老い生いの詩

老いを生きて往く。老いの行く先は哀しみであり、それは生きる物の運命である。蜉蝣の如く静に死を受け容れて行く。

叫 び

2022-02-12 05:45:43 | 自分は何者か
1804 叫 び



絵画小説といえば、原田マハさんを思い浮かぶ

エドヴァルド・ムンクの『叫び』の絵画を目の前で鑑賞したことはない
複写の『叫び』をみても、胸にぐっと迫るものがある

自分の姿のように思えてくる

病、死の不安、寂寥感、孤独に悩み
雑音を遮断し両手で耳を塞ぎ
大きな声で叫びたくなる

叫び声をあげ
自分は何者だろうか
何をしてきたのであろうか、と
叫んでみた
生きたという実感がないまま老人(おいびと)になった

自分のなかに潜んでいるムンクの『叫び』

目に見えない人間の内面や感情
人間はときには他人の心のなかを覗きたがるけど
大事なのは自分の心の襞をみつめることができるのか

叫びたくなるとき
自分には心の支えになるものはあるのだろうか
自分を癒してくれるもの励ましてくれるもの
まだ何もない悲しい人間である

いま居る自分の処から
海は遥か遠くにある
夕暮れ時 海の見える窓から叫んでみたい

声をだせ
最後に中島みゆきの『ファイト』





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生きているだけで

2022-01-02 12:59:01 | 自分は何者か
1762 我思う故に我在り

デカルトの言葉を ふと、思い出した。
老いた躰となっても
自分はまだ生きている。

生きているだけで
生きている意味がある人もいる。
自分は、ただ生きて来ただけで在り
生きてきた、という実感がまだない。

八歳九ヶ月を数日で迎える我家の長男
beagle元気は
顔全体白さが増え始め
耳の淵は白くなってきた。

日々、良く食べ、良く寝ている。
元気にも悩みが在るのだろう
時々後ろ足で首の下を掻きピンク色が見え隠れする。

元気は居るだけで癒され
家族の一員である。
暗くなり、仕事を終え玄関ドアを開けたとき
元気は嬉しさのあまり跳び上がり、甘えて来る。

あなた傍に居るだけでで
癒される。
あなたが私の愚痴を聴いてくれるだけで
元気な気持ちになる。

生きているだけで
意味の在る老い人になりたい。
老い人になっても
老けず若いい気持ちでいたい。
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1163 ; 我在り

2019-06-17 16:03:58 | 自分は何者か

蟹さん、こんにちはするbeagle元気


我思う、ゆえに我在り(デカルト)

地球という惑星に、いま75億人が生きている。
地球は天の川銀河系に属し、
銀河系の宇宙空間から見ると、
地球の大きさは、小さな小さな惑星である。

その青い惑星に生きる人間(自分)の存在は、
さらに小さくなり、塵の大きさにもなるか否かの
心許ない存在に映る。

けれど、自分という存在は
この惑星において、他に存在する者は無く、自分だけしかない、
唯一無二の存在である。

だからこそちっぽけな塵みたいな存在であっても
唯一無二の存在だからこそ、個性の存在として尊ばれる。

個性の存在は、葦の如く弱いように見えても
生きていることに意味がある。

病気や事故により寝たきりになり
寝返ることも
自分で食べることも
儘ならぬ状態に在っても、
生きる意味があるし、生きていい。

長生きしたことが悪いことではないはずなのに
政治家や厚生労働省やマスコミは揃って
超高齢社会と騒ぎたて、財政が破綻すると、危機を煽っている。

いま生きている要介護老人たちは、
人に値するような存在にあるのか、
その視点から政治家は政策施行がなされていない、ことに
与党も野党も猛省して欲しい。

政治に対し、鋭い切り口で突っ込む新聞、テレビなどの報道の使命は脆弱でしかない。

政治家やマスコミを批判する自分自身も同類である。
政治不信からここ10年国政選挙の投票は棄権してきた。

日々、老人と向き合っている自分は、
何ができているのか。

人は一人では生きていけない弱い葦の存在。
葦のように弱い存在であっても
人と人とが助け合い、智慧を出し合い、生きてきた歴史がある。

23才から今日まで
福祉や介護に身を置きながらも、
自分自身、本当に生きてきた、という実感は持てずにきた。

福祉、介護のなかで誇れるものは何一つ無い。
老いてから、そのことに気づき、慌て蓋めいている自分が在る。
何をして生きてきたのか。

我在り、とは
自分が此処に生きている、と実感でき
その歓喜(よろこび)や感謝を素直に受けとめていきたい、と思う。

ラストの瞬間
生きて良かった、と感じ、永遠の眠りにつきたいものだ。

在る、それは、生きていること
人間死んだらお終いだ、と言われる。
それは、存在が無くなること
死よりも怖いのが存在が無くなること。

認知症老人の言葉は真理を突いている。
「財布が無い」と探し回る。
「財布ははじめから無かったでょう」、と説得しても
いま、財布が無いことが
当の本人にとっては「存在」そのものが問題なのである。

財布は「在る」と、理解する、つまり、認知症老人の不安な気持ちをわかることから
介護関係はつくられ、介護が展開される。














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1097;自  分

2019-05-09 05:45:15 | 自分は何者か
一滴から川 川から大河 大河から海 大海は一滴から

自  分

自分とは
私という存在。

「私」という存在は
ときには「わたし」というもう一人の「自分」と
自己対話する。

自分は
静寂さのなかでも喧騒のなかでも
本(読書)の世界に没頭することができ
思索の旅が好き。
じっと動かずに一点の世界に閉じ籠る時空間。

その一方で
自分は、“遠くへ行きたい”
本当は一人で、知らない町や海を歩いてみたい。

そんな気持ちをwifeに話したら大変なことになる。
「勝手に一人でいったら」「妻を置いて一人で行ってそんなに楽しいの」などの言葉が返ってきそう。


旅に出るときは
自分は
いつも2,3冊の文庫本を鞄に忍ばせていく。


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1083;平成30年を振り返る

2019-04-30 04:04:00 | 自分は何者か
お気に入りの5月の風景  田には水が張り湖のように見える。畦道にはハルジョンと菜の花が咲いている
平成30年を振り返る
平成最後の日に想う


平成元年 自分は36歳であった。本当に若かった。
できるものならその齢に帰りたい、と悔やむも無理なこと。

平成元年 自分は老人保健施設の相談指導員の職に就き
老人介護の世界に足を踏み入れたのが始まり。
それまでは身体障害者療護施設の相談員をしていた。
いまは、アマネジャーとして、在宅介護のケアマネジメントを行い、
今日は東奔西走、明日は南奔北走の日々。

あれから30年余経ち、いつの間にか“自分も老い”ていた自分がそこに在った。
髪は黒灰白の三色混じりとなり、目の下は“くま”を「飼っている」。
慢性腎不全症と骨粗鬆症の不治の病があり、左膝からは時折骨の音が聴こえて来る。
平成20年の暑い夏に、腎臓移植を受け第3の人生が始まった。
腎臓を提供してくれた妹と医療スタッフには本当に感謝、感謝、感謝の気持ち。
その恩は死ぬまで忘れてはならない。

正直な話 30年余り老人介護に関わらせて頂き、本当に何をしてきたのか。
これをやり遂げた、つまり、誇れるものは何一つなかった。
この30年間何をしてきたのか、後悔の2文字に尽きる。
本当に「ボ~といきてんじゃね~よ」と自戒したくなる。

それでも、人生の達人である老人たちの後ろ姿や死に至るまでの生き様など
記憶が衰え失っていく老人や手足や躰が不自由な身にある老人から
老いや生きていくそして死ぬことの意味を
介護施設や在宅などを通し、介護の現場から教えられ考えさせられてきた。

自殺した老人に遭遇したことはなかったけど、
風呂場などで事故死した独り暮らし婆さんのことは、切なく遣る瀬無かった。
在宅で手を握り死を看取った爺さん、息を引く音はいまでも耳朶に残っている。
救急車に同乗し、救急外来で深夜までつきあった元社長の爺さんは、いまはもういない。
ヘルパーから水洗トイレが詰まったと電話が入り、
急いで駆け付つけ素手でパットと一緒に糞まで掴み悪戦“糞”闘した。

棺が火葬され、白煙となり青い空へ昇り消えゆくことに “この人は倖せであったのか”
“本当にこの人の気持ちを汲み、どこまでわかりあい、支援できたか”、反省することもしきり。
死の恐怖とは、死そのものよりも、死んだ後、自分の存在が忘れ去られることである。

他人の老人はやさしくできたのに、認知症になった老母親にはやさしくできなかった自分。
いまになり後悔しても母親はもういない。
ケアマネジャー失格の前に“人間失格”の自分

特別養護老人ホームでは、お坊さんを呼び身寄りのない爺さまの葬式をあげたり、
大晦日に老人たちと酒を飲み交わしたこともあった。
老健施設に入浴設備があるのにもかかわらず、爺さまたちを連れ出し銭湯に入り、
風呂上りに飲んだ缶ビールは最高に美味かった。
認知症の爺さまは感激し、翌朝「また行きたい」と話しかけてくる。


自分も老いの門をくぐり、引算の人生となり、残り少ない時間をどう生きるか。
砂時計は老死の如く。
最後に砂時計を180度ひっくり返し、
残り最後の一粒の砂が堕ちた瞬間に “死” は訪れ終焉となる。

老いとその先にある死を意識し始めた自分。
他人の老いと自分の老いを重ね合わせ、死に向かって生きていく令和の時代。

あと5年は “老い”と“障がいを持つ人”とともかかわらせて頂ければと、密かに思っている。
物忘れが出現し認知症の診断を受けたときは、自動車運転免許証を返納し在宅訪問も辞める。

自分自身も、何処で死を臨み どのような死に方(=生き方)をしたいのか
そして死んだ後の遺骨をどうするか
死ぬまでに決めておかねばならない、令和時代における自分自身の宿題でもある。

長い独白となり戯言に、最後までお読み頂きありがとうございます。




    



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1045;自分は何者か 3 “家族に冷たく 他人にやさしい”

2019-04-08 04:24:31 | 自分は何者か

 自分は何者か 3 “家族に冷たく 他人にやさしい”

は心とも言われ
は心臓に在る、とそう錯覚している
舞台に上がったとき 心臓はドキドキするし
恋をしているときは 心臓の高鳴りを感じる
ストレスが溜まると胸が痛む
心の持ち様で 心臓は緊張したり、反対に弛緩したりする

や心、気持ちは
心臓ではなく 頭に在る、とわかったのはいつ頃だろうか
頭にきた、という表現は
感情は頭から発信されたものであることを見事に表現している

ここで話は関連しながらも 違う話に移る

夫婦と子ども
夫婦は、血の繋がりはなく「他人」であるが
両親(父母)と子どもは、血の繋がりはあり「親子」である

子はかすがいと言われる
子はかすがいとは、子どもは夫婦の中を繋ぎとめてくれ
夫婦仲が悪くても、子どもへの愛情のおかげで
夫婦の縁を切らずにいれる

子ども大きくなり家をでると、空の棲症候群となり
夫婦関係は冷める
夫が定年になったとき、妻は疎ましくなり
老後の介護に影を落す

私自身、故郷から惚けた老母親を引き取り
私と妻と同居したが1年しかもたなかった

母は43歳のとき、同年齢の夫は病気で亡くなり苦労した
(当時私の年齢は17歳)

老母親は息子を盗られた、と嫁に対抗意識を持つ
惚けているのか意地悪なのか、素直でない姑に苛立つ妻
私はその狭間に立たされ
老母に「冷たい」言葉で叱ったり怒ったりで
やさしくできなかった

