日本は今年1月、障害者権利条約を批准した。それは、障害者が「他の者との平等を基礎として完全かつ効果的に参加」できる社会の実現に国際的、国内的義務を負ったことを意味する。国内の主な障害者団体でつくる「日本障害フォーラム(JDF)」は締約国の履行状況を審査する障害者権利委員会(スイス・ジュネーブ)に傍聴団を初めて派遣し、ニュージーランド、韓国の審査などから日本の課題を検証した。
◆NZ 弱点認める市制
JDFの傍聴団は立命館大客員教授の長瀬修さん、障害者インターナショナル(DPI)日本会議事務局員の浜島恭子さん、崔栄繁さんら7人で構成。今回の第12回委員会で審査された6カ国のうち福祉先進国のニュージーランドや制度、社会情勢が似ている韓国を中心に傍聴、研究を行った。
ニュージーランドの審査では「数々の業績を推奨する。手話が3公用語の一つに指定されたことに注目する。初の電話投票を喜びとともに知った」などとの総括所見(勧告)が出され、高い評価が示された。浜島さんは「日本からすれば、制度があるだけすごいという分野があり、はるかに先進国」と語る。
それでも懸念が示された分野もあった。「障害のある女性の教育、雇用、ドメスティックバイオレンスと闘うことを応援する取り組みの強化」「医療機関における隔離と拘束の廃止」「自由な同意がない状況での不妊手術を禁じる法律の制定」「障害のある女性、男性の人権成果を、非障害の女性、男性と比較した統計報告の発行」などが勧告された。
浜島さんは「障害のある女性の参画を進めるプログラムの充実はニュージーランドを含めた各国の大きな課題。障害のある女性は収入が低く、性暴力の被害も多い。結婚、妊娠、出産にも偏見がある」と指摘し、日本にとってはさらに大きな課題だと強調した。
傍聴団がニュージーランドの審査を通じて感銘を受けたのは、政府報告の内容と政府担当者の回答ぶりだった。「過去の政策の間違っている点を反省し、弱点を認めていた。その姿勢は委員会にも評価されていた。日本政府も見習ってほしい」と浜島さん。
長瀬さんは「政府報告は障害者政策の長所と短所をしっかり分析している。全体的な政策を意識しないと難しいことだ」と指摘する。それは審査過程にも反映されていた。政府担当者が政策全体を熟知しており、委員との質疑応答でも「中身のある議論、審査が展開されていた」。
日本の政府担当は外務省と内閣府だ。他の国際人権条約の履行状況審査で外務省が担当になったケースでは、外務省担当者は各省のペーパーを読む係にすぎず、委員の質問に十分答えられないケースもあった。「障害者権利条約では政策遂行も担う内閣府の役割が問われる」と長瀬さんは強調する。
障害のある子どもを含めすべての教育的ニーズに応えるインクルーシブ教育に文部科学省が消極的だったことなど、障害者権利条約に対して各省には温度差がある。政策遂行には政治のリーダーシップが欠かせず、それを支えるのが内閣府。日本の審査での政府答弁は、その結果を示すことになる。
◆韓国 「谷間問題」克服を
韓国は日本の制度を参考に障害者政策を進めてきた経緯があり、障害者が置かれた状況は日本と共通する部分が多い。障害福祉予算が極めて少ないという重大な問題があるが、法制度面では2000年代以降、日本に先んじて国家人権委員会法(00年)、社会的企業育成法(06年)、障害者差別禁止法(07年)を制定し、08年に障害者権利条約を批准するなど意欲的な政策を進めている。
勧告では「多くの領域で進展があった」と評価される一方、さまざまな課題が指摘され、日本も同様の勧告を受けると考えられるケースも数多く見られた。
総括所見の懸念事項の冒頭では「福祉サービスの提供方法である等級制度を見直し、障害者の性質や状況、ニーズに応じて調整すること」が勧告された。「韓国では福祉サービスの支給決定が医学的基準で単純に決まっている」と崔さん。ニーズに合わないサービスや、障害によってはサービスを受けられない「谷間の問題」が生じているという。日本でも「谷間の問題」が残っており、大きな課題だ。
「教育におけるインクルージョン政策の実効性の調査」も勧告された。韓国では一般学校でのインクルーシブ教育が主流だが、日本では条約の精神や世界の潮流に逆行し、分離教育である特別支援学校、特別支援学級が増え続けている。崔さんは「日本でインクルーシブ教育を推進するには、保護者が安心できるサポート体制の整備が必要」と指摘する。
そのほか「成年後見制度での代理意思決定から支援を受けた自己決定への転換」「精神科病院での残虐で非人道的な扱い、強制治療の廃止」「効果的な脱施設戦略の開発」「障害者政策にジェンダーの視点を取り入れ、女性障害者に特化した政策の開発」「障害者が地域で自立できる十分な財政支援を行い、その際は家族の収入ではなく、本人の収入を基礎とする」などの勧告も、日本が検証すべき内容だ。
日本にはない人権委員会について、「人的資源と独立性の増強、強化、強制力の強化」が強く要求されており、日本でも人権委員会創設が重要な争点となる。
また、審査過程で傍聴団が注目したのは、韓国の障害者団体の力強い運動だった。長瀬さんは「韓国の障害者運動は世界で一番頑張っている。ラジカルさも一番」と語る。今回の委員会にも多くの障害者、障害者団体関係者が駆け付け、ロビー活動を展開した。
委員会には政府報告とは別に、非政府組織(NGO)からの報告「パラレル・リポート(シャドー・リポート)」が提出される。韓国の主要な障害者団体を網羅した「NGO報告書連帯」のリポートは「委員会に高く評価され、勧告にも大きな影響を与えた。周到な準備と情報収集がうまくいったと思われる」と崔さん。長瀬さんも「パラレル・リポートでも韓国の障害者運動のパワーを感じた」。
JDFでは、傍聴で確認した課題について政府への働き掛けを強め、「まず政府報告のレベルを上げたい」(藤井克徳幹事会議長)。さらに、韓国の障害者団体の取り組みも学び、日本のパラレル・リポート作成に進んでいく計画だ。
【障害者権利委員会】障害者権利条約の国際的モニタリング機関。2009年から毎年2回、スイス・ジュネーブで開催されている。主要な任務は、締約国が提出した報告の審査で、NGOが提出するパラレル・リポート(シャドー・リポート)も参考にして、勧告である総括所見をまとめる。委員18人のうち17人が障害者。委員長のマリア・ソリダード・システナス・ライエス氏(チリ)は視覚障害者の女性法律家。日本は16年1月に政府報告を提出する。審査は最速では17年だが、18、19年にずれ込む可能性が高いという。
【神奈川新聞】 2014.10.30 12:03:00