猫じじいのブログ

子どもたちや若者や弱者のために役立てばと、人権、思想、宗教、政治、教育、科学、精神医学について、自分の考えを述べます。

イージス・アショアの撤回で ほころんだ日本の戦略はどこにいくのか

2020-06-20 22:41:58 | 戦争を考える

政府がイージス・アショアを撤回すると、きょう各社の新聞が伝えていた。これが、アリの一穴となり、日本の防衛戦略の全面的ほころびに至るのでは、と予測する。

平均的日本人の戦争観とはどんなものか。原武史は、きょうの朝日新聞で、農本主義者 橘考三郎が列車でたまたま聞いた、純朴そうな村の年寄りたちの話しを紹介していた。

「早く日米戦争でも おっぱじまれば いいのに。」
「ほんとうにそうだ。そうすりゃ ひと景気くるかも知らんかな、ところで どうだい こんな ありさまで勝てると思うかよ。なにしろアメリカは大きいぞ。」
「いや そりゃどうか わからん。しかし日本の軍隊は なんちゅうても 強いからのう。」
「兵隊は世界一強いにしても、だいいち軍資金がつづくまい。」
「うむ」
「ともかく腹がへっては いくさというものは かなわないぞ。」
「うむ、そりゃそうだ。どうせ負けたって かまったものじゃねぇ。勝てばもちろん こっちのものだ、思う存分金をひったくる、負けたってアメリカなら そんなひどいことも やるまい、かえってアメリカの属国になりゃ楽になるかも知れんぞ。」

これは、『日本愛国革新本義』(建設社、1932年)の第3篇第1章からの引用で、原文は国立国会図書館デジタルコレクションで検索すれば、誰もが無料で読める。

1932年の前年に、満州事変がおきて、日本の関東軍が満州(中国北東部)を占領した。アメリカは、これに対し、1932年1月7日に、日本の満洲全土の軍事制圧を中華民国の領土・行政の侵害とし、道義的勧告(moral suasion)をした。

橘は言いたいことは、「農民が貧困の中では いくさなんて できない」という現実と、いっぽうの「日本人がお金への欲にまみれている」というモラルの破綻だ。

戦争は日本人にも悲惨な結果をもたらす。しかし、自分たちの息子が戦争で死ぬことも、自分たちの村が空襲で焼かれることも、日本が占領されあちこちに米軍の基地ができることも、この「純朴そうな村の年寄りたち」は、想像できず、「ひともうけ」ができるのではとか、「負けたって、アメリカの属国になれば、今より楽になるかも」と話す。

1945年、日本はアメリカに負けて属国となった。

日本の戦後の憲法は、「戦争はしない」「軍事力はもたない」を選択したのに、1950年 朝鮮戦争がはじまり、警察予備隊が総理府の機関として作成された。自衛隊のはじまりである。日本は、アメリカの属国として、アメリカの軍事戦略の一翼を担うようになった。

朝鮮戦争では、軍需物資を日本がアメリカ軍に補給することで、「ひともうけ」する人が続出した。そのかげでは、機雷を海から掃除することや、軍需物資を戦地に送り届けること、看護婦として従軍することなどがあった。日本人も死んだわけである。

日米安保条約は、1952年の日本の独立、すなわち、日本に勝った連合国との平和条約の締結に合わせ、日本の米軍基地の恒久化のために、結ばれたものである。日米安保条約は1960年に改定され、その後は自動継続され、現在に至る。

1973年にアメリカの撤退で終わる、アメリカとベトナムとの戦争においても、日本の米軍基地は、戦争の後方基地であった。

日本は、第2次世界大戦後、アメリカの属国で、日本の戦後憲法のタテマエ「戦争はしない」「軍事力はもたない」に守られて、一部の人たちの犠牲をのぞけば、戦争の最前線にたつことなく、日本人の多くが「ひともうけ」をしてきたのである。

1980年代にはいって、日本のアメリカ属国の位置に変化が起きる。日本がアメリカにとって経済的脅威になったのだ。日本は安い労働力で、アメリカ社会を脅かしているというものだ。歴代日本政府は、経済摩擦を避けるために、アメリカ属国ですという態度をつよめ、なんとか、許してもらおうとした。

これが、国際協力との名目で自衛隊を派遣したり、米軍基地の経費を日本政府が肩代わりしたり、アメリカの高価だが時代遅れの兵器を買ったりした理由だ。これも、日本の輸出産業が「ひともうけ」を続けるためである。

2010年代にはいって、その前提が、崩れている。日本が、安い労働力によった競争力が衰えてきている。韓国、中国が1980年代の日本にとって代わっている。アメリカから見える直接の経済的脅威が中国、韓国になっている。韓国はアメリカの属国ですという態度にでているが、中国はアメリカに逆らっている。

そして、アメリカはかってのような経済大国でもない。国内には、社会不安の要素をいっぱい抱えている。

そのようななかで、安倍晋三は、トランプに脅されて、兵器の高い買い物をすることになった。すでに、イージス艦を8隻買った。さらに、買うために、陸地にイージスシステムを作ることを決めた。一部の日本人が「ひともうけ」をするために、役に立たない兵器を買い続けることに不満をもつものが、自衛隊内部にでてくるのはあたりまえだ。

こんど、河野太郎防衛大臣が、イージス・アショア計画の撤回を決めたのは正しい決断である。

しかし、日本がアメリカの属国として、国際協力との名目で自衛隊を派遣したり、米軍基地の経費を日本政府が肩代わりしたり、アメリカの高価だが時代遅れの兵器を買ったりした政策を政府が転換するのか。転換して、日本はどこにいくのだろうか。

戦後の75年間、日本政府は「金もうけ」と「アメリカの属国」以外、基本政策をもたなかった。

日本の戦後の憲法、「戦争はしない」「軍事力はもたない」という選択は、まだ、有効であると私は思う。