『愛なき世界』 三浦しをん 中央公論新社
恋のライバルは草でした。洋食屋の見習い・藤丸陽太は、植物学研究者をめざす本村紗英に恋をした。しかし本村は、三度の飯よりシロイヌナズナ(葉っぱ)の研究が好き。見た目が殺し屋のような教授、イモに惚れ込む老教授、サボテンを巨大化させる後輩男子など、愛おしい変わり者たちに支えられ、地道な研究に情熱を燃やす日々…人生のすべてを植物に捧げる本村に、藤丸は恋の光合成を起こせるのか!?
愛なき世界って、愛憎ドロドロの世界と思いきや。悪い人が出てこず、読んでいて、ほっこりする話。疲れている時に、読むと癒されると思う。思いや考えもなく愛のない世界で生きている植物。本村さんに振られ続ける愛すべきキャラクター・藤丸くんの愛のない世界。この二つをかけているのだろうが、本村さんの植物への愛も世間から見れば、不毛で愛のない世界に生きていることになるのだろうな。
教授がいつも黒い衣装を着ている理由のエピソードが心の響いた。
そして、藤丸くんが本村さんのピンク色のかかとを見てドキッとする場面。西村和子さんの俳句「蛍籠吊るす踵を見られけり」を思い出して、私もドキドキした。
『みな、やっとの思いで坂をのぼる-水俣病患者相談のいま』 永野三智 ころから株式会社
不知火海を見下ろす丘の上に水俣病センター相思社はある。 2004年の水俣病関西訴訟の勝訴にともない、「自分も水俣病ではないか」との不安を抱える数千の人たちが、いまも患者相談に訪れる。著者は、相思社での患者相談などを担当する日常のなかで、自分の生まれ故郷でいまもタブーとされる水俣病事件の当事者たちと接するようになり、機関紙で「水俣病のいま」を伝えるための連載「患者相談雑感」を開始した。 本書は、本連載をもとに大幅に加筆して一冊にまとめた記録。「やっと思いで語り出した人びとの声」がここにある。
すみません。水俣病は、もう過去のものだと思っていた。この本を読んで、まだまだ苦しんでいる人がいることを知った。
まず、「まえがき」の作者が差別の加害者となるエピソードがつらく、悲しい。
被害者は、差別を怖れてなかなか名乗り出ることができなかった。被害者は、頭痛、耳鳴り、倦怠感、こむら返りと長期間我慢していて、やっと相談にくるのだ。やっと名乗り出ても、地域や証拠や医者の無理解やと高いハードルがあり、なかなか認定してもらえない。同じ症状がある兄弟でも認定されたり、されなかったりする。また、被害者を差別してきた人が地域のしがらみや身内にチッソがいる立場から解放され、年月がたってから水俣病を申請することがおこる。そのため、被害者同志が非難し合うこともあるという。
長い間、放置し向き合わない行政が悪いのに、原因を作った企業が悪いのに、なぜ、被害者が遠慮したり我慢しなければならないのか?同じ被害者の中で認定されたり、しなかったり。おかしい!被害を名乗る人は全員、平等に救済してほしい。
あぁ、うまく言えない。とにかく、この本を読んでほしい!私のような無知や無理解をなくすためにも。
患者相談を担当していて、自らの無力を感じた作者に、石牟礼道子さんは「悶え加勢しよるとね」と言う。苦しい人がいる時に、その人の前をおろおろと行ったり来たりする。それだけで、その人の心は少し楽になる。「そのままでよかとですよ」1983年生まれの作者が、患者の話をひたすら聞くことで救われる被害者はいる。
恋のライバルは草でした。洋食屋の見習い・藤丸陽太は、植物学研究者をめざす本村紗英に恋をした。しかし本村は、三度の飯よりシロイヌナズナ(葉っぱ)の研究が好き。見た目が殺し屋のような教授、イモに惚れ込む老教授、サボテンを巨大化させる後輩男子など、愛おしい変わり者たちに支えられ、地道な研究に情熱を燃やす日々…人生のすべてを植物に捧げる本村に、藤丸は恋の光合成を起こせるのか!?
愛なき世界って、愛憎ドロドロの世界と思いきや。悪い人が出てこず、読んでいて、ほっこりする話。疲れている時に、読むと癒されると思う。思いや考えもなく愛のない世界で生きている植物。本村さんに振られ続ける愛すべきキャラクター・藤丸くんの愛のない世界。この二つをかけているのだろうが、本村さんの植物への愛も世間から見れば、不毛で愛のない世界に生きていることになるのだろうな。
教授がいつも黒い衣装を着ている理由のエピソードが心の響いた。
そして、藤丸くんが本村さんのピンク色のかかとを見てドキッとする場面。西村和子さんの俳句「蛍籠吊るす踵を見られけり」を思い出して、私もドキドキした。
『みな、やっとの思いで坂をのぼる-水俣病患者相談のいま』 永野三智 ころから株式会社
不知火海を見下ろす丘の上に水俣病センター相思社はある。 2004年の水俣病関西訴訟の勝訴にともない、「自分も水俣病ではないか」との不安を抱える数千の人たちが、いまも患者相談に訪れる。著者は、相思社での患者相談などを担当する日常のなかで、自分の生まれ故郷でいまもタブーとされる水俣病事件の当事者たちと接するようになり、機関紙で「水俣病のいま」を伝えるための連載「患者相談雑感」を開始した。 本書は、本連載をもとに大幅に加筆して一冊にまとめた記録。「やっと思いで語り出した人びとの声」がここにある。
すみません。水俣病は、もう過去のものだと思っていた。この本を読んで、まだまだ苦しんでいる人がいることを知った。
まず、「まえがき」の作者が差別の加害者となるエピソードがつらく、悲しい。
被害者は、差別を怖れてなかなか名乗り出ることができなかった。被害者は、頭痛、耳鳴り、倦怠感、こむら返りと長期間我慢していて、やっと相談にくるのだ。やっと名乗り出ても、地域や証拠や医者の無理解やと高いハードルがあり、なかなか認定してもらえない。同じ症状がある兄弟でも認定されたり、されなかったりする。また、被害者を差別してきた人が地域のしがらみや身内にチッソがいる立場から解放され、年月がたってから水俣病を申請することがおこる。そのため、被害者同志が非難し合うこともあるという。
長い間、放置し向き合わない行政が悪いのに、原因を作った企業が悪いのに、なぜ、被害者が遠慮したり我慢しなければならないのか?同じ被害者の中で認定されたり、しなかったり。おかしい!被害を名乗る人は全員、平等に救済してほしい。
あぁ、うまく言えない。とにかく、この本を読んでほしい!私のような無知や無理解をなくすためにも。
患者相談を担当していて、自らの無力を感じた作者に、石牟礼道子さんは「悶え加勢しよるとね」と言う。苦しい人がいる時に、その人の前をおろおろと行ったり来たりする。それだけで、その人の心は少し楽になる。「そのままでよかとですよ」1983年生まれの作者が、患者の話をひたすら聞くことで救われる被害者はいる。