水戸の小学校では、二宮金次郎(尊徳)の像があちこちで見られます。つくったことも、戦後それを残したことも、たぶん水戸らしい保守的な風土が背景にあったのでしょう。時代が変わって、どのように二宮金次郎の見方が変わってゆくのか、そして像がどのように扱われてゆくのか、これからも見てゆきたいなと思います。(例えば、若冲という画家が今全盛ですが、少し前は俗的であるということで敬遠されていたようです。それが今は-といった見方です)像だけでなく、水戸には金次郎をまつった二宮神社がありました。
城東小学校(城東2-7-62) 昭和12年に個人が建てた像のようです。
渡里小学校(堀町468-1) すらりとした金次郎です。
旧中根小学校(全隈町253-1) 脇に尽誠報国とあります。
石のコシバ(栄町2-7) これは商品です。
二宮神社(森林公園内)