鹿児島歴史みてあるき  ~ 外城・四季・フォト ~

     2007年から始まった薩摩藩・麓(外城)巡りの記録。各地を訪れた四季折々の風景。日々の暮らし。

2009 霧島アートの森へ

2008-10-19 | 霧島地域

霧島ドライブ。湧水町の霧島アートの森へ向かう

道路わきのオブジェ

湧水町は「芸術のある町」を目指している

 

日本一の枕木階段。JR山野線の枕木を利用している

 

霧島アートの森の入口。ユニークな作品だ

 

園内の建物のデザインもユニーク

 

屋外展示作品1。風で羽根が回る

 

屋外展示作品2。トンネル状の建物の先端にガラス張り開口部

ガラスの前に大自然が広がる

 

林の中に宇宙人?林の中に何体も隠れている。みんなで探しました

 

子供いわく「不可能な滑り台」。確かに上る階段が付いていない

傾斜もキツイ。正面から無理やり上る

 

四方どこから見ても同じ形をしている

(訪問記)

霧島アートの森は面白い。

体験型の展示作品がもう少しあるともっと面白い。(続く)


2008 秋の生駒高原へ

2008-10-16 | 霧島地域

えびの高原から下って生駒高原まで足を延ばしました。

生駒高原のコスモス園へ。入場料大人400円。小学生以下無料

多くの観光客で賑わっていた。

 

コスモスが満開。

 

マスの塩焼き。珍しい?

えびの高原に戻り、霧島アートの森へ向かった。(続く)


2008 えびの高原へ 旧車との遭遇

2008-10-15 | 霧島地域

えびの高原をいくいすゞ旧車たち

 

10月13日、子供のミニバスケが休み。久しぶりに家族でえびの高原へドライブに出かけた

足湯の駅、えびの高原。宮崎交通が運営

 

不動池

 

 

不動池の近くの丘へ登る。ススキの穂が揺れている

 

 

賽の河原。硫黄の臭いがぷんぷんする

 

ぶろぶろと低いエキゾースト音が聞こえてきたと思ったら、数台の旧車が通過した。

いすゞべレットGTを先頭に角目と丸目の117クーペが3台続く。昭和45、6年から昭和50年頃の車。懐かしい。

私の車歴にも117クーペが含まれる。XCというツインキャブタイプでメーターが5連くらい付いてた。

ハンドメイドの117クーペは美しい。量産タイプとはリアレンズのデザインが異なる。

イタリア・ジウジアーロデザイン。ヌメっとした美しいリアのデザインがすばらしい。

旧車は維持するだけでも大変だ。尊敬する。

 

名物の鹿がえさを求めて近付いてきた。

 

食べ物ははあげなかったが車の回りをうろうろしていた

 

この後、生駒高原のコスモス園へ(続く)。


2008 霧島わんぱく留学・中岳登山

2008-07-27 | 霧島地域

7月20日から23日まで霧島わんぱく短期留学に子供たちが参加した。

初日は親子の中岳登山。高千穂河原駐車場に集合し、登山組は中岳を目指す

 

森を抜けると階段が続く

 

正面が中岳。長い階段の後にきつい岩場が待っている。両手を使い岩場を一つ一つ登っていく

 

中岳頂上に着く

 

比較的登りやすいコースだが久しぶりの登山できつかった。

今度は家族で立山や尾瀬にまた行きたいなと思う

 

正面に高千穂峰をのぞむ。全員で記念写真を撮り、お昼を食べて下山した。

その後、親は各自解散、子供たちは高千穂河原キャンプへ

 

霧島わんぱく短期留学は霧島市・永水小学校が主催。

留学期間中は永水地区の子供さんの居る家庭が里親となって子供を預ってくれる。

永水小学校の子供達と交流したり、川魚つかみ、虫とり体験などして子供たちは貴重な3日間を過した。

里親さんには本当にお世話になりました。

 

お別れ式の様子。校長先生の挨拶。短期留学には県内外から十数名の参加があった。


2008 霧島・高千穂牧場

2008-04-13 | 霧島地域

霧島の高千穂牧場へでかけた。

霧島神宮の参道入口。日本の道百選(国道223号)の記念碑が近くにある

 

新緑のトンネル。霧島の桜はほとんど葉桜状態だったが新緑がきれい

 

 

高千穂牧場。子供たちはソリ持参で草スキーを楽しむ

 

 

 

草を食べる牛たち。この後 みんな牛舎に戻されていた


2007 霧島市・隼人塚

2008-01-20 | 霧島地域

霧島市の隼人町、隼人駅のすぐ近くに「隼人塚」がある

隼人塚は「古事記」「日本書記」「風土記」などに出てくる古代南九州の住民、クマソ・隼人の反乱(西暦720年)に因んだ史跡として大正10年に国の史跡に指定されている。

西暦720年は平城京(710年)に遷都して直ぐの頃。隼人の乱は、古代九州の隼人族が大和朝廷の律令制に反対し、大隅国府(旧国分市府中)で反乱を起こし、朝廷が兵隊を送って乱をしずめたが、多数の隼人族が殺された。大分の宇佐八幡宮の放生会は この隼人の乱で亡くなった隼人族の霊を慰めるために行われたといわれている。鹿児島でも、10月の第3日曜日に武者装束で鹿児島神宮を出発し、隼人塚に立ち寄り、浜の市港まで行進する浜下りが行われる。これも隼人の乱で亡くなった人の霊を供養する行事である。

発掘調査の結果、平安時代後期に作られたものであろうと考えられており、現在は当時の寺院の遺跡とする説が有力のようだ。車で15分くらいのところ、旧国分市の重久にも隼人塚の伝説の碑が建っているそうだ。

 

公園内にある隼人塚史跡館。隼人の歴史を学ぶことができる

 

館内にある隼人の盾。レプリカ

 

館内の入口にある隼人族の像?


2007 幸田の棚田 02

2007-10-11 | 霧島地域

コンバインで稲をちょうど刈っているところでした

運転しているお父さんがこちらに気付きピースサインをしてくれる。

悲しいかな、私のデジカメは起動がおそくせっかくのシャッターチャンスを逃してしまった。

お父さん申し訳ない。

ほんとうに素晴らしい色だ


2007 棚田百選・幸田の棚田

2007-10-11 | 霧島地域

旧栗野町の中心から西に車で5分ほど走ったところに幸田地区があります。

幸田地区に日本の棚田百選に選ばれた棚田がある。

幸田小学校の横を少し登ると周囲はちょうど稲刈りの真っ最中。

まさに黄金のじゅうたん

百選の棚田はここから(上の写真の手前に向けて)さらに奥へ2kmも進む。

車1台が通れる山道をこの先に棚田があるのかと思いながら進むと、突然前方が開け棚田が目の前に飛び込んできた。