阿武隈川の朝焼け
1511;コロナウイルス感染が人間にもたらしたもの
コロナウイルスは、瑠璃色の地球を覆いつくすほど感染は拡がった
歴史上において人類を脅かしてきた天然痘、ペストを乗り越えてきた
きっとコロナウイルスもワクチンが発見され、人類が救われる日が来る。
天然痘やペストのときとは違い
コロナウイルスはパンデミック(世界的大流行)であり
世界経済に大きな打撃をもたらし大不況の様相にある。
コロナウイルスは目に見えぬ敵(悪魔)との戦い。
戦時下におかれたような錯覚さえする。
人と会ってはならない/移動することもままならない/
県境、国境を自由に超えることもできない/親が住む故郷へ帰れない/
学校で学ぶ機会も奪われ/お気に入りの店でコーヒーを飲みながら話することもできない/
結婚式や弔いができない/ライブやライブハウスで楽しむこともできない/
スポーツもできない、観戦もできない・・・・・
こうした「~できない」の自粛オンパレードは、
人間にとってストレであり心が蝕み病み、
外へ出たい、とこころが叫けぶ。
コロナウイルスに因る離婚、虐待、家庭内暴力も出現してきている。
そして、人間は弱い状況におかれると
デマや中傷、偏見に惑わされ
コロナウイルス感染者や感染が治癒した人とその家族への差別が生まれてくる。
コロナウイルス感染の最も恐ろしいことは
コロナ肺炎に罹ったとき 臨終の場になっても
看取り(見送り)もできず病床で亡くなる
そして、それだけでなく火葬や遺骨の立ち合いも許されず
死へ旅立つ大切な人も残された家族も喪失からどう乗り越えていけるのだろうか。
他の動物と大きく違うのは、直立歩行により
手が自由になり道具や「もの」を作りだしてきたことの他に
人間同士の関係のなかで言葉=コミュニケーションを培ってきたことである。
人間は、人と人のつながり、つまり人間関係により
こころの安定やゆたかな感情を培ってきた。
コロナウイルス感染によって、
人と人がつながっていくことの大切さ、コミュニケーションの大切さを
忘れかけていた人間に教えてくれている。
平凡である「普通の生活」も忘れ、人間にとり何が幸福なのか。
財産(お金)があってもコロナウイルス感染の前には役立ちはしない。
医療危機や人間疎外状況のなかにあっても
人間は大地震や大洪水、コロナウイルス禍に遭遇しても
人間同士助け合い、絆を太くしていくなかで危機を乗り越えていく。
人間の驕りと油断からコロナウイルスはパンデミック(世界的大流行)した
コロナウイルスでいま人類は死の恐怖、不安のルツボにおかれている。
人類だけでなく
人類が住む青い地球も病んでいること(地球温暖化、核兵器戦争・・・・)も
人間は忘れてはならないことも、コロナウイルスは警鐘しているような気がする。
中島みゆきは『時代』の詩のなかに希望を見出す
今はこんなに悲しくて 涙も枯れ果てて
もう二度と笑顔にはなれそうもないけど
そんな時代もあったねと
いつか話せる日が来るわ
そんな時代もあったねと
きっと笑って話せるわ