老い生いの詩

老いを生きて往く。老いの行く先は哀しみであり、それは生きる物の運命である。蜉蝣の如く静に死を受け容れて行く。

60;新潟県 燕三条までドライブ・食事

2017-04-30 21:43:57 | 春夏秋冬

どこまでも続く新潟平野 

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南陸奥を出発
東北自動車道を車で走り 
当初は山形県米沢神社へと向かっていたのですが
途中で気が変わり
8年前に度々訪れていた 寿司割烹まる田へ 急遽進路変更
三条燕ICを出て12時21分 まる田に到着
8年ぶりの再会 お互いに元気で良かった

妻は新潟の酒を味わい
私はお茶。あれっ!(帰路は私が運転)
17時過ぎ帰宅






59;お互い様

2017-04-30 04:49:48 | 介護の深淵
葉桜ならぬ葉「梅」 
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一人の介護従事者は 
百人の老人を介護している
つもりでいるけれど

百人の老人から
あなたは見られていることを
気がついているのだろうか

好きな言葉ではないけれど
よく使われる
「介護する人」は
「介護される人」をどう見ているのだろうか
「介護される人」は
「介護する人」をどう思っているのだろうか

「介護される人」は
いつも心のなかで 呟いている
いつもお世話になり 申し訳ないのです
あなたに返すものがなく 心苦しく思います

あなたは 隣に住む人から
「お土産です」「旬のものです」と
頂いてばかりいると 
本当に申し訳ないと思い
あなたは隣の人に お返しをするでしょう
それは お互い様だから

一方的に頂いているばかりでは
心苦しく思うのです
介護の人間関係は
介護受けるばかりで申し訳ないのです
「介護する人」は
気がついているのだろうか

介護する人は
すべてしてあげることが
優しいことだと思っているのだろうか

寝たきり老人は何もできない
認知症老人は何もわからない
本当にそうだろうか

穏やかな老人 忍従老人 捻くれ老人
我儘老人 いろいろいるけれど
どんな老人でも
“よいところ”“できるところ”を
見つけ それを褒めるところから
人間関係が始まる

ベッドやトイレなどで
老人がつかまり立ちができたら
介護する人は
「立つことができて 助かるよ」
「介護が楽になったよ」と
褒めること
その一言で老人は
「私も役に立つ」と
心のなかで嬉しくなり
あなたに「お返しすることができた」と

記憶が忘れ どうしていいかわからないが
いつもあなたから頂いた親切は忘れない
息子の名前は忘れたけど
息子はお腹を空かして
学校から帰ってはいないかと心配している
言葉は失ったけれど
介護する人の心はよく見える

記憶が薄れても
体で覚えたことはいまも上手にできる
(昔とった杵柄)
できることを お願いされることで
私は心が落ち着き 居心地がよくなる
あなたから「ありがとう」と言われ
あなたの役に立てて 嬉しいです

人生も 介護も お互い様
助けたり 助けられたリ

あなたが居ることで
心の支えになる
 


58;家(うち)のワン公!

2017-04-29 20:04:03 | 春夏秋冬
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「花だより」ではなく「ワンだより」かな!
わが家の息子
一週間のうち六日は 留守番をしています
4歳になったばかり
名前は「beagle snoopy 元気」
普段は「元気!」と呼んでいます
よろしくお願いします

57;何色に焼けるかな?

2017-04-29 11:56:19 | 老いの光影
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阿武隈川の岸辺に咲くたんぽぽ

桜の花が咲き始めた笠間市(茨城県)へ出かけて来たときの話。
笠間焼で知られ、陶器をつくる窯(かま)を見ることができた。
姉妹のように仲良しの松原智恵子さん(73歳)と
群さち子さん(78歳)が窯の処までやってきた。
どちらもバリバリの物忘れ人。
窯の蓋(ふた)が開いているのを見ながら、
智恵子さんは「ここの窯で焼いてもらおうか」
と隣にいた彼女に話しかける。
さち子さんは、何のためらいもなく
「何色に焼けるかな?」と応えていた。
老女同士の会話。
彼女らだから躊躇いもなく
「自分の遺骨」の話ができたのかもしれない。
隣に居た私、人間の骨が「
何色に焼けるかな」、
という言葉に驚き、ただ頷くだけであった。

