古代日本国成立の物語

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銅鐸の考察⑤(銅鐸の文様と絵)

2020年04月09日 | 銅鐸
【銅鐸の文様と絵】
 銅鐸の祖型である朝鮮式小銅鐸には文様が描かれていないが、それが日本に伝わって以降、国内で広がった銅鐸には独自の文様が描かれるようになった。文様が描かれているのは主として紐および鐸身、そして紐の外縁から鰭にかけての部分である。

 鐸身にみられる文様は、帯状の区画帯を縦横に格子のように交差させた「袈裟襷文(けさだすきもん)」、複数の平行する線の束が反転を繰り返しながら描かれる「流水文」の2種類が大半で、このほかに横方向の区画帯のみを用いた「横帯文」を加え、大きく3つの文様に分類できる。割合で言うと、横帯文は全体の5%以内、残りの約8割が袈裟襷文で約2割が流水文となっている。なお、袈裟襷文という表現は僧侶の正装である袈裟の文様に似ていることに由来し、流水文はまさに水が流れる様に見えることによる。
 袈裟襷文の場合、縦帯と横帯によって区切られた方形区画ができる。通常、鐸身の片面につき縦帯は3本で、横帯が3本あるいは4本となる。前者の場合は方形区画が4カ所で、いわゆる「田」の字の形になり「四区袈裟襷文」、後者の場合は6カ所の区画となるので「目」の字の真ん中に縦棒を通した形になり「六区袈裟襷文」と呼ぶ。縦横帯の中は多くの場合、斜格子文で埋められるが、綾杉文(あやすぎもん)や連続渦巻文の場合もある。
鈕の外縁から鰭にかけてはふつう鋸歯文(きょしもん)が並べられるが、渦巻文や重弧文が施される場合もある。紐の断面が菱形になる部分の多くは綾杉文が施される。鈕の内縁は無文、もしくは鋸歯文や重弧文を配置する。鐸身の下部は下辺横帯と呼ぶ横帯で仕切り、ここには鋸歯文、連続渦巻文などをならべ、それより下部の裾には文様を施さない。
 なお、銅鐸の文様は鋳型に刻み込まれた沈線が鋳込みによって銅鐸本体には突線となって表われる。

 鐸身の縦帯と横帯によって区切られた方形区画内や横帯内、あるいは鈕や裾の部分に絵が描かれる場合がある。これまで出土した銅鐸のおよそ1割が絵画銅鐸と言われている。描かれているものは、シカ、サギ、イノシシ、スッポン、トンボ、カエル、イモリ、魚、カマキリなどの生物のほか、人物や高床式倉庫などもある。とくにシカとサギが最も多く描かれており、最も古い絵画銅鐸から最も新しい絵画銅鐸まで途切れることなく登場しているという。春成秀爾氏は、シカが土地の精霊、サギが稲の精霊を表しており、このふたつが特に重要という。また、イノシシ、スッポン、魚などは食料となる獲物、カエルやイモリは水田に生息する生物、トンボは実りの秋の虫である。人物としては、狩りをするヒト、魚を採っていると思われるヒト、脱穀をするヒトