





平成元年に老人保健施設が誕生した。
都道府県に1箇所程度でき始め
当時生活相談員として
老人介護の世界に足を入れた。
老人介護の現場に身を置いたとき
或る認知症老人の想いを知った。
松山光代さん(当時88歳)の
排せつ介助は、私の介護の原風景になった。

認知症老人は言葉を忘れていく。
いままで生きてきた体験から話すことがある
認知症老人は便秘になると
「腹が痛い」
「(赤ちゃんが生れる)
「月のものがきた」などと
低い声で呟き 椅子から立ち上がり
ウロウロ歩き回る。

光代さんは屈み 両手でお腹を押さえ
「お腹が痛い」と何度も口にする。
彼女の近くに居た私は
急いで彼女の傍に行き話しかけた。
「光代さん、お腹が痛いならトイレに行こうか」。
彼女は相変わらず腹を抱え、何度も「お腹が
痛い」と鸚鵡返しに繰り返す。

洋式便器の前に立たせ
手早に彼女のズボン、紙パンツを下げたが
間に合わなかった。
泥状便は紙パンツと仲良くべっとり纏(まと)わり着き
彼女の大腿部から膝下まで 筋となって流れ落ちた。

私は片膝をトイレの床に着け屈み
ペーパーや蒸した布の切れ端を何枚も使い
泥状便を拭き取っていたとき
松山光代さんは 低い声で呟く。
私には「あんよに行きたい」と聞こえ
彼女が話してくれた言葉の意味がわからず
「光代さん あんよに行きたいってどういう意味なの」と三度ほど聞き返した。
ふと「あんよ」とは「あの世」の意味であることがわかった。
(註)家庭で使用しなくなった電気釜をトイレのなかに置く。
電気釜(勿論コンセットにさし保温状態にする)に
濡らした布の切れ端を絞り、釜のなかに入れ蓋をする。
使いたいときには、いつも温かい「おしぼり」となる。

真っ白な紙パンツを彼女の両足に通しながら
尋ねた。
「光代さん 何であの世に行きたいの?」
彼女は、右手は手すりにつかまり
私の介護負担を減らしてくれながら
「見ず知らずの若い男に
(「若い男だって、嬉しい言葉だね。
同僚は誰も若い男とは言ってくれはしない」)、
こうして下の後始末をしてもらうなんて申し訳ない。
私があの世に行けば、あなたはこんな苦労をしなくて済む。
だから早くあの世に行ったほうがよい・・・」と
私の問いに答えてくれたとき
彼女は心の優しさに「ハッと」させられた。
若い男性の私を《想い》、あの世に行けば。
私が漏らした便を始末しなくても済む。


もし、私が途中で「腹が痛いならもう少し早く言って欲しかった」
と彼女を責める言葉を発したなら
彼女は本当に死にたいと《思い》、
心に刻み込んだかもしれない。
老人はよく言葉にするひとつとして
「人間 おしめをするようになったらお終いだ。そのときは死ぬしかない」。

排せつは他人には知られたくない。
彼女は自分が恥ずかしい《思い》を
受けながらも
介護者を《想い》遣る言葉に
私は大切なことに気がついた。

排せつケアは 心のケアでもあることを
彼女から教えられた。


※最後までお読み頂きありがとうございます。