56;意気投合

2017-04-29 04:55:34 | 老いの光影
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意気投合

完熟トマトを丸かじりしたいたら
ふと「赤い実」から
過去にあった認知症老人の会話を思い出してしまった。

他人の話を盗み聞きしてはいけないのは承知の上だが、
変な職業意識がはたらいてしまった。
認知症老人同士が会話をしていると、
お互いにどんなことを話しあっているのか、
つい気になってしまう。
習字がとっても上手な河北なほさん(仮名、71歳)と
着物の着こなしが大変上手な中上淳子さん(仮名、86歳)とが、
話しに花が咲き意気投合していた。
花よりも秋の果実に話が移り、
中上さんは居室の窓から見える杉林を指差しながら「赤い柿がたくさんなっているでしょう。見えますか?」、
と話し相手の河北さんに同意を求める。
河北さんの眼は、外の方ではなく居室に貼ってあるカレンダーを見ながら「本当ね、柿がたくさんなっているね」と答える。
カレンダーを見てみると確かに赤い実が描かれていた。
その後の二人の会話は、
依然として噛み合ってはいないけれども、
お互いに否定することなく、お互いの話を受け入れていた
相手の話を聴くことから、
良好な人間関係が築かれることを
二人は教えてくれた。

55;人間 なぜ生きなければならないのか / 丹羽文雄著『厭(いや)がらせの年齢』

2017-04-28 19:57:20 | 文学からみた介護
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人間 なぜ生きなければならないのか

丹羽文雄著『厭(いや)がらせの年齢』


 最初、丹羽文雄の『厭がらせの年齢』を読み終えたとき、
「凄い!」と感じたと同時に「ある種のショック」を受けた。
なぜかというと、有吉佐和子が書かれた『恍惚の人』は昭和47年のときで、
当時大きな反響を呼び、この小説が老人福祉行政の推進に一石を投じた。
一度は手にしていただきたい本でもある。
反響を呼んだ『恍惚の人』よりも25年も前に『厭がらせの年齢』は執筆された短編小説です。
丹羽文雄は、家族から疎まれた老女めはを通し、
生きることの意味を問いています。
 
86歳の老女、うめは、娘夫婦に先立たれ、
孫娘にあたる仙子夫婦と独身の瑠璃子(るりこ)、
幸子夫婦の間をたらいまわしされている。
孫娘たちから、その死を望まれながらも、なお生き続ける老女。
昭和22年頃の日本の状況は、敗戦直後で食糧難にあり、
そこへ惚(ぼ)けた(認知症)86歳の老女を抱え込むことになった孫娘夫婦にしてみれば大変なことであった。
86歳という年齢は、当時の日本の平均寿命からいっても、
とうに死んでもおかしくない年齢であった
(現在に換算すると100歳を超えていることになる。当時の平均寿命は50歳代)。
ここまで生き続けているうめの生命力、
周りの肉親すべてから死を望まれ疎ま(うと)れていながら、
なお生き続ける。
生きるとは、老いとは何か、
また人間のエゴの醜さ(みにく)も鋭く問い詰められたような短編小説である。

作家の丹羽文雄は、家族問題、老人問題(認知症問題)をテーマにして書いたわけではないもの、
今日の「老人問題」や「介護」をどうとらえていくのか、
本小説は興味深いものがある。
この小説のなかで彼は、何を訴えたかったのか? 
読み手の受け止め方はそれぞれ違うだろうが
(違って当然)、
私は生きていくことの意味を問われているような感じがした。
27㌻゙から28㌻゙のところで末の孫娘は、
「八十六にもなって、廃人となっても、
なお生命を大切にすることが醇風(じゅんふう)美俗のお題目なら、
あたしは宗旨変えをするわ。
人間は何故生きねばならないのか、という問題は、
生きていることに何か意義を見出せる間のことでしょう? 
お婆さんのように、自分でもこれ以上生きたくないのに生きているような、
何のために生きているのやら、
わたしたちを厭がらせるだけの生命なんて、
ちっとも尊重できないわ。
それでもなお生命は大切だと思わなければならないのかしら・・・・・」
「人間ってどうして美しい思い出だけを残さないのでしょうか。
青年、壮年期には、その人のもっている限りの美しさが出ているものなのに、
長寿して死ぬと、青春期や壮年期の記憶はなくて、
死ぬ間際の醜悪(しゅうあく)な外形だけを、
うんと印象づけてしまうんだわ」と述懐する。

