鹿児島歴史みてあるき  ~ 外城・四季・フォト ~

     2007年から始まった薩摩藩・麓(外城)巡りの記録。各地を訪れた四季折々の風景。日々の暮らし。

2015 城下町 ・高鍋の風景

2015-03-31 | 城下町・茅葺民家

宮崎県中央にある人口2万人余の高鍋町は高鍋藩三万石の城下町。早朝散策へ。

高鍋藩家老屋敷黒水家住宅。家老屋敷らしく立派な住宅。

 

表の門はもともと屋根があったのでしょうか。

 

 

 

高鍋城。当時の石垣が残され、現在舞鶴公園として整備されている。

 

石段を登っていくと二の丸から広い敷地の本丸跡に出ます。

公園内には歴史資料館があります。

 

近くの高鍋町美術館を訪れてみたがまだ開館前。

係員らしき方に武家屋敷の雰囲気の残る地区を訪ねてみたところ親切に教えてくれました。

 

正面は高鍋城址。敷地の一部が現在の高鍋農業高校。

 

高鍋町立図書館。生垣がいい味を出している。

 

 

図書館の角を曲がると見事な武家屋敷通り。

 

 

通りの左右に見事な武家門。これが見たかった。

 

 

 

 

  

 

美々津と高鍋町を訪れることができ、実りのある宮崎北部の旅でした。

追記:高鍋町は小さい町ながら中心地に居酒屋、飲み屋、スナックが多い。商圏が広いんでしょうね。


2015 日向・美々津の風景

2015-03-29 | 城下町・茅葺民家

宮崎県北部・都農町から北に少し行くと美々津港がある。

美々津は神武天皇東征伝承の港として知られ、江戸時代は高鍋藩の交易港として繁栄した歴史をもつ。

今も江戸から明治にかけての商家、民家が数多く残っています。国の重要伝統的建造物群保存地区に指定。

訪れた日は春麗らかな祝日。ひっそりとしてましたが民家の軒先に飾る国旗がとても印象的でした。

惜しむらくは訪れる観光客が少なかった点でしょうか。

 

 

 

観光客が少なくひっそりしているのは宮崎市や九州各県から遠いという地の不利があるでしょう。

休憩できるお店やお土産店、情報発信施設が少ないのも要因かも知れない。

せっかくの歴史遺産が生かされず残念です。

 

各戸は船のレリーフが装飾された郵便受けが見られます。なんか良いですね。

 

 

地区にはりっぱな共同井戸も複数設けられています。

 

 

  

 

美々津には古い洋館や懐かしい東芝のお店もある。

 

 

 

 

美々津港は日本海軍発祥の地としても知られる。

 

多くの人が美々津を訪れて歴史や雰囲気を味わって欲しい。


2014 城下町・中津の風景

2014-12-01 | 城下町・茅葺民家

大分県中津市は黒田官兵衛ゆかりの城下町。中津城を訪れました。

 

みんなで中津城の天守閣へ登る。

 

中津城の近くには城下町らしく武家門が見られます。

 

 

 

 

中津市は福沢諭吉の生誕地。福沢諭吉の旧宅と記念館を訪れました。

 

記念館には諭吉のゆかりの品々が展示。福沢諭吉って写真でみると大柄なんですね。

 

中津は唐揚げも有名。お昼は唐揚専門店で唐揚げ定食を。


1997 津軽・茅葺民家

2011-05-12 | 城下町・茅葺民家

写真は今から14年前、1997年に東北の津軽地方を夫婦で旅したときの写真。

プリント写真は日焼けして色が少し褪せている。

東北地方は茅葺民家が多く残っているだろうと漠然とした認識はあったが訪れてみると懐かしい風景がたくさん。

生活の中にこれほど茅葺民家が自然に溶け込んでいる風景を見たのは初めて。

鹿児島は台風が毎年来るせいか県内にほとんど見られない。茅葺民家のある集落風景は一種のあこがれであった。

たまたま「つがる富士見荘」(青森県鶴田町/残念ながら現在は閉館らしい)を予約して多くの茅葺民家に出会えた。

もう一度訪れてみたい場所の一つ。

 

津軽地方の茅葺民家(鶴田町)

 

津軽地方の茅葺民家(鶴田町)

 

下の写真は竜飛崎をめざす途中。十三湖の手前あたりか。

前方左右に茅葺民家が見え、おもわず車を停めて写真を撮った。

 

この先だったと思うが素朴な茅葺民家が三棟連続して並ぶ地区があった。今は残ってないかもしれない。

写真に収めなかったのが実に残念。

白川郷とか大内宿とか有名な場所よりもこういった生活に密着しひっそりたたずむ茅葺民家が好き。

鹿児島に残る麓の風景にも通じる。


2010 松江・小泉八雲旧宅

2010-03-05 | 城下町・茅葺民家

松江城の堀に沿って塩見縄手を歩くと小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が暮らした旧居がある。

 

お堀の辺に立つ小泉八雲の胸像。

 

小泉八雲旧居に建つ武家門。石の棟木が載る。鹿児島の加治木麓の武家門で見た石の棟木と同じ。

 

 

 

 

小泉八雲旧居の全景。

 

ラフカディオ・ハーンは明治23年来日し、島根尋常中学校と師範学校の英語教師として松江に赴任する。

翌年、武家の娘小泉セツと出会い、かねて念願であった塩見縄手の武家屋敷(根岸邸)を借りて住んだ。

1年3月で松江を去るが、その間「知られぬ日本の面影」その他の著作をこの屋敷で書き上げた。

旧居の隣は小泉八雲記念館。遺族から寄贈された八雲の直筆原稿や遺品が展示されている。

 

