っている。
だが、3年の歳月は、彼の顔を真ん丸にし、見事なまでに醜いメタボ体型へと変化させていた。
そして我らが某会には、もう一つ、
<ステップ3>というべきもう一つのパターンが存在する。
”流儀”とでも言っておこうか・・・
「わー、すごい体だな。じゃ、披露してくれたお返しに
私の歌を聴いてもらおう」
「私の歌を聴いてくれ」
「オレの歌を聴きなさい」
「オレの歌を聴けーーー!」(「マクロス7」より)
そんな強硬な態度で猛然と立ち向かうことができるほどの度胸は持ち合わせていない。
ただ、話題のネタが尽き始め、言葉ではなくカラダを使って盛り上げようとするのなら、
我々には、他人を驚かせるような筋肉はないが、自信を持ってお届けする
”歌” がある。
<歌うなら今しかない!> 私はそう思った。
今までの歴史をひっくり返すほどのビッグサプライズに始まり、さしずめ”麻田徹志トークライブ”といった空気を
私はドキドキしながら再び元に戻そうと試みた。
そうして私が選んだ曲は、
「ど根性ガエル」(’72)
某会ではおなじみの曲である。
私は、麻田くんに語りかけるように歌ったつもりだ。
「夕方、学校から帰ってきてテレビをつけると再放送でやってたでしょ?どうだい、懐かしいだろ?」
すると、私の目の前には、目が点になっている麻田くんがそこにいた。
ツヤの良いお顔にある大きな二つの黒い点が、確かにこちらの方を向いているのがわかった。
「・・・あれ?・・・」
私が歌い始めると、NくんとHKくんの両氏が、黙々とリモコンをいじり始める。
「ちょ、ちょっと、キミ達は自分から”先陣を切ってやろう”という気はないのかね!」
こうして、あれだけ盛り上がった”普通”の<プチ同窓会>は、
いとも簡単に”尋常ではない”<アニソンカラオケ大会>へとシフトしていくのであった。
麻田くんを思いっきりしらけさせてしまった私が、「今度こそ・・・」と次に選んだ曲は、
「花のささやき」(「小公女セーラ」OP)。
これだったら、知っているだろう。
Iくんは、画面に映るミンチン学院長を指差し、「コイツ憎たらしいんだ」と言っている。
Nくんも、この作品を知っているようだ。私は作品名は知っていたが、内容は最近になって再放送でようやく見た。
「ほら、『世界名作劇場』だよ。日曜夜に放送されてたでしょ。ね、麻田く・・・」
声は聞こえなかったが、Iくんと麻田くんの会話の様子が目に入った。
おそらくIくんは、こう話しかけていたと思う。
「これ(このアニメ)知ってる?」
Iくんの問いかけに、麻田くんはハッキリと首を横に振っていた。
またしても麻田くん、どっチラけ。すっかりヒンシュクを買ってしまったようだ。
しかし、次の曲はまた私。目を覚ましたいつもの某会に、私は激しい興奮を覚え、歌う順番のことなど考えず、
立て続けに入力してしまっていた。
「薔薇は美しく散る」(「ベルサイユのばら」OP)
前の2曲で失敗していたにもかかわらず、初心者の麻田くんに対して難易度を思いっきり上げてしまった。
しかし、この日のために用意した曲を、おろそかにするわけにはいかない。
♪バラは バラは~
渾身の力を込めて熱唱する私。「こんな曲じゃないwww」と、Nくんの声。
そう、原曲は透明感のある女性の声である。こんな40前のオヤジの薄汚い声で歌うような曲ではない。
しかし、この空間において、そしてこの3分20秒の間、この歌は
オレの歌だ。
♪ブァラは ブァラはぁ 美しく散ぃる~~~ (ジュテーム オスカル・・・)
「や~ま~が~た~!!!」 麻田くんの怒号が飛ぶ。
・・・?
彼の怒鳴り声がものすごく遠くに聞こえる。
意識ははっきりしているのだが、なんかどこかへ飛んでくような感覚が全身を包む。
いよいよ私も酔っぱらってきたようだ。
泥酔状態のIくんもついに始動。
「うる星やつら」、「魔法の天使 クリーミーマミ」、そしてフェイスブックで私がリクエストしていた
吉田拓郎、さだまさしなどのフォークソングを熱唱。
車で140kmかけて、わざわざこの日のために駆けつけてくれた麻田くんをひとりぼっちにして、
我々は火が付いたように、歌い狂い始めていた。
いかんいかん、これではいかん。
私は12年前に起こった、「N先生(
第7章で登場)<死んだ魚のような目>事件」の経緯を、
麻田くんに説明。これは普通のカラオケではないことを言い訳がましく述べた。
彼から帰ってきた言葉は、
「わかる!オレ、その気持ちわかる!」
そうだよな、その通りだよ、麻田くん。
でも、これが15年の歳月を経た我々のカタチなんだよ。
ひとたび走り始めた”某会という名の列車”はもう止められないのだ。わかっておくれ。
お詫びも兼ねて私は、再度麻田くんのために歌う。
「おれたちゃ怪物三人組よ」(「怪物くん」ED)
私は、フランケン、ドラキュラ、オオカミ男の声を真似しながら歌う。似てないけど某会ではみんな笑ってくれる。
全国採点では、ダントツの最下位。いや、得点が問題じゃない。この歌を麻田くんのために・・・
----麻田くん、完全に沈黙----
・・・やれるだけのことはやった。もう悔いはない。さようなら、麻田くん。私にはまだやり遂げなけばいけないことがあるんだ。
がっかりしている暇などなかった。
Nくんが、
「少年ハート」(「交響詩篇エウレカセブン」第2期OP)を歌い始めた。なんとラップを披露。
