国分市を訪れた帰りに隼人町日当山に東郷という交差点があるので日当山麓はここいらだろうと目星をつけ、近くを歩いてみました。
国道223号沿いに残る石垣
路地にはいるとここにも石垣が残っています
国道223号の登り坂を下る途中にある生垣と石垣
坂の上に茅葺屋根が見えました
追記:地頭仮屋は現在の日当山郵便局付近にあったという話ですので後日そちらを訪れてみたいと思います。
国分市を訪れた帰りに隼人町日当山に東郷という交差点があるので日当山麓はここいらだろうと目星をつけ、近くを歩いてみました。
国道223号沿いに残る石垣
路地にはいるとここにも石垣が残っています
国道223号の登り坂を下る途中にある生垣と石垣
坂の上に茅葺屋根が見えました
追記:地頭仮屋は現在の日当山郵便局付近にあったという話ですので後日そちらを訪れてみたいと思います。
旧国分市中心から霧島方面へ幹線道路を走らせると清水麓への入口がある
清水麓の入口の交差点に建つ武家門
道路拡張のため石垣と一緒に後ろへセットバックされている
清水保育園の角を左折すると道幅の広い馬場に出る
馬場の左右に武家門が残る
武家門の先の坂の途中に、前に一度取り上げた素晴らしい武家門がある
清水麓で私が確認した武家門は4箇所
旧国分市の市街から北に車で10分のところに重久地区がある。旧東襲山村と呼ばれ薩摩藩の外城があった
重久地区に入ると崩れそうな古い武家門のある家が最初に目に留まった
重久地区を歩くと広大な屋敷跡の玄関に古い武家門が残っていた
周囲を生垣が囲んでいる
山に向かって馬場が延びている
突き当たり付近に残る石垣
角を曲がると実に素晴らしい石垣と武家門が残っていた
屋敷全体がここまで維持保存されている例は非常に珍しいと思う。文化財指定に十分値しそう
二棟の武家門がならぶショット。右側の古い武家門は最初に見た武家門です。
実に古い武家門です
国分市は中学・高校時代を過ごした町
舞鶴城址。島津義久の居城。現在の国分小学校。
奥に見える朱門は「舞鶴城内陣の門であったものを市内重久(重久麓)の細山田家の祖先が領主義久から拝領したものと伝えられている」と書かれている。「細山田家から大隅国分寺跡に移築保存されたが、台風のため倒壊し、ゆかりの舞鶴城に復元した」
舞鶴城の城下町の復元図
碁盤目状の町割りは現在とほとんど代わっていない。領主の館が現在の国分高校(国分小学校の隣り)まで拡がっていた。大手門の前は家来の屋敷が並ぶのではなく、田圃が拡がっていた?
舞鶴城の麓地区(国分中央1~4丁目)は30年前当時も今もあまり変わりない
舞鶴城の前はきれいに整備されている。堀に鯉が泳ぐようになるかも知れない
大隅国分寺跡
麓地区に武家門はほとんど見かけないが、石垣で囲まれた家が多い
石垣の上に積まれたものはよく見るとブロック。コンクリートブロックもここまで風化すると味わいがある
古いお寺から高台の道を先に進むと地頭仮屋跡があった
見晴らしのよい地に建てられている
仮屋跡には福山小学校が建てられたが、同校舎は現在別の地に移転されている
石垣の一部に湧き水を汲む場所が設けられている
同じ高台の道の上に屋敷跡があった
別の屋敷跡
左には仮屋跡の石垣が続いている。上は校庭跡
通りの下にも甕壷
道は高台から次第に下がり国道近くに出ることができる
近くの宮浦神社の境内内に夫婦銀杏と呼ばれる大きい銀杏の木(推定樹齢1200年)がある
宮浦神社の祭神は神武天皇
神武天皇の船出の地。ここから東征したとの伝承がある
旧国分市から国道220号線を通り亀割峠を越えると旧福山町。福山町は大隅半島の付け根に位置する。
福山は福山酢あるいは黒酢のふるさととして知られている
温暖な気候、豊富な湧き水そして米の集散地の3点が福山をして酢作りに適していたと言われている。
かめ壷がズラ-ッと並ぶ風景は壮観。あちらこちらに見られる
田中家別邸。海運業で財をなした
海岸沿いの古い商家。ここも海運業で財をなしていたのかも
古い商家と高台の古いお寺
国道から坂道を上るとこのような風景が味わえる。福山は海岸の背後に山が迫るところ
坂を上がって高台の平坦な道を歩くと古いお寺がある
お寺の境内から今歩いてきた道を眺める
両側に高い石垣が並ぶ。春や秋の散策によいところ
黒酢のかめ壷風景と合せてかかる風情を観光に活かせないか
(続く)
かつての馬場通り。脇を綺麗な清水が流れる
馬場通りに面した武家門
麓の中心にある稲刈り前の田圃
手入れの行き届いた庭木
国道から海側に移動しました
海側にも生垣や石垣が残ります
石柱の門も残っている
海岸近くに残る武家門
敷根にある黄金酒造
敷根麓には麓の遺構がかなり残っていることがわかりました
霧島市の旧国分市街から福山へ向かう国道220号線沿いに敷根地区がある
鹿屋市へ仕事で出かける途中、敷根に立ち寄る。敷根には比較的規模の大きい麓が形成されている。
国道沿いに武家門が並ぶ。
国道から一歩中に入ってみた
どうやらその先に武家門がある
黒塗りの武家門
馬場通りにでた。馬場通りにある武家門
石垣と石倉とそして庭木が残っている
石垣で囲まれた旧家
(続き)
旧国分市の重久麓から少し進んだところ、国分中学校の手前に清水麓がある。
清水麓にも立派な武家門の家が立ち並んでいる
門だけでなく邸内の樹木も立派
霧島から旧国分市を通って鹿児島市に帰った。
霧島から旧国分市に入ると重久地区に重久麓がある。
重久麓にある武家門
武家門構えの旧家が4軒ほどあった。