塩見縄手以外はどうかと付近を散策したら趣のある通りをみつけた。長屋門も比較的見かける。

 

 

明々庵の高台から松江城が見えた。 


2010 松江・武家屋敷通り

2010-03-03 | 城下町・茅葺民家

松江城の北側の堀に沿って塩見縄手(通り)がある。

武家屋敷が並ぶ通りとして松江市の観光スポットになっている。

松江城の北惣門橋を渡り、塩見縄手方面へと歩く。

 

 

宇賀橋を市内観光バスが渡る。水の都、松江らしい風景。

 

通りに沿って松の木が続く。このあたりから塩見縄手であろう。

塩見縄手の通り沿いに二百石から六百石程度の中級藩士の家中屋敷が並んでいた。

 

堂々とした門構えの武家門がある。この武家門は薩摩の麓にある武家門と同じような風格を備えている。

 

薩摩の場合は左右に生垣が続く。

 

長屋門のある武家屋敷。六百石の中級藩士の屋敷として275年前の古い姿のまま保存されている

 

 

 

観光客向けのお店に改装されている屋敷も多かった。それはそれでよい。

 

 

通り沿いの建物は落ち着きのある色で統一されている。

 


2010 松江市内散策~松江城

2010-03-01 | 城下町・茅葺民家

松江駅近くのホテルに荷物を預け、松江城を目指して歩く

松江大橋

小泉八雲は松江大橋を渡る「カラコロ」と響く下駄の音に心が引かれた。

袂に足軽源助の供養碑。源助は松江大橋架け替えの際に人柱となった。

 

京橋川にある堀川遊覧船の発着場

 

 

昔ながらの商店街に古い建物が残っている。

 

 

旧日本銀行松江支店

 

しばらく歩くと松江城が見えてきた。天守閣と立派な石垣と櫓を備えている。

 

松江城の城内へ

 

興雲閣。明治天皇行幸の宿所として明治36年に建立。行幸は実現せず皇太子行啓の宿泊施設となる。

 

松江城の天守閣。明治以前の天守として現存する貴重なもの。

 

天守閣からの眺め。

 

 

松江城は明治2年の廃藩置県により廃城とされ、天守を除く建造物は破却された。

しかし天守は有志の運動により保存されることとなった。

この後、縄手通りへと向かった


2010 鳥取市・武家屋敷地区 02

2010-02-24 | 城下町・茅葺民家

鳥取市内に残る武家門を求めて~続き

西町。西町には板塀がよく残る。赤瓦屋根が印象的。背後は久松山(鳥取城跡)。

 

 

門や左右の板塀に重そうな赤瓦が載る光景は薩摩の武家門とずいぶん趣が異なる

 

西町から鳥取県庁の向こう側、江崎町と馬場町へ移動する。堂々とした武家門。黒光りする瓦が載る

 

 

 

江崎町。武家門の左右に生垣が続く。生垣があると表情が和らぎ、いかめしい感じがない。

 

 

江崎町。

 

 

馬場町。二棟の武家門が続く。貴重な組み合わせのショットかなと思います。落ち着いた通りである

 

鳥取市内を歩くと久松山の麓に武家集落の面影が意外と多く残っています。

備考:南日本新聞によると桜島の藤崎家武家門、喜入町の牧瀬家武家門が鹿児島市景観重要建造物指定候補

に決定された。景観整備が進めばなおいいですね。


2010 鳥取市・武家屋敷地区

2010-02-22 | 城下町・茅葺民家

鳥取城のまわりに今も残るであろう武家屋敷を求めて散策しました。

閑静な住宅街が広がるととともに官公庁が集まる落ち着いた街並みをなしています。

西町で最初に目に留まった住宅。黒板塀と黒光りする瓦屋根が印象的。西町

 

 

最初に見つけた武家門。左右に小屋根が付くが短く改修されたものか。なんか窮屈そう。

 

道路を挟んで上の武家門と相対する武家門。こちらは立派な板塀を備えている。

左は若桜街道。裁判所に面する

 

上の板塀をぐるっと回ると立派な黒板塀が続く。

 

板塀の上には山陰地方独特の赤瓦が載っている

 

 

若桜街道沿いには武家門を備える家が点在する。

 

鳥取城を囲むように武家屋敷が並んでいたかも知れない。赤瓦がとても印象的。背後は久松山

 

同じく若桜街道に面する武家門。板塀が続く

 

 

(2回シリーズ~続く)


2010 鳥取市・鳥取城

2010-02-19 | 城下町・茅葺民家

1月28日、東京から羽田発最終便で鳥取へと向かった。

鳥取城

鳥取市内のホテルにチェックインし居酒屋へ。翌日は晴れ。仕事の合間に鳥取市内を散策する。

1月の鳥取で天候に恵まれるのは大変珍しいらしい。日本海沿いのためか

池田家32万石の鳥取城へ。秀吉の兵糧攻めで有名な城。久松山の麓に天守台、石垣、城門、堀など残る。

 

堀の奥に見える白い西洋館は仁風閣。

 

二の丸からの鳥取市街地の眺め。

 

仁風閣。奥の建物は鳥取県庁

 

城門(復元)

 

仁風閣。旧藩主池田家により明治40年に別邸として建てられた。ルネッサンス様式。国の重要文化財。

鹿児島の鶴丸城址にも病院でなくこんなのが建つといいなあ。

 

 

 

 

箕浦家禄高2千石の武家門。後方は出張先の鳥取県庁。藩士にしてはずいぶんと立派な門だ

 

 

このあと、鳥取城址周辺の武家地区を散策した。