 人間老いても、
平成風に書き直せば、
寝たきりになっても認知症になっても
「人間は何故生きねばならないのか」、
そしてそれは「生きていることに何か意義を見出せる」のか。
「何のために生きているの」、
一人では生きていくことができない寝たきり老人、認知症老人は,
周りに「厭がらせの年齢」として思われているのだろうか。
日頃老人介護・老人看護にかかわっている介護・医療職の従事者は、
上記の問題をどうとらえていくのだろうか。
人間の価値、老いの価値とは、いったい何か。
人間所詮(しょせん)、
寝たきりになったら死んだほうがましだ、
生きていても仕方が無い、という風潮。

人間、何故生きねばならないのか。
それは、何故自分は一人の老人を介護しているのか、という言葉にも置き換えることができる。
寝たきり、認知症老人に対し、
私は「生きていることに何か意義を見出せる」ような介護が為されているのだろうか。
 『厭がらせの年齢』のなかで孫娘、仙子の言葉を通し作家丹羽文雄は、
老人は疎まれ厭がられても、
「人間 なぜ生きねばならないのか」、
そのことは「生きていることに意義を見出せる」のか、という言葉へ続いている。
生きていくことの意味は、
つまり生きる目標は、と聞かれると、
つい口こもってしまう。

この小説が持っている主題は、
次の文章に表現されているのではないか、
と私には思えてならない。
「人間、・・・・この限度を越えても、なお生きる力を持っている」(21㌻)
「しかし、老人は生きている」(22㌻)の言葉にあるように、老人は生きている、
まさに生きているのである。
疎まれようが厭がられようが、いまこうして生きていること。
すなわち、目の前にベッドの上で寝返りもできず、天井をみつめながら24時間じっと横たえている。
それでも呼吸し続け生きているのである。
認知症がさらに進み、
自分が誰であるかわからない混乱した老人であっても、
生きているのである。
「臨床」という言葉は、
「床(ベッド)の上に病みながらも必死にいきている患者(寝たきり老人、認知症老人等)」に
「臨んだ医療従事者または介護従事者」は、
彼らの呻き(うめ)、訴え、願い・・・から何を学び、
どう最善のケアを施していくのか。
丹羽文雄が述べているように「生きる力をもっている」老人のパワー(潜在能力)を、
ケアに活かしていくことなのだ。
86歳になってもなお生きているうめ婆さんに、これから出会うことでしょう。
この小説から現実の老いと自分の「老いと生い」のテーマについて考えさせてくれるものと思う。
ぜひ『厭がらせの年齢』手にすることを願う一人である。

注1;講談社「日本現代文学全集」33、昭和44年1月30日より。文中の下線は筆者星による
注2;『厭がらせの年齢』は書店に棚には置かれて
いませんが、図書館にはあります。「丹羽文雄文学全集」といった書名で探すとよいでしょう。
注3;81歳(1986年)のとき丹羽文雄さんは、ア
ルツハイマーを発病、老親介護の貴重な体験記は、長女 本田佳子『父・丹羽文雄 介護の日々』中央公論社から出版されています

      

54;病気と必死に いまも闘っている

2017-04-27 21:17:59 | 老いの光影
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90歳を超えた和賀健治さん
木曜日は 元気に桜デイサービスセンターで
1日を過ごされた

金曜日の朝 自室でうつ伏せの状態で倒れ
同居している三女が見つけ
声をかけても反応がなく意識がなかった。
急いで救急車を呼び
かかりつけの南陸奥総合病院に搬送され
診断の結果 脳幹梗塞で入院。
酸素マスクの使用まではいかなかった
呼びかけても反応がなかった。
三女から電話を受けた
「主治医からは厳しい」と話される

土曜日の午後
「和賀さん~」と声をかけをすると
言葉にならない声で 反応を示した。
まだ呼吸は荒々しく 
必死に病気と闘っておられた。

月曜日の午後
三女は
医師から
「経管栄養により
鼻から胃にチューブを通すものを経鼻栄養法、
直接、胃に穴(ろう孔)をあけチューブを通すものを胃ろう栄養法
の2つ」の選択を問われた、と。
本人は元気だったときから
鼻や胃から栄養を摂るくらいなら死んだほうがいい、と話していた。
話せないが言葉は聞こえ、理解できるまでに回復。
当然本人は態度で拒否した。

点滴と摂食・嚥下訓練から始めることになった

「桜デイサービスの星で~す」と耳元で話しかけた。
言葉聞こえ 彼の大粒の涙が目元に潤み流れていく。
まだ目は見えてはいない。
大きな声を出すが言葉にならないもどかしさ。
彼の表情から悔しさが伝わってくるようだった。
手を握り「頑張ったね」だけしか話せず・・・

彼が倒れてから初めての木曜日
仲の良かった川中イチさん
「和賀さん 今日どうしたの?」
入院したことを伝えると
「どこが悪かったの?」
真剣な表情で問い返される
本当のことを話した方がよい思い
病名を伝えた
彼女はショックだった
先週の木曜日は元気だったのに
彼女は「本当のことを話してくれありがとう」
と寂しい声でお礼の言葉を返してくれた。

いつ突然の大病や死が訪れるか
それは誰もが予期できないだけに
今日という一日が大切になって来る

90歳を越えても
病気と必死に闘っている彼
彼の素敵な笑顔を見せることを待っています




53;内憂外患

2017-04-27 04:33:12 | 介護の深淵
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私なりの「内憂外患」を考えてみた

漢字の持つ意味の深さは
齢を重ねていくほど
わかってきた
「優」は やさしさを意味する
「優」の文字から「人」を除くと
「憂」になり 心配や悩み、不安を抱えた人
憂鬱なとき傍らに人が寄り添うだけで
心が落ち着いてくる
「憂」は心の内側にこもること

「患」の文字から
患者の熟語を連想してしまう
病院の受付で「患者様」と呼ばれると
どうもしっくりこない
「患」は病の苦しみを表す
「患」の文字をバラスと
「串」と「心」になる
焼き鳥の串刺しは美味しいが
串刺しにされた鳥は可哀そうで
痛々しい
「心」は心臓を表す
患者は
串で心臓を貫き通されるほど
痛みに憂える
傍らで手を握る温もりだけで
痛みはやわらいでくる



52;老母の介護に疲れた

2017-04-27 01:23:48 | 老いの光影
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老母の介護に疲れた

老いた母親の介護は疲れ果てた
顔は一回りちいさくなり目は窪み
どうしていいかわからない
デイサービスからも
ショートからも
「もうみられない」というようなことを
言われてしまった
この先どうすればいいのか
その夜 ケアマネは駆けつけ
長女の深く暗い悩みに
耳を傾けた
老母は
夜中十分おきに起きトイレへ行く
数度夜中表へ出だし歩き始める
外へでたときは後ろからついて行く
「私の体のほうが悲鳴をあげている」
「もう横になりたい」
「もう眠りたい」
と長女はか弱い声で話す
ようやく老母が
認知症であることを始めて認めた長女

長女は母親との軋轢を話してくれた
娘からみれば母親ではなかった
東日本大地震のとき
「娘にやる米はない」と言われた
「母ではなく鬼だと」思った
母は何も変わってはいなかった
子どもだったときから
母親と温かい言葉を交わしたことがなかった
それでも私の母親には変わりはないと思い
介護をし続けている私
糖尿病で手を煩わせている母
認知症でてこずらせている母
まだ家でお世話していきたい、と

長女が抱えている悩み、不安、葛藤、疲労、憔悴など
絡み合った糸をほぐすためにも
彼女の話を最初から最後まで聴いた



51;菜の花

2017-04-26 18:19:54 | 春夏秋冬
ご訪問いただき、ありがとうございます


福島・阿武隈川の流域では
田んぼに水が入り始めました。
「しろかき」はまだですが
畦道(あぜみち)を歩くと
菜の花が咲いています。
つぼみの緑と黄色の花の
コントラストが素敵です。
鮮やかな黄色が好き
落ち込んでいるとき
菜の花から元気を頂きます。

50;青空に浮かぶ山桜

2017-04-26 16:00:00 | 春夏秋冬

ご訪問ありがとうございます

白河の関を越えると 南陸奥(みなみみちのく)
山のなかに咲く桜はひときわ映える
桜は無常の花のように思う
咲くまでが待ち遠しく
淡い桃色の夜桜に魅惑され
美しく咲く桜の花の命は儚い
桜の花が風に吹かれ散る頃
菜の花が咲き 葉桜となり
春から初夏の風だよりが届く




49;ゆっくりと 時を 過ごしていきたい

2017-04-26 01:23:48 | 春夏秋冬
ご訪問ありがとうございます

青い鳥を追い求め続けてきた
青い鳥は何処にもいなかった
そのことに気づいたとき
私は白髪になっていた
愚かだった
青い鳥は遠くにはなく
私のなかにあることに
気づいた

生活は豊かでなくても
心までは貧しくない
目に見えるものが幸福なのか
幸福は心で感じるもの

私は白髪になり
時間は残り少なくなってきたが
ゆっくりと時を過ごしていくことに決めた

散歩をしているとき
割れたアスファルトの割れ目から
一輪の花が咲いていることに気づいた
与えられた処が悪い環境条件にあっても
そのなかでじっと我慢強く育ち
見事に咲いた花に 拍手喝采

アスファルトの花にも及ばなかった自分
処を転々としたが故に
花を咲かすことはできなかった
与えられた条件のなかで
自分を変えていくことの
大切さを知ったのは
白髪になったとき
いまからでも遅くはない、と
自分を奮い立たせ
いま いる場所で生きてゆく

悠々自適の生活ではないけれど
雨露凌ぎ食べていければ それでいい

清々しい朝の空
beagle元気と散歩するときが至福
元気には悩みがあるのだろうか
(僕だってある!)
散歩時の思索は 内なる世界
老いても心は老けない
心のなかは無限の小宇宙
自然のなかに生息する植物に
想いを寄せ 
生き老い逝くとは
植物は枯れても
巡り来る春に また花は咲く
春の花が羨ましく思う


48;ふらふら歩き

2017-04-25 17:39:15 | 老いびとの聲
ご訪問ありがとうございます
4月23日 ドライブ 五十里湖界隈ふらふらと・・・



幼子のよちよち歩きは 可愛い
老人のふらふら歩きは 転倒が心配

男のふらふら歩きは はしごで千鳥足
女のふらふら歩きは ウィンドウショッピング

ふと ふらふらと たんぽぽの綿毛のように
知らない町へ飛んでいき 
ふらふらと旅をするのもいい

47;白い煙

2017-04-25 05:15:49 | 老いびとの聲
ご訪問ありがとうございます


この世の憂いを消え去り
穏やかな顔で寝ている大切な人
小さくなった肩をつかみ
「朝だよ 起きて」と
耳もとで呟いてみた
もう目を覚ますことがない眠り
死んだように深く眠る 
どう眠りが違うのか
寝ているときは
白い空白の時間なのか

白い煙となって
青い空に消えて逝くときほど
辛いものはない

白い煙は
白い雲となり
流れ消え逝くが
あなたを想うとき
私の心のなかに
あなたは生き還る

46;「何か悪いことをしたのか」

2017-04-25 01:02:57 | 老いの光影
ご訪問ありがとうございます
わが家の前にある村道の縁石の角に 
花が咲いていた
恵まれた環境でなくても
そこで育った 
生命力に拍手!!

意地悪婆さん青山登志子(83歳)さんの
排泄介助を終えたとき
彼女は
「ありがとう」と話してくれた、
その後で
「あんた、過去になんか悪いことをしたことがあるのかい」
と。
「・・・・・」
「男がこんな仕事をしているからさ・・・・」
「面白いこと言うね」と笑ってしまった。