完璧とはいえない出来ではあったが、見た目からは想像もできない選曲に、度肝を抜かれた。
HKくんは、膨大なレパートリーから淡々と選曲していた。
虎視眈々と何かを狙っているようにも感じられた。
Nくんが
「SEVENTH MOON」(「マクロス7」OP)を歌う。
Nくんの歌声は、20代の頃の破壊力(笑)は影を潜めたが、いまだに歌唱力という点では、某会で肩を並べる者はいない。
最近のカラオケは全国採点だけでなく、歌いながら音程などをチェックできる機能が搭載されている。
今回わかったことだが、Nくんの声は、音のブレが極端に少ない。
これこそ、みんなが知らない曲でも彼の歌に引き込まれてしまう理由なのだろう。
そして、これぞ<某会カラオケ大会・初代王者>の実力なのかと、私はゾクゾクするような衝撃を受けた。
麻田くんは、
「残酷な天使のテーゼ」(「新世紀ヱヴァンゲリヲン」OP)を歌ったが、大量のアルコール摂取と
室内を支配する異様な空気に悪酔いしてしまったせいか、うまく発声できない状態であった。
忙しいところをわざわざ駆けつけてくれた彼に対して、我々はなんて”残酷”なことをしてしまったんだろう。
皮肉なことに、ヱヴァのOPはこの日の麻田くんのエディングナンバーとなってしまった。
この曲を歌い終えてまもなくして、彼は力尽き、深い深い眠りについてしまう。
石のように動かないその姿は、まさに
<化石>であった。
結局、彼が歌ったのはこれだけ。麻田くん、お疲れ様でした。
Iくんは、「次の日、仕事」と宣言しておきながら、絶好調といった感じで歌い続ける。
「明日、大丈夫?」なんて聞こうものなら、「帰れってことか!」と睨みつけてくる。こ、怖い。
そういえば、麻田くんが歌っている間、画面に映し出された綾波レイに、泥酔しながら過剰に反応するIくんに対し、
「ただのクローン人間じゃん」と口を滑らしてしまった時も、彼はものすごい形相でこちらを睨みつけてきた。
もう、この酔っぱらいは手がつけられない。
しかし、次から次とフォークソングを歌い、前述のとおり私のリクエストに答えてくれている。
正気なのか、正気じゃないのか、もう判別不能である。
Nくんとは、アニメの話で意気投合した。
「さっき面白いって言ってたアニメの主題歌がこれ」
「○○というアニメの第5話と第10話のEDがメチャ笑える」
「これ!このアニメ、もうすぐ第2期始まるぞ!」
15年半前、学校を卒業したら会うことなんて無いだろうと思っていたNくんと
今こんな会話をしているなんて信じられない。
そしてHKくん。カラオケ初心者だったはずの彼が、今では第3代王者として君臨している。
私やNくんの歌を、黙って聞いていた卒業式後のカラオケ。
私とNくんのアニソンカラオケ対決に、最初は歯が立たなかった彼が、今では余裕すら感じられる。
いや、そう見えるのは表面上だけのようだ。彼のブログ、メールを見るとここまでの道のりは大変だったからである。
ひとり練習に明け暮れる日々。忙しい合間を縫ってのセットリスト作成。
その努力が報われず、幾度も壮絶に散っていったHKくん。
今回はひとりで練習する時間すらなくて、休日に家族でカラオケに行ったついでに予行演習してきたとのことだった。
そんな彼らに、興奮が極限に達した私は宣戦布告する。
「SOMEONE ELSE」(「WORKING!」第1期OP)
この日私が歌った一曲目は、
「スーパーワンのうた」。
歌うはEテレ「いないいないばぁ!」で、チョーさん扮する「ワンワン」。
というわけで、
♪SOMEONE!(ワンワン!) SOMEONE!(ワンワン!) SOMEONE(ワンワン!) SOMEONE ELSE・・・
原曲は3人のボーカルによる曲である。これを一人でやらなければいけないからとても忙しい。でも楽しい。
脳が活性化されるような感じがする。私はこの手の曲を<認知症対策の曲>と位置づけている。
「STUDY × STUDY」(「ハイスクールD×D」ED)
「優しさの理由」(「氷菓」第1期OP」)
どちらもNくんの選曲である。まさかこの曲が聴けるなんて・・・。Nくんも見てたのか、このアニメ。
「愛の光と影」(「ベルサイユのばら」ED)
この日、私が最も感情移入できた曲である。
間奏のセリフ;
「愛しても、愛と呼べない。僕の目はもう君を見ることができなくなる。あぁ、オスカル・・・」
緑内障を発症した私は、オスカルの盟友であり、秘かに彼女を慕うアンドレになりきってこのセリフを読み上げる。
すると誰の声か、「うまい!」というのが聞こえた。
褒められればどこまでもつけあがる私にとって、まさに至福の瞬間であった。
「ブルーウォーター」(「ふしぎの海のナディア」OP)
調子に乗ったついでに、またしても唸り声を上げてこの歌を熱唱。
太古の眠りについている麻田くんを除いて、この曲はみんな知っていた様子。
私は、勝手にみんなが応援してくれてるような錯覚を覚え、大変爽快な気分であった。
最後、音を外してしまったけど。
まだ酔いが足りない。もっと酔いたい。自分の歌に。
NくんもHKくんもきっと同じ気持ちだったろうと思う。
言葉にするまでもなく私とNくんとHKくんは、この状況をどうすればもっとカラオケに集中できるかわかっていた。
そうして我々がとった手段とは・・・