春日神社(田谷町1)
江戸通房(みちふさ)は、応永33年(1426)に水戸城を奪った際、その祖である藤原秀郷(ひでさと)が祀っていた藤原氏の神・春日明神を城内に祀ったそうです。その後、佐竹義宣(よしのぶ)によって水戸城が落ちたときに、数名の臣下がそのご神体を田谷に遷したそうで、それが今の春日神社になったようです。写真は春日神社拝殿です。
出土した古銭の入った瓶子(二の丸)
二の丸にあった彰考館の発掘調査時に、瀬戸焼の瓶子(へいし)に入った古銭が発見されたそうです。初鋳年758年の乾元重宝をはじめとして、全47種1346枚あったそうです。江戸氏が二の丸を造成したときに、土地の神に奉納した地鎮具だそうです。写真は、埋蔵文化財センターにある出土品の写真です。
長者館(渡里町 36°24'43.1"N 140°26'01.2"Eあたり)
江戸通房(みちふさ)は江戸城を占拠して、父通景(みちかげ)が江戸郷から移って居城した河和田から水戸城に移ったそうです。その臣下だった春秋(はるあき)氏は、河和田城や、長者館、見川城を居城としたようです。春秋氏は大掾氏の一族で、鹿島郡春秋村(現・鉾田市)の出身だそうです。長者館のある場所は、一盛長者伝説の地で、土塁(写真)や堀が残っています。
善重寺(酒門町2096-2)
浄土真宗・善重寺は、親鸞ゆかりの24輩第12番の寺で、貞永元年(1232)、善念によってに創立されたそうです。天正14年(1586)に、江戸氏が再興したそうです。しかし、その数年後の天正18年(1590)には佐竹氏によって水戸城は攻め落とされて、江戸氏の水戸支配は終わります。写真は善重寺本堂です。
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