障害者自立支援法と国・企業のあり方
「美しい国」の御寒い実態2007/6/4
5月24日、安倍総理は名刺作成や焼き菓子製造などを行う4つの障害者施設の人たちを官邸に招いた。各施設のブースで活動状況を見学後「われわれも全力でバリアをなくす努力をします。障害者の方々には本当にいろいろな困難があるだろうと思います。“障害者自立支援法”が施行されて1年が過ぎ、いろんな問題点が指摘されています。障害のある人も、障害のない人と同じように働ける社会を作るべく全力を尽くしたい」と前向きな姿勢を示した。
しかし、“言うは易く”、国の支援は不十分だ。このほど「きょうされん」を取材し、この法律の不備の実態を声高に叫ばずにはいられない。
話は1977年にさかのぼる。当時、障害者が働きたくてもその場所がなかった。共同作業所全国連絡会「きょうされん」は「働こう障害者も、働けるんだ私達も」をスローガンに全国16カ所に小規模作業所を設立した。劣悪な作業条件で、洗濯ばさみの組み立て、割り箸の袋詰め、アイスクリームのへら詰めなど1個何十銭、月収2000円にも満たない内職作業が主。作業所数の拡大も資金不足で牛の歩みだった。
95年1月、阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた関西の作業所に対し、ヤマト福祉財団(当時の理事長・故小倉昌男氏)が復興支援費300万円を使途限定なしで提供した。それを契機に理念を同じくした両者は、翌96年から全国12カ所で2泊3日セミナー(定員30人)を共同で開催し始めた。
その狙いは次のようなものだった。▽“経営”を学ばせ、参加者が各地で作業所を設立運営できるようにする▽生産性・品質の向上によって工賃をあげ、売り上げ増をめざす▽障害者の能力向上を図り企業の雇用拡大を促す▽賃金を上げ、障害者の自立を促す
同財団の積極的な支援もあり、今受講者は3000人に上り、作業所数も全国6000カ所に拡大している。障害者を雇用したい企業も出てきた。しかし、国の支援はなく民間と自治体に任せっぱなしというのが実態だ。
2005年10月、“障害者に屈辱的な法律”として数年にわたる反対運動の中で、「障害者自立支援法」が国会を通過、昨年4月から施行されたが、案の定、深刻な問題が露呈している。障害者の自立支援を目的としながら、福祉施設で働くのに運営費の10%を利用料とする「応益負担制度」により、家庭収入に応じて月額1万5000円~3万7200円の支払い義務が生じているからだ。
「障害者にも自己責任」との考え方で、障害を個人と家族のせいにし、本人が払えなければ家族負担にするいう過酷なもの。障害の重い人にとって必要な生命の維持にかかわる支援行為ですら「益」とみなす政府の考え方は、決して障害者支援とはいえない。
昨年末、政府は06~08年限定で負担を4分の1にする軽減措置を講じたが、次のような問題が深刻化している。
▽利用料が払えず滞納(作業所での月収1万円強)が生じている▽労働意欲の低下が社会復帰を遠ざける▽運営費の削減が職員給与を圧迫(約2割減)し、転職の増加を促す▽労働条件の劣悪化もあって就労志望学生が激減。4年生大学の進路希望では9割が福祉関係を敬遠。若者離れ、人材減少という危機的状況に陥っている。
「きょうされん」の藤井克徳常務理事は、「障害が重ければ重いほど国や社会の支援が必要なことは欧米では常識。政府は自立と自己責任を強調するが、障害者にまで求め過ぎる。これで本当に美しい国といえるのだろうか」と憤りを隠さない。
かつて来日したロザリン・カーター元米国大統領夫人は「その国の人権や文化のバロメーターは障害者施設や障害者のおかれている状況をみればわかる」と日本の障害者福祉向上を呼び掛けたが、「障害者を締め出す社会は弱くてもろい社会」(80年国連決議)なのである。
一方、民間企業においても、障害者の実雇用率は昨年平均で1・52%にとどまり、法律で義務付けられている1・8%を達成した企業は4割にも満たない。コンプライアンス(法令順守)の観点から大きな問題であり、CSR(企業の社会的責任)を果していない状況だ。
わが国の障害者福祉のあり方がいま、問われている。国も企業も障害者の立場でこの問題に積極的に取り組むべきである。(山見インテグレーター代表取締役 山見博康)
◇
【プロフィル】山見博康
やまみ・ひろやす 九州大卒。68年神戸製鋼所入社。広報部長などを経て02年から現職。62歳。福岡県出身。著書に『山見式PR法』『だから嫌われる』、編著に『人に好かれる法』など。
「美しい国」の御寒い実態2007/6/4
