古本屋の女主人が様々な謎を解く、三上延さんの『ビブリア古書堂の事件手帖』(メディアワークス)が少し前まで話題になっていましたが(もうブームは去ったの?)、古本屋を舞台にした小説で、こんな名作がすでにあったんですね~
1993年の直木賞受賞作品ですから、単に私が無知だったってだけなんですが(苦笑)
出久根達郎 著
『佃島ふたり書房』(講談社)
舞台は東京佃島の小さな古本屋「ふたり書房」
小雪の舞う昭和三十九年の一月のこと、隅田川を横切る渡船に乗る一人の男の目線から、物語は始まります。
病弱な母親とその年高校を卒業する娘二人が営む「ふたり書房」
亡くなった先代の店の主、その親子の父親と親友だった男は、ここ数年、母娘を陰日向になり助けてきました。
店番はもちろん、本の仕入れ、値付け、(古本業者の営む)市場の付き合い・・・
物語はこの男と「ふたり書房」の母娘を中心に、亡くなった親友と男が過ごした青春時代へ時代をさかのぼって進んでいきます。
時代がまだ明治と呼ばれていた頃。
本の町、神保町。
日露戦争の勝利で町には清国(当時の中国)からの留学生があふれ、遊郭も健在で、社会主義や共産主義をあつかった本が禁制本となっていた時代、十五歳だった男は古本屋の小僧として住み込みで働くことになります。
いわゆる丁稚奉公。
そこで男は、親友となる男と、その男の妻となる若き日の「ふたり書房」の女主人に出会うのです。
遊女にチョコレート。
謎めいた女に「大逆事件」
神保町を襲った大火に、関東大震災。
発禁本に満州という新天地。
作者が実際に古本屋を営んでいる方なので、古本屋の内情についてはとっても詳しく書かれていてすごく面白い♪
また相当な本好きなのが文章の端々に垣間見えて、それを読んでいるだけで幸せな気分になれます!
「古本屋さんという商いは、よその物売りの数倍、商品に愛情をもたなくてはいけませんよ。店主の本への思い入れの深さが、客を呼ぶんです。客は本の身内ですからね。本を邪けんに扱う店には寄りつかない・・・」
-出久根達郎 「佃島ふたり書房」-
不勉強にも、「大逆事件」について、物語にも登場する「菅野スガ」について、これまでは概要をなんとなく見聞きしていただけで、詳しい内容は知りませんでした。
今回調べてみて、すごく勉強になりました。
あと細かい事を書くと、佃島と徳川家康とのこと、新しい橋の渡り初めにつきものだという「三代夫婦」による渡り初め、お神輿の担ぎ方や、江戸っ子の「ワッショイ」という掛け声に対する思いなど、明治から昭和にかけての風俗を知ることができたのも楽しかった。
こういう本、これまで読んでこなかったんですよね。
まるで本好き大人向け「ALWAYS 三丁目の夕日」みたい♪
私がこの出久根達郎の『佃島ふたり書房』を読んでみようと思ったのは、BSフジプレミアムで放送された「名作を旅してみれば~佃島ふたり書房~」という番組を見たから。
俳優のイッセー尾形さんが、実際に物語の舞台である佃島を歩いたり、古書会館での古本業者による「振り市」を体験されたり、神保町の古本屋さんを訪れたりしていました。
そしてところどころに入る近藤サトさんの朗読。
いわゆる「スイチャブ」と呼ばれる社会主義の本(かつての禁制本)を今でも扱っている古本屋として、早稲田の虹書店さんも紹介されていました。
この番組を見て、どうしても『佃島ふたり書房』が読んでみたくなったんです!
それと同時に思ったのは。
いいなぁ、東京。
佃島や神保町、早稲田の古本屋さんにも行ってみたい!!
ということ!
『佃島ふたり書房』はかなりのページを使って言及されている、様々な古本屋の知識も魅力的なのですが、何と言っても引き付けられるのはその登場人物です。
男と女の物語はいろいろありますが、こういう古典的というか、夏目漱石や森鷗外のような男女関係の物語を、久しぶりに読みました。
懐古趣味ではありませんが、若い頃は敬遠していたこうしたいわゆるちょっと古臭い物語を、この頃なんか味わい深いと感じるようになってきたんですよね~
しっくりくる、という感じ?
私が年をとったってこと?(苦笑)
いや、今だからこそ、こうした物語が逆に新しいかも!(笑)
「女は子供の時から大人だよ。死ぬまで子供っぽい男とは違う」
-出久根達郎 「佃島ふたり書房」-
あぁ、中学生の頃にこの境地がわかっていたらなぁ~
・・・いや、それはそれで問題あるか(苦笑)
先日読んだ村上春樹さんの『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文藝春秋)じゃありませんが、大人の世界って、ネットで無責任な書き込みをしているぼうやたちが考えているほど単純なものじゃなくって、すこしばかり複雑にできているんですよね。
白か黒か、正義か悪か。簡単に割り切ることで不安な状態から早く抜け出したいのは分かるけれど(それが楽でもあるし)、割り切れないものを背負って生きていかなきゃたどりつけない、そうしなきゃ見えてこないものだってありますからね。
歩み続けてこそ見えてくるもの。
そもそもそこまでたどり着けるかどうかさえわからないけれど、ただ一つ確実なことは、途中であきらめてしまったら絶対にたどり着けないってこと。
最近は物わかりのいい「いい子」が増えてきてるかなら~
あきらめも早すぎる。
とにかく、この小説も「割り切れないもの」が書かれているわけです。
最後まで読んで、「何がいいたいのかわからない」と思う人もいるでしょうし(せめて若い人であって欲しい)、桜が散るのをただの自然現象ではなく別の物の象徴として受け止めるように「こういうのもいいね」と思う人もいると思います。
私は「風情のある小説」として読み終えました。
その風景から何を感じるのかは、その人の経験しだい♪
本当、読めてよかった☆