早期リタイア&移住生活

早期退職し信州へ移住しました。呑んで、走って、耕して、作って、野鳥を眺めて、自然を楽しむ日常を綴ります。

失語症?・・・ただの物忘れ?

2018-05-17 | 早期リタイア
早期リタイアして専業主婦、といいつつ、自分だけ移住したので一人暮らし。つまり、何もなければ一日誰とも喋らない生活が続きます。いつかテレビで専業主婦や家事手伝いの引きこもりの話題を取り上げていましたが、確かに、下手すると引きこもりになりかねないです。いい季節になって一日庭を眺めているとそれだけで時間が過ぎていきますから。

とはいえ、買い物には行きますからレジで5単語くらいは会話します。そして、庭いじりをしている時、散歩している近所の人と雑談します。ただ、それは「庭できてきましたね~」とか「あったかくなりましたね~」とか小学生までに覚えた単語で会話できるレベルです。つまり、英語だったら英検5級で喋れるレベルかもしれません。

会社で働いていた頃は、新しく出てくるサービスをお客様に説明しなければならなかったり、言葉を選んで決裁文書を作ったり、人の作った決裁文書をチェックしたり、ということを日々行っていたので語彙は毎日増殖していたと思います。しかし、スローライフになった今、語彙・・・減ることはあっても増えることはなさそうです。

先日、会社の後輩と飲んでいたら1年前まで使っていたサービス名や会社名が全く出てこない。確かに、そのサービスはその会社で働いていたから使うもので日常生活では全く使いません。もちろん、会社を辞めてからその言葉を使ったことは一度もありません。とはいえ、ここまでさっぱり忘れてしまうとは。。。専門用語が多いのは確かですが、いいのだろうか、これで、と心配になりました。

まあ「なんだっけなんだっけ」とサービス名を思い出しているときに、私の頭の中ではリスが走り回る、という素敵な光景が見えているくらいなので、忘れてもいい言葉は忘れよう、なんて思ったりもするのでした。

今も裏の林の中ではリスが走り回っています。

朝ランにいい季節

2018-05-16 | RUNNER
天気予報によると今日から空気が変わるのだそうです。
そう、湿度が高くなり本格的な暑さがやってくる、ということですね。

天気予報を見ると長野でも最高気温30℃の予報。佐久や小諸では31℃とか!こう暑くなるといつ走るのかは重要で、このエリア、ちょっと前だと朝は寒すぎて走る気にはならず、ようやく心地よい気温になってきたかな、というところです。

先日、東京に戻った時に井の頭公園を走りましたが、ホント、東京でもまだ爽やかで一番いい季節でした。なので↑こんないい写真も撮れてしまうのです。湿度が上がる今日はもう爽やかさはないのかもしれません。

ニュースでよく言われるように「暑さになれていない」のでバテるんですよね。同じ25℃でも30℃以上の暑さを耐えてきた後と20℃で爽やかに過ごしてきた後とでは雲泥の差です。今年は信州で涼しく過ごせるはずなので暑さに慣れず、夏のマラソンは苦労するのかも?やっぱり東京で暑さ訓練すべきか・・・いや、せっかく手に入れた爽やかさを満喫しないのはもったいないか?!まあ、いずれにせよ贅沢な悩みです。

ともかくも、先週末のハーフマラソンが練習不足で苦しかったので日々鍛錬しようと決意したところです。

受動喫煙のはなし

2018-05-15 | どうでもいい話
先日久しぶりにタバコの吸える居酒屋に行きました。と言っても、私が吸うわけではありません。
サラリーマン時代、職場の飲み会は、当然のようにタバコの吸える飲み屋が選ばれていて、まあ酒の席だから仕方がないな、と我慢していました。本当ならば絶対吸ってほしくないのですが、酒の席までそれを言うのは大人げないかな、と。

ただ、サラリーマン時代でも国際系の職場の時はタバコを吸う人が少なく夜の部も快適でした。恐らく、海外生活の中でだんだんタバコを吸わなくなるのか?周囲の人との関係で公共の場では吸わなくなるのか?ちゃんと確認したことはありませんが、国内事業の部署よりも国際の部署の方がタバコを吸う人が少なかったのは確かです。

同じようにワインを一定以上の知識を持ってたしなむ方は飲みながら煙草は吸いません。他の時は吸うのかもしれませんが、ワインを味わうときにタバコは邪魔ものなのです。香りや味を表現するというワインの楽しみをタバコは台無しにしてしまいます。趣味でワインの講座に通うのですが、その仲間との飲み会は本当に快適です。タバコのないクリーンな飲み会は最高!

リタイアした後は会社の付き合いというのもなくなったので・・・あ、気の合う仲間とは飲みますが・・・タバコの煙もくもくの中での飲み会は殆どなかったのですが、先日の居酒屋は分煙されておらず隣のテーブルが男ばっかりで9割がたスモーカー、もうこんな最悪な環境はありません。

昔々は飛行機の中でも吸えた時代があったのを思い出してしまいました。禁煙席といっても同じ飛行機の中で席が分けられているだけ。境目の席の場合、後ろのシートでは吸っているということになるのです。その飛行機でヨーロッパまで行ったのですが、よくあんなのを我慢して乗ってたなあと思います。今考えると、アリエナイ。。。

喫煙者が読むと気分が悪くなるだけの日記で失礼しました。

信号機のない横断歩道のはなし

2018-05-14 | どうでもいい話
前々から気になっていたことなのですが、信号機のない横断歩道で全くと言っていいほど車は停まってくれません。
東京の家の近所でもそう、待っていても停まらない、ならば、と早めに足を踏み出すと、お前はなにを赤信号で渡ってるんだ?くらいの勢いでにらまれたりします。(もちろん、信号がないので赤信号ではありません)

先日、朝のNHKのニュースで海外からの渡航者が危ないと感じることのひとつとして挙げられていました。海外では当然停まってくれるのに日本では当然のように停まってくれない、とのこと。もちろん欧米からの渡航者だとは思います・・・無法地帯のように車とバイクが走る東南アジアで停まってくれる気はしませんが、それは私の思い違いでしょうか?
一方で、20年以上前ですがロンドンで歩いていた時に、この町は全然車が停まってくれない、という印象を持ったのを覚えています。いつになっても渡れないのです。これはもしかして交通規則が「車優先」なのだろうか、とその時は思っていましたが、先日のそのNHKでコメントしていた人はイギリスでは停まるのが普通なのに・・・と話していました。実はイギリスの中でもロンドンは停まらない町、のようです。

日本はどうでしょうか?長野でも停まってくれません。JAFの調査によると「歩行者が待つ信号機のない横断歩道で一時停止しなかった車の割合」は91.5%なのだそうです。その数字は納得です、95%と言われてもうなずいてしまいます。もしも殆どの車が停まってくれる町があったら表彰したいくらいです。

一方で歩行者の方も態度を改めた方がいいな、と思うことがあります。横断歩道の前で渡るか渡らないかよくわからない態度をとっていること、そしてどうせ停まってくれないからと車が通り過ぎるのを待つのを当然としていること。待つことを当然としている人が多いことが、車もなるべく早く通り過ぎてあげよう、という気持ちにさせてないでしょうか。日本人歩行者の譲り合い精神が、停まらない車社会を作ってしまったのではないか、とも思うのです。

ちなみに、NHKの放送後、停まってくれる車が増えた気がします。気のせいかもしれませんが、歩行者が待つ横断歩道で一時停止を当然とする車が増えれば、他の車も「ああそうだった」と思い出してくれるのではないでしょうか。それでも停まらない人はきっと歩行者になった時に永遠に渡れないことでしょう(笑)

プランド・ハップンスタンスよりも・・・

2018-05-11 | 早期リタイア
先日、高校時代の同級生と同じ高校の同級生がオーナーシェフを務めるイタリアンでランチをしました。
正直なところ、そのシェフとは高校時代に同じクラスになったこともなく、卒業アルバムをみて初めて同級生と認識したくらいの縁だったのですが、ここにきて再会(初対面?)するのも面白いものです。

たまプラーザ駅から徒歩3分くらいの小さなお店は繁盛していて、ランチの予約も11時半はいっぱいで13時半からの遅めのランチにせざるを得なかったくらいです(身内?としては嬉しいこと)。リーズナブルなので近所のOLさんとかがランチで来るのかもしれません。たまプラ在住の友人に聞くと「たまプラで一番のお気に入り」とも言っていました。

遅いランチだったので私たちが食べ終わる頃にはお客様は殆どいなくてシェフとも少し話ができました。初対面だけど、すぐに友達みたいに喋れるのはやっぱり根っこが同じだからでしょうか。彼は高校を卒業してから専門学校に行き、そのまま色んなお店で修業を積んで40歳になった時に自分の店を持ったのだそうです。そして9年、入れ替わりの激しい飲食業をちゃんと続けているというのは、食材にもこだわっている上にやっぱり腕がいいからでしょうね。
スタッフも巣立っていくから新人クンの指導もしなきゃいけないし、サラリーマンと違って一日14時間くらい働くのが普通なんだよ、そして小さなお店でも始めるとなるとうん千万とかかかっちゃうから簡単じゃないよ、とさらっと言っていました。

実は最近、彼の他にも脱サラしてバーをやってる友達とか、お父さんのあとを継いで陶芸家になった友達とか、救命救急のヘリのパイロットをやっている友達とか、普通のサラリーマンではなく夢をかなえてる友人と話す機会が多くなり、その度に、中学・高校時代からちゃんと目標に向かって走っていたんだな、ということを感じます。自分は、と言えば、とにかく受験を早く終わらせて大学生になって遊びたかった、という今思えばもったいない高校時代を送っていたことになります。そして何がやりたいかわからないまま社会人になってしまったのかもしれません。

そんな自分の生き方は「プランド・ハップンスタンス」だ、と思って納得していましたが、本当にそれでよかったのかは・・・死ぬときにならないと分かりませんね。そんな私が珍しく「自分で決めた」早期リタイアですから何か形にしていかねばと思うのでした。いずれにせよ、若いころから何か目標をもって生きている友達を尊敬する今日この頃です。


※プランド・ハップンスタンス:キャリアは偶然の出来事、予期せぬ出来事に対し、最善を尽くし対応することを積み重ねることで形成されるというもの(コトバンクより)