5月24日、安倍総理は名刺作成や焼き菓子製造などを行う4つの障害者施設の人たちを官邸に招いた。各施設のブースで活動状況を見学後「われわれも全力でバリアをなくす努力をします。障害者の方々には本当にいろいろな困難があるだろうと思います。“障害者自立支援法”が施行されて1年が過ぎ、いろんな問題点が指摘されています。障害のある人も、障害のない人と同じように働ける社会を作るべく全力を尽くしたい」と前向きな姿勢を示した。
しかし、“言うは易く”、国の支援は不十分だ。このほど「きょうされん」を取材し、この法律の不備の実態を声高に叫ばずにはいられない。
話は1977年にさかのぼる。当時、障害者が働きたくてもその場所がなかった。共同作業所全国連絡会「きょうされん」は「働こう障害者も、働けるんだ私達も」をスローガンに全国16カ所に小規模作業所を設立した。劣悪な作業条件で、洗濯ばさみの組み立て、割り箸の袋詰め、アイスクリームのへら詰めなど1個何十銭、月収2000円にも満たない内職作業が主。作業所数の拡大も資金不足で牛の歩みだった。
95年1月、阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた関西の作業所に対し、ヤマト福祉財団(当時の理事長・故小倉昌男氏)が復興支援費300万円を使途限定なしで提供した。それを契機に理念を同じくした両者は、翌96年から全国12カ所で2泊3日セミナー(定員30人)を共同で開催し始めた。
その狙いは次のようなものだった。▽“経営”を学ばせ、参加者が各地で作業所を設立運営できるようにする▽生産性・品質の向上によって工賃をあげ、売り上げ増をめざす▽障害者の能力向上を図り企業の雇用拡大を促す▽賃金を上げ、障害者の自立を促す
同財団の積極的な支援もあり、今受講者は3000人に上り、作業所数も全国6000カ所に拡大している。障害者を雇用したい企業も出てきた。しかし、国の支援はなく民間と自治体に任せっぱなしというのが実態だ。
2005年10月、“障害者に屈辱的な法律”として数年にわたる反対運動の中で、「障害者自立支援法」が国会を通過、昨年4月から施行されたが、案の定、深刻な問題が露呈している。障害者の自立支援を目的としながら、福祉施設で働くのに運営費の10%を利用料とする「応益負担制度」により、家庭収入に応じて月額1万5000円~3万7200円の支払い義務が生じているからだ。
「障害者にも自己責任」との考え方で、障害を個人と家族のせいにし、本人が払えなければ家族負担にするいう過酷なもの。障害の重い人にとって必要な生命の維持にかかわる支援行為ですら「益」とみなす政府の考え方は、決して障害者支援とはいえない。
昨年末、政府は06~08年限定で負担を4分の1にする軽減措置を講じたが、次のような問題が深刻化している。
▽利用料が払えず滞納(作業所での月収1万円強)が生じている▽労働意欲の低下が社会復帰を遠ざける▽運営費の削減が職員給与を圧迫(約2割減)し、転職の増加を促す▽労働条件の劣悪化もあって就労志望学生が激減。4年生大学の進路希望では9割が福祉関係を敬遠。若者離れ、人材減少という危機的状況に陥っている。
「きょうされん」の藤井克徳常務理事は、「障害が重ければ重いほど国や社会の支援が必要なことは欧米では常識。政府は自立と自己責任を強調するが、障害者にまで求め過ぎる。これで本当に美しい国といえるのだろうか」と憤りを隠さない。
かつて来日したロザリン・カーター元米国大統領夫人は「その国の人権や文化のバロメーターは障害者施設や障害者のおかれている状況をみればわかる」と日本の障害者福祉向上を呼び掛けたが、「障害者を締め出す社会は弱くてもろい社会」(80年国連決議)なのである。
一方、民間企業においても、障害者の実雇用率は昨年平均で1・52%にとどまり、法律で義務付けられている1・8%を達成した企業は4割にも満たない。コンプライアンス(法令順守)の観点から大きな問題であり、CSR(企業の社会的責任)を果していない状況だ。
わが国の障害者福祉のあり方がいま、問われている。国も企業も障害者の立場でこの問題に積極的に取り組むべきである。(山見インテグレーター代表取締役 山見博康)
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【プロフィル】山見博康
やまみ・ひろやす 九州大卒。68年神戸製鋼所入社。広報部長などを経て02年から現職。62歳。福岡県出身。著書に『山見式PR法』『だから嫌われる』、編著に『人に好かれる法』など。