老い生いの詩

老いを生きて往く。老いの行く先は哀しみであり、それは生きる物の運命である。蜉蝣の如く静に死を受け容れて行く。

1493;失態、失敗、失笑

2020-04-09 08:48:31 | 排せつ考
最近の男性排せつ考{4}
  ~失態、失敗、失笑~

     アリエナイことが、アリエール


超薄いビニールに包まれたボール状の洗剤 アリエールを
洗濯槽に入っている衣類の一番下に入れるだけ。

ところで話は洗剤ではなく、失態、失敗、失笑したことを書いていきたい。

極めて私的なことなのだが、恥ずかしい話。

朝一、洋式便器に腰かけ排尿したとき
どういうわけかそれてしまい、便座下の隙間から
オシッコが飛び出てパンツ、モモシキを濡らす失態をやってしまった。
予期せぬアクシデントだった。

パンツ、モモシキを半分くらいあげた状態で
トイレから出てきたところ、wifeに見つかってしまった。
「もうお年寄りだね」、と言われてしまった。

シャワーを浴び、その後、下着を
干しているところから下着をとり穿いた。

仕事を終え、夕方家に帰り
トイレに行って初めて気がついた。

超極暖のモモシキを穿いていたのだが、
パンツを穿いていなかった。
大失敗。
皮膚感覚が衰えたのか
パンツを穿いていない、という違和感はなかった。

日中、数回トイレにいったけれども、気がつかなかった。
職場では洋式便器なので、座って用を足していた。
普段はパンツと モモシキを一緒にあげていたこともあり、
ノーパソであることに気がつかなかった。

洗濯のとき、パンツがなかったことから
wifeは「パンツないけどどうしたの?」、と話しかけてきた。
「パンツ穿くの忘れてしまった」
「普通気がつくんじゃない、信じられない」
「家に帰ってから気がついた」

失笑ものである

アリエーナイ失態・失敗が、アリエールになってしまった
失笑ものであり、他言できるような話ではないが、
恥を晒してみました。苦笑


1492;利尿剤

2020-04-08 05:31:39 | 排せつ考

                  きょうはぼくの誕生日 7歳になる(beagle元気)


4月8日はお釈迦様の生誕でもあります。お釈迦様と元気の誕生祝です。
『花祭り』の曲を聴いて頂ければ幸いです。

最近の男性排せつ考{3}
~利尿剤の辛い~

血栓と大動脈弁不全閉塞があると
循環器内科の女医から告げられ
ワファリン錠とフロセミド錠(利尿剤)が処方された。

両下肢と眼の下(くまができるところ)に浮腫の症状がある。
夕方になると靴がきつくなるので、26.0㎝サイズの靴を履いている(本来は24.5㎝)。

朝、起き、鏡に向かうと特に左眼の下は、蜜柑の房を逆にしたような水膨れになり
「みにくいアヒルの子」のような「みにくいオジサンの顔」になり、
自分の顔でないような気がするものの、自分の顔である。
鏡を見ていると、隣からwifeは「熊何頭飼っているの?」と冷やかす。

朝食後にフロセミド錠20㎎(錠剤)を服用する。

2時間位時間が経過すると
尿意を感じだす。
感じたとき、急いでトイレに行かないと「粗相してしまう」憂き目に遭いかねない。
歩くことが覚束なくなった老人は、間に合わず、尿漏もらし(粗相をする)パンツを濡らす。
利尿剤を服用してみて、老人が粗相することの理由(わけ)が初めてわかった。

利尿剤を服用すると、残尿感があり、いまトイレに行ってきたばかりなのに
なんだかオシッコがでそうな気がする。
女性はわからないが、男性だと、尿道が搾れるような感じで、違和感が残る。
自然にオシッコを出すのではなく、利尿剤により「強制的」にオシッコを出させるから、
体に負担がかかるのかもしれない。