他人の老人には耳を傾けやさしく接してきた

妻から自分の親でしょう、と言われ
毎朝仏壇に水、お茶、ご飯などのお供え物を上げる
仏壇の横には父母の遺影があり
母親の顔をみるたびに
「もう少しやさしい言葉をかけてあげれば」、と後悔するも
母親はあの世に居ってしまった。

親孝行は生きているうちにするものだ、いまになって思う
いつまであると思うな「親」と「金」 そんな言葉もあった。

同居していたとき 母は要介護2の状態にあり
週3回の認知症型デイサービスに「出し」
最後は「ロング」ショートステイから老人保健施設入所となった
老人保健施設で急性肺炎となり
救急車で系列の病院へ入院
病室で老母親を見送った(83歳だった)

家族に冷たく、他人にやさしい
(本当に他人にやさしい、のかどうか怪しい)
そんな歪(いびつ)で捻(ひね)くれた私の性格は
子どもの頃からあった。

私のきょうだいは、姉、私、妹の3人
小学生のとき
妹が「くれよん貸して」、と言われても貸さなかったこともあった
学校で、好かん級友から「くれよん貸して」と言われると、抵抗なく貸していた
(子どもの頃から私の心は狭隘で貧しかった)

私の心のなかの「小悪魔」は居心地がよいのか、いまも棲みついている







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1043;自分は何者か 2 “自分は自分で在る”

2019-04-06 20:11:08 | 自分は何者か
どこにでも棲息するハルジョン

 自分は何者か2 “自分は自分で在る”

beagle元気に連れられ阿武隈川の辺を歩いている、と
ときどき、ひらめいたような感覚で考えることがある

それは誰もが考えるような思考ではないので
チョッと頭がおかしいのかな、と疑われてしまう
(いや、チョッと以上におかしいよ、と囁く声が聞こえてくる)

それは
自分が死んだら この地上に存在しなくなる。
死んだら 本当にお終いなのだ。

自分という存在が嫌になることがある
それは他者と比べ 嫉妬や羨望を抱くが
それは諦めに終わり挫折感だけがくすぶる

自分は他者に入れ替わる
つまり自分の心を他者の躰に置く
(永久的にではなく一時的、仮の宿かな)

寝たきり老人や認知症老人の躰に棲みつき
毎日ベッドで臥床していることの苦痛
記憶が薄れ忘れていくことの不安
寝たきりや認知症は
自分が自分でなくなっていく

誰かの手をかりなければ生きていけない我が躰
他者に入れ替わることで
見えなかったことが見えてくる

しかし
自分が他者になり替わったところで
他者にはなり切れず
自分は自分でしかなく
他者に置き換えることはできない

自分と言う存在は
自分でしかなく
それは無二の存在であり
自分は個性をもちわせた存在だからこそ

自分の存在も 他者の存在も
大切にされなければならない

寝たきり老人になっても
認知症になっても
自分という存在は変わるものではない
どのような状態にあっても にんげんであること


これは他者に替わる話は 妄想の出来事に映る


文学ではカフカは
『変身』を連想する
目が覚めたら巨大な虫になっていた

もし自分も
明日の朝 目が覚めたとき
ハエやゴキブリだったら嫌だ
妻は〝ハエタタキ〟を持ち
叩き潰されてしまう


引用が長くなるけれど
最後まで読んで頂ければ嬉しいの一言です

河島英五 作詞、作曲の
〝てんびんばかり〟を綴っていく

河島英吾が唄った てんびんばかり を聴いたとき
身震いと同時に唸るほど考えさせられた


真実は一つなのか
何処にでも転がっているのかい
一体そんなものがあるんだろうか
何も解からないで僕はいる

そしてそれがあるとすれば 何処まで行けば
見えてくるんだろう
そしてそれがないものねだりなら 何を頼りに
生きて行けばいいんだろう

何も解らない 何も解らない 何も解らない
何も解らない 何も解らない
何も解らないで僕はいる

家を出て行く息子がいる 引き止めようとする
母親がいる
どちらも愛してる どちらも恨んでる
どちらも泣いている

何人もの人を殺した男がいる
掛替えのない命を奪ってしまった
次はこの男が殺される番だ
掛替えのない命を奪ってしまう

男が殺される 男が殺される 誰も何も言わない
男が殺される 男が殺される みんながそれに
賛成したのです

友達が殴られて仕返しをしに行った男がいる
その殴った相手も友達だったので
困ってしまった男がいる

偉い人は僕を叱るけど
その自信は何処からくるんだろう
でももしも僕が偉くなったら
やっぱり僕も誰かを叱るだろう

男はいつでも威張っているけど どんな目で
女を見つめているんだろう
女はいつでも威張らせておくけど
どんな目で男を見つめているんだろう

お金の余ってる人は お金のない人を
どんな風に思っているんだろう
お金のない人は お金の余ってる人を
どんな風に思っているんだろう

髪の長い男は 髪の短い男を
どんな風に思っているんだろう
髪の短い男は 髪の長い男を
どんな風に思っているんだろう

誤魔化さないで そんな言葉では
僕は満足出来ないのです
てんびんばかりは重たい方に傾くに
決まっているじゃないか
どちらも もう一方より重たいくせに
どちらへも傾かないなんておかしいよ

どれほど自分が誰かを傷つけているかは
知らん振り
人には悪人と決め付けて
正義の味方をさがしてる

僕が何気なく呟いた言葉が
君をとっても悲しませてしまった
慰めようと
言葉を掛けたら君は泣き出してしまった

長い間君はとっても辛い思いをしてきたのでしょう
やっと君を幸せにできると思ったのに
君はもういない

毎朝決まった時間に起きる人の喜びは
何処にあるんだろう
電信柱に小便ひっかけた野良犬の悲しみは
何処にあるんだろう

うちの仔犬はとても臆病で一人では街を歩けない
首輪をつけると とても自由だ
僕を神様だと思っているんだろう

拳を挙げる人々と手を合わす人々が
言い争いを続ける間に
ホラ ごらんなさい野良犬の母さんが
かわいい仔犬を生みました

母親が赤ん坊を殺しても
仕方のなかった時代なんて悲しいね
母親が赤ん坊を殺したら
気違いと呼ばれる今は 平和な時

誤魔化さないで そんな言葉では
僕は満足出来ないのです
てんびんばかりは重たい方に傾くに
決まっているじゃないかい
どちらも もう一方より重たいくせに
どちらへも傾かないなんておかしいよ

誤魔化さないで そんな言葉では
僕は満足出来ないのです
てんびんばかりは重たい方に傾くに
決まっているじゃないかい
どちらも もう一方より重たいくせに
どちらへも傾かないなんておかしいよ







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1042;自分は何者か 1 “我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか”(ゴーギャン)

2019-04-06 05:05:48 | 自分は何者か
私は〝貧乏草〟と呼ばれているハルジョン、ヒメジョンが好き

 自分は何者か 1

“我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか”(ゴーギャン)。

我々はどこから来たのか
 宇宙から来たのだろうか、と思うときがあるけど
 それは不確か

我々は何者か
 人間?
 自分は何者か
 この世で一番わからないものは「自分」なのかもしれない

我々はどこへ行くのか
 自分の「逝く」先は死であり 天国か地獄
 自分の場合は地獄行きの切符かな
 
 輝ける星になれたら、と願う
 
 それとも また宇宙に帰り
 また産(生)まれ変わる


老いに入り
自分という人間、と向き合うとき
何を思ったか
嗚呼、自分の人生は幸福であったか不幸であったかは
最期の瞬間までわからない

ただ現在(いま)思っていることは
無駄に過ごした時間
まだ何も遺すものがない自分
そのことに後悔しきり

後悔しても 陸地では「航海」できない、と駄洒落を書いている自分が滑稽(大苦笑)

自分のために
“自分は何者か”であるかを
書き続けてみたい、と思う

阿呆鳥ト自称スル「或る老人のヒトリゴトなのか」、ト
読ミ流シテイタダケレバ嬉シイカギリデス







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