教室では、たびたび見られる現象がある。一秒前に「回去huíqù」と矯正したはずなのに、直後の会話練習でまた「會去huìqù」と言ってしまう。上がる二声より下がる四声のほうが楽なのはわかるけど、声調が違うと当然字も違うって、お分かりですよね。
しかし、同じく下がる三声と四声の差ならまだしも、方向が真逆の二声と四声の区別がつかないのは、なぜだろう?
おそらく、発音に神経を集中させるときは、自分の発音の良し悪しをしっかり耳でとらえているから、その差を詰めていける。でもいざ会話となると、口に神経が行ってしまい、自分の声をジャッジする耳の機能がいったんシャットダウンされてしまう。
正しい発音がまだしっかり固まっていないため、たとえ言えたつもりでも、実は以前の発音に戻ってしまい(楽だから)、結局直っていないことが多い。そう、発音が定着するまでは、もっと自分の声の「聞こえ方」に神経を使う必要があるのだ。
自分の声が耳に残るよう、少々スピードを落としてもいい、立ち止まってもいい。自分で自分の声を良くしていければ、「満を持して話しかけたなのに、相手に『は?』と返されてしまう」こともかなり減少するだろう。
ダメな発音に触れすぎると、それが偽の「本物」となる。逆に、自分の声が「どう聞こえているか」を常に意識し、正しい発音をよく口にしていけば、ちゃんと良い発音が真の本物となる。
結局、良い発音もダメな発音も、多く触れるほうが身につく。わかりやすい理屈です。さあ、今日から、自分の声にもっと耳を傾けましょう。
台湾華語・台湾中国語は任せて!台湾人による中国語教室・翻訳・通訳サービス T-Chinese
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正しい発音がまだしっかり固まっていないため、たとえ言えたつもりでも、実は以前の発音に戻ってしまい(楽だから)、結局直っていないことが多い。そう、発音が定着するまでは、もっと自分の声の「聞こえ方」に神経を使う必要があるのだ。
自分の声が耳に残るよう、少々スピードを落としてもいい、立ち止まってもいい。自分で自分の声を良くしていければ、「満を持して話しかけたなのに、相手に『は?』と返されてしまう」こともかなり減少するだろう。
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