利尿剤の服用は、腎臓に疾患がある人にとり、腎臓に負担をかけるのでよくないのだが
心疾患から体に浮腫があり、その浮腫を除去するために止む無く服用となる。

浮腫による体重増加があった場合は、そく受診となる。
毎朝、朝の入浴前に体重計に乗り、数字とニラメッコ。
なんだか今日はいつもより体重の数字が多いな~、と思うときがある・・・・。
後ろからwifeが、体重計にwifeの片足を載せながら、笑っていた。








1491;排せつスタイルが変わった

2020-04-07 16:41:13 | 排せつ考

       上三川インターパークにて アルパカと遭遇

最近の男性排せつ考{2}~排せつスタイルが変わった~

仕事をしていたので、夜間人工透析をした。
17時半前にクリニック到着。
自宅から車で30分余りかかった。
自宅近くにあったのだが、知り合いに会うといろいろと煩わしいので、遠くのクリニックにした。

透析を始め18か月後に妹から腎臓を頂き、腎臓移植を自治医大附属病院で行った(56歳のとき)。

自分の腎臓は体の後ろ左右にあり、機能していないけれど
摘出せずそのままにしておこう、ということになった。
移植の腎臓は右腹部のところに収められた。
人混みのなかを歩くときは、必ず右手は腹部にあて注意した。

移植後、洋式便器に座り、オシッコが出たとき
涙が出るほど うれしく 
自分の躰からオシッコがでることに 感謝した。

妹と自治医大付属病院の医療スタッフは、感謝しても感謝しきれない。
移植して11年が経過した。

毎日欠かさず免疫抑制剤を含めた錠剤を服用しないと、
透析に戻ることになる。
高熱を出さないこと、37.5度以上の高熱が続くと入院になってしまう。
コロナウイルス感染に罹ると重症、そして死のリスクもかなり高いので
本当に注意していきたい。


透析前は、男性用便器でオシッコをするときは
ズボンのファスナーを開け□□□をつかみだし用を足した。

透析後は、ズボンのベルトを緩め、ズボン、パンツを前側を下げ、用足しを行うよう
排尿スタイルが変わった。

ズボンなど下衣を下げた方が 尿道が圧迫されず、すっきり排尿ができるからである。
急がず焦らず、のんびりとオシッコをする気持ちの余裕がでてきた。
サービスエリアや道の駅で、ズボンを下げ、オシッコをする男性を見かけるようになった。






1490;最近の男性排せつ考{1}

2020-04-07 08:25:54 | 排せつ考

最近の男性排せつ考{1}

使わないものは機能低下する

人間も
自動車なども
使わないものは機能低下する。

10年前に購入した軽自動車ミニカ(走行距離80,000㎞余り)は
いまだにエンジンの調子もよく走っている
高級車であっても車庫に置かれることのほうが多く、
数か月も運転せずにいるとエンジンの調子が悪い。

人間の体も同じ
歩かないと足、脚の筋力は衰え、疲れてしまう。
自分は、慢性腎不全症の悪化(クレアチニンや尿素窒素の数値の悪化)から
人工透析(血液透析)になり、1年以上も続けてきたとき
男性便器に向かいオシッコをしても、一滴のオシッコも出なくなった。

透析により不十分ながらも血液をろ過する(きれいにする)ので、
壊れている腎臓の働きがますます働かなくなり
最終的には腎臓の機能はストップした結果になってしまった。
健康な人の腎臓に比べ、腎臓の大きさも小さくなっている(使わない腎臓は縮む)。

男性便器に向かい排せつ行為をしても
おしっこがでないのは寂しく
欠格人間になったような気がした。



1176 ; 不浄考 #4 不浄今昔物語

2019-06-25 03:32:24 | 排せつ考


不浄考 #4 不浄今昔物語・後編

南陸奥に棲む自分
介護相談で在宅訪問をすると
一人暮らしをしている或るお年寄りの家から
ポットン便所の臭いが漂ってくる

脚腰が不自由になり屈むのも大変
和式便器の上に
洋式便器を型ち取ったプラスチック製の物を被せ、
その上に座り用を足す。

今日の洋式便器は、ポットン便器の時代からみると
雲泥の差であり、日本人ほど便器に拘る民族はないのではないか?
暖房便座・ウオシュレット付き洋式便器は普及し
医療機関、SA、JR ,デパート等にも設置されるようになった。

我家もウオシュレット洋式便器に拘り、重宝している。
ソフトなトイレット紙で拭いても
一回では拭ききれず何回も拭かなければならない。
切れ痔の杞憂が頭を過ぎってしまう。
ウオシュレットならばきれいになり、一回で済む。

認知症老人にとっては
ウオシュレット洋式便器は、使い勝手が難解苦手な代物で
水難に遭遇すること多し。

洋式便器となった今日
濱口國雄さんの詩『便所掃除』は
目に触れることは無くなるのであろうか・・・・

1175 ; 不浄考 #3 不浄今昔物語

2019-06-24 12:53:22 | 排せつ考

不浄考 #3 今昔不浄物語・中編

自分が中学の時
一風変わった国語の先生から素敵な現代詩を紹介してもらった。
それは 濱口國雄が書いた『便所掃除』です。
長い詩なので、ここでは紹介できないのが残念
関心のある人は、お手数でも
「現代詩 濱口國雄 便所掃除」で検索頂くと、素敵な詩が画面に登場します


『便所掃除』の最後に、こう書かれてあったのを覚えていた。
便所を美しする娘は
美しい子供をうむといった母を思い出します
僕は男です
美しい妻に会えるかもしれません


当時自分が通っていた中学校は、ポットン便所でした。
掃除当番でポットン便所の掃除を嫌々していた。
便器にべったりウンチが着き、タワシで擦ると
水飛沫が顔にかかった。

昭和30年代の田舎の国鉄駅
男便所は簡単にできており
コンクリートで造られ
排水溝の感じで右から左へとオシッコが流れた
男性用便器はなかったので
足下にオシッコが落ちて行くので
ズボンの裾に跳ね返っていた、と思う。

当時の公衆便所は
アンモニア臭が鼻を突き刺し泪目になったものです。

濱口國雄さんの『便所掃除』は
実感としてわかり、懸命に糞尿で汚れた便器を磨いている情景が浮かんだ。
本当に濱口さんは、美しい女性(妻)に会えた、と思っている。

1174 ; 不浄考 #2 今昔不浄物語

2019-06-24 06:15:38 | 排せつ考
不浄考 #2 今昔不浄物語・前編

御不浄、即ち便器は大きな変化をとげ、
今の若い人は「ポットン便所」がどんな便所だか想像もつかないと思う。


自分は羊蹄山の麓、貧農に生まれた。
昭和38年(昭和39年、東京オリンピック)に初めて電気がつき、その明かるさに驚愕と感動を覚えた。
それまではランプ生活で、テレビも洗濯機も冷蔵庫の電化製品はなかった。
昭和38年、自分は小学5年生だった

家は木造平屋建て、青いトタン屋根で煙突が突き出ていた。
暖房器具は薪ストーブであった。

御不浄は母屋から10mほど離れた処にあり
藁屋根、壁は木の板で作られた。広さは畳半分位であり床は板が張られていた。
床の真ん中当たりに和式便器を置き、その部分は穴が空いていた。
床の下は糞尿が溜まる「槽」が作られてあった。

排便後の尻拭きは、文庫本の1.5倍程度の大きさに切った新聞紙
後には、活字が模様となった灰色のチリ紙に変わった。落とし紙とも言われた。

糞尿が溜まってくると蛆虫が蠢いているのが
モロに見え、臭いもきつく鼻を摘んで用を足していた。
蛆虫が成長すると銀蠅が飛び交う。

冬は雪が2、3m積もり、藁葺き屋根の便所小屋に行くのが大変だった。
寒いし、懐中電気では薄暗かった。
夜の便所は、お化けが出るのでは、と妄想が広がり怖かった。
家の玄関を開け、立ち小便をしたら親に怒られた。

雪が解け、春になると、野菜畑に穴を掘らされた。
何をするのかと思ったら、ポットン便所にこんもり溜まった糞尿を
杓子で桶に汲み、2つの肥やし桶を天秤棒で担ぎ、野菜畑まで運び土の穴に入れるのである。
これもまた辛い作業であり、糞尿が飛び跳ね、その度臭いまでもが揺れた。

ポットン便所の生活は18才まで続いた。
町の子が我が家に遊びに来て、
「トイレを貸してくれ」と言われることが
恥ずかしくもあり、嫌だった。
町に住む級友の家は和式便器ながらも、水洗トイレであり、
水で流される糞尿を見て、本当に羨ましく思った。

1172 ; 不浄考 #1

2019-06-23 07:38:50 | 排せつ考
不浄考 #1 秘密の時空間

女性は、「便所(トイレ)に行ってきます」とは言わず、
「御」をつけ、丁寧に「御不浄に行って来ます」と話す。

「不浄」とは、汚れている、大小便、便所 の意味があり、
大小便は穢れ、汚れていている。
それは他人に見られて欲しくない物だけに、
御不浄は秘密の時空間の意味あいを帯びてくる。

自宅の御不浄が一番安心できる。
自分はできる限り自宅の御不浄で済ませるようにしている。

書店で本を手にし読んでいると、何故か、便意をもよおしてくる。
購入したい本を、一度積み本の上に置き、御不浄へ急ぎ足で向かう。
長時間、書店に入るときは、近くにウオシュレット付きの御不浄があることが絶対条件となる

自宅で、御不浄に文庫本を持ち込み、読書をしていると、
wifeに怒られてしまう。
「トイレは汚い(不浄)処だから、本は持ち込まない」

我家の洋式便器の右側には、文庫本が十分における棚があり、
座った状態の高さにあり、読書環境には最高。
コッソリ文庫本を持ち込み用を足しながら読書。

うっかり御不浄の棚に文庫本を忘れたときは大変!
忘れたことに気がつき御不浄へ取りに行くと、文庫本が無い!、
wifeは、その文庫本を隠してしまった。
隠し場所はすぐわかる




426;{オシッコ考⑦}「立ちション風景」

2017-09-24 11:17:04 | 排せつ考
立ちション風景 

電信柱にオシッコをかける
犬の気持ちは何なだろうか
それは
自分の縄張りを誇示するためなのか

洋式便器の便座にオシッコをかける
男の気持ちは何なだろうか
それは
単なるものぐさで他人(ひと)の迷惑を考えない自己中なのか

路端でオシッコをしている
婆さんの気持ちは何なだろうか
それは
恥らいよりも漏らすことの方が恥ずかしいからなのか

浴槽のなかにオシッコをしている
要介護老人の気持ちは何だろうか
それは
浴槽のなかにオシッコしてもわからないからなのか

それは困るよ
後から入る人がわからずに
顔を洗うかもしれない
お風呂の前には必ず用足しをして欲しいよ

425;{オシッコ考 ⑥}「生体腎臓移植決定」

2017-09-24 05:05:12 | 排せつ考
自治医大附属病院新館病棟

 {オシッコ考 ⑥}「生体腎臓移植決定」

「腎臓移植」登録するも
あてのない日を待ち続けることは・・・・
この先85歳まで生きらえるのであろうか
透析のため血管はボロボロ
貧血、虚脱感が続く
人工透析を始めて1年余り

平成20年桜が咲く前に
マラソン好きの妹に電話をかけた
「妹の腎臓を一つ譲ってくれないか」
「・・・・・」
「私一人の体ではないので、夫とも相談してみる。子どもたちにも聞かなければならないし」
「返事は急がないから、夫とよく話をしてくれれば・・・・」

それから1週間後に
妹から携帯電話にかかってきた
「兄が元気になるなら、私の腎臓を一つあげてもいいよ」
「本当! ありがとう。感謝するよ~」と一言。
今も、妹には感謝しきれないほど、感謝している
妹の夫や甥姪にも感謝、感謝

兄弟なので腎臓が適合するかどうか検査しなければならない

いままでは自治医科大学附属病院腎臓内科に外来受診していたが
これからは腎臓外科の医師に代わった
鯉のぼりの季節
妹も北海道から飛行機により来日
自治医大附属病院に二人は検査入院となった
結果「腎臓移植は問題ないということになり、平成20年8月27日に腎臓移植手術を行うことに決定」
それまで高熱を出すことなく、万全に体調管理をしなければならない

422;{オシッコ考 ⑤}「腎臓移植」登録

2017-09-23 12:01:31 | 排せつ考
 {オシッコ考 ⑤}「腎臓移植」登録

日本臓器移植ネットワークへ臓器(腎臓)移植の(希望)登録をした
宝くじみたいなものでなかなか献腎移植に遭遇する機会は稀である
しかも登録後も、いつか来る移植の機会に備えて、体調管理をしておかねばならない
実際に、移植の候補に挙がって連絡をしたときに、「風邪気味」「熱がある」等のときは
移植ができない

なかなか献腎移植は厳しく微かな期待に希望をかけていた

透析を終えた後
脱力感 倦怠感があり
死ぬまで続く透析への不安
それでも夜間透析だったことで
帰って寝るだけ
朝起きれば脱力感は緩和され仕事に出かけていた
透析を理由に甘えたくなかった
透析をしてから
余計に仕事は頑張った
出張もし、札幌、函館、長崎、鹿児島、バンコクなどでも透析を行った

当時まだ55歳であった



417;{オシッコ考 ④}「人工透析」

2017-09-22 15:24:18 | 排せつ考
 {オシッコ考 ④}「人工透析」

いまも慢性腎不全症であることに変わりはない私

慢性腎不全症の診断を受け
14年余りの服薬、食事療法を続けるも
医師から腎臓の機能は15%位しかないといわれ
クレアチニンが「8」になると人工透析になるが
人工透析する数値ギリギリまで服薬治療するよりも
クレアチニンが最悪になる一歩手前の数値で人工透析した方が
体に負担がかからない
ということでクレアチニン「6」台の数値で透析に踏み切ったのは10年前
そのときは貧血が酷く、階段を上がるときは足が上がらず本当につらかった
電車に乗り満席のとき、立つのも辛かった
倦怠感もあった
走ることもできず
(30メートルを全力疾走で走るなんてできなかった)

人工透析に踏み切った
透析前の体の状態が一番最悪で
人工透析をした方が体は楽になった
透析して何よりも良かったのは、食事制限を緩和できたことだ
ご飯や肉、魚、果物は幾分多く摂取できたことは嬉しかった
人間食べれることは嬉しい
食事制限も辛いことのひとつであった

透析を始めて辛かったことは2つあった
1つは水分制限 1日多くて700cc
個人差は多少あるが700cc以上水分を摂ることはできなかった
水分を余り摂りすぎると透析をするとき体に負担がかかり、低血圧症状になる

2つめ辛さは「オシッコ」が完全に出なくなる
トイレで用足しができなくなることだ
これは寂しかった
このときほどオシッコがでることの意味と大切さを思い知られた
オシッコがでなくなると「不能者」になったような気持ちになり
人には言えない辛さでありショックであった

健康な体ならば食事や水分を摂ると老廃物としてオシッコやウンチがでる
それは当たり前のことであり、オシッコが出て嬉しかった、と思うことさえない
私の場合は人工透析により血液から老廃物を取り除き、血液を体に戻す
透析で老廃物を除去しても100%きれいな血液ではなく不純物(老廃物)は残っている

透析患者は贅沢病とか怠け病とか揶揄されがちだが、
見た目以上に透析を施行した後は体がだるく、意欲も低下、ときには意欲喪失さえする
一番の不安 死ぬまで透析を続けていくこと
この先どうなるのか
血管はボロボロになる
他人には疲れた顔に見え、顔は痩せこけて見える
途中で透析をやめることは「死」を意味する

仕事をしていたので夜間透析 透析開始18時前後
透析を終え帰宅する時間は22時
週に3回 透析時間は3時間半
時間と行動の束縛は大きかった
でも透析の中で良かったことは2つ
1つは透析患者と知り合え話ができたこと
2つは透析中に読書ができたこと
仰向けで片手で文庫本読むので最初右手は疲れたが、訓練、慣れにより
仰向けで本を読めるようになった
おかげで年間150冊以上の文庫本は読めた

406;{オシッコ考 ③}「放物線を描くオシッコ」

2017-09-20 03:40:16 | 排せつ考
南陸奥 いつもの散歩路

 {オシッコ考 ③}「放物線を描くオシッコ」

暗闇の一歩手前の夕陽
畦道で
小学生の子どもと立ち並び
放尿をしたことがあった
子どものオシッコは 勢いがよく放物線を描いていた
「元気があっていいなぁ~」と横眼で見ながら
私はオシッコをした
垂直線に近いような状態でオシッコが落ちてゆく
齢をとると「もう放物線を描けないのかな」と
立ちションをしながら侘しく夕陽を眺めていた

帰宅後手を洗った
蛇口の水も勢いがあった



402;{オシッコ考 ②}「尿蛋白」

2017-09-19 00:38:55 | 排せつ考
秋桜デイサービスセンターの庭に咲いていた

 尿蛋白が出たら、将来は人工透析か?

馬鹿な男の話
42歳の頃 厄年であることも忘れ
人生を謳歌していた
2年以上も仕事を休まず
朝早くから夜遅くまで仕事をしていた
当時は仕事を3つ抱え
本業は8:30~17:30まで介護施設で仕事①
18:30~22:00頃まで
隣りの市で特別養護老人ホーム申請書類の作成を手伝っていた②
毎週木曜日が休みだったので
東京にある医療福祉専門学校で
非常勤講師で3科目を受け持っていた③
その後もなんやかんや介護の仕事をしていて
いつも帰宅したのは0時過ぎであった
朝は6時過ぎには起き、朝食をとり7時前には施設に向かう
通勤時間車で40分


それでちょっと暇ができ病院受診をしたら
内科医から
尿蛋白があるね。慢性腎不全だな
で原因不明で、この先は治らない病気
現状維持がベストで、クレアチニン、尿素窒素の数値を悪化させないことだ
最終的には人工透析になることは覚悟していた方がよい
この後栄養士と会って、食事についてアドバイスを受けなさい。


ザル水みたいな腎臓で
腎臓機能の働きが低下し老廃物が上手に処理できていない
慢性腎不全症の診断を受けた
貧血になり、階段を昇ることも大変になり足が上がらない
38.0の高熱になり、それが長引くと
一挙に人工透析になるといった塩梅で
人工透析患者予備軍であり、透析とは隣り合わせにあった

このときほど オシッコするたび
オシッコを恨めしく思ったものだった

慢性腎不全症の治療は14年余り続き
服薬、食事療法を行ってきた


尿蛋白=人工透析ということにはならないが
治療が必要
慢性腎不全症は自覚症状がないだけに
40歳を過ぎたら生活習慣病の診断を受けることが肝要




401;{オシッコ考 ①}「オシッコが出る」のは、当たり前

2017-09-18 15:28:51 | 排せつ考
 「オシッコが出る」のは、当たり前

手足が不自由になり
トイレに行くことも
一人ではままならぬ
洋式便器の前に立っても
ズボン、下着の上げ下げも
(人様の)やっかいになってしまう
嫁や他人のお世話ともなれば
お茶など水分を控えてしまい
トイレに行く回数を極力減らす
(結果 脱水症となり救急車で病院搬送)
水分を十分にとり
オシッコが出ることは
自然の摂理なのだ
オシッコが出ないと大変なことになる

それが介護になると
「またオシッコでたの!」
「さっき行ったばかりでしょ」
(さっき取り換えたばかりでしょ)
と、つい口から言葉が漏れてしまう

人間 水を飲んだ分(量)だけ
オシッコも同じ量が出る
だからオッシコが出るのは当たり前

人間 
水を飲まなくなり
オシッコもでなくなると
臨終が近い