古希からの田舎暮らし

古希近くなってから都市近郊に小さな家を建てて移り住む。田舎にとけこんでゆく日々の暮らしぶりをお伝えします。

心をいたわって生きる。

2021年01月28日 20時37分38秒 | 古希からの田舎暮らし
「心をいたわって生きる」のつづきです。
 図書館で『インドネシア大虐殺』 …… 二つのクーデターと史上最大の惨劇 中公新書 倉沢愛子著 2020年6月発行 という本を借りました。本の題を見たとき「エッ?」と思いました。カンボジアの大虐殺なら知られています。「クメール・ルージュ」/「ポルポト」で何があったか少しわかっています。しかし「インドネシアの大虐殺」って知りません。一体何があったのだ。
 本を読んでいきました。大虐殺にいたる理由や経過がきちんと書かれています。この本は去年の6月に出版されています。虐殺のあったのは1960年代です。50年以上むかしのことなのに、世間ではほとんど知られていない。
 50ページを過ぎて「これから虐殺が起きる」ところで、読むのをやめました。すすめなくなった。その心境をどう説明したらいいか。本は置いたままです。
 ずいぶんむかし、広く読まれた『パパラギ』という本の酋長の言葉を思います。(酋長の言葉というのは創作だそうですが、それなりに真実を伝えています)
 酋長はこんなことを言ってます。「舞台の上で人が殺される悲劇が起こっている。(演劇です)しかしだれも助けに行かない」。文明人は、テレビ・ドラマの画面で人が殺されるのを黙って見ています。その心を不思議とも思わない。
 老人が直接、目撃したり、聞いたりすることは、いまの生活ではほとんどない。テレビやスマホや新聞から入っている情報におぼれています。そこで情報を遮断はしませんが、コロナのニュースなんか見ないようにしています。児童虐待や殺人事件のニュースも避けています。
 ピントの合わない文になりました。老人が『暴れん坊将軍』/『水戸黄門』を見るのがわかる。
時代劇はあたりさわりがない。何をいいたいか。自分でもわかりません。老人は〈体力〉だけでなく、〈心の力〉も衰える。(とわたしは思います)。
 だから心をいたわって生きる。いい心がけだと思います。 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「こころをいたわっていきる」

2021年01月28日 03時57分53秒 | 古希からの田舎暮らし
 昨日はあたたかい日だったので、気になっていた「寒肥」を樹樹にやりました。樹のまわりをグルッと掘るのはしんどい。ツルハシをふるって、3~4カ所に穴をあけて、鶏糞を入れました。JAの鶏糞はサラサラしてつかいやすいです。

 あちこちに布のイスを置いておき、ちょっとツルハシをふるっては休みます。頑張り過ぎない。老人の心得です。

 老人は「心をいたわる」ことにも気をつけねばなりません。近ごろ気づいたことを書いてみます。
 わたしは本を整理/処分して、ほとんど手もとにありません。「読もうかな」という本を図書館で借ります。でも読むのは少しです。
 この間も本を借りてきました。そして読みはじめました。途中でやめた本がいくつかあります。
 なぜ、読まないのだろう。「自分のこころをいたわれ」ということかな。読むのをためらっている理由を考えてみました。
 宮尾登美子『朱夏』 4分冊の大型活字本で読もうとしました。50ページでとまっています。宮尾登美子の小説には女が出てきて、苦労します。応援したくなる。『きのね』『錦』もそうでした。また応援しながら読もう。
『朱夏』は乳飲み子を連れて夫のいる満州の開拓団に渡る話です。数十ページ読んで、読むのをやめています。大変な苦労をする予感で、ためらっています。
 満蒙開拓については退職後、聞き取りをしました。「青少年義勇軍だった人に話を聞こう」とあちこちのお宅を訪ねたり、家に来てもらって話を聞いたり、長野県にも出掛けました。(長野県は満蒙開拓青少年義勇軍の少年たちを一番多く満州に送り込んだ県です)
 また集団自決をされた方に、出石近くの高橋村に泊り込んで話を聞いたこともあります。その方は小学校5年生で敗戦になったのですが、一家7人で満州に開拓に入りました。戦争に負け、開拓団の人たちは、現地の住民に襲われ、逃げまどい、8月17日に400人の開拓団の人が集団自決することになりました。その少年は兄とゲートルで足をくくられ、ホラン河に投げ込まれました。苦しくてもがき、どうしたことかゲートルがほどけてしまい、岸にはい上がりました。そこに開拓団長が帰ってきて、自決は途中で中止に。その方は「語り部」として活動されています。
 60歳の頃は「話をきき、受けとめ、何かのかたちで伝える者になりたい」と思っていました。しかしいまは「その悲惨さ」に耐える〈こころのちから〉がない。こころの強さがおとろえました。ここで無理してはいけない。そんな気がしています。    (この項つづく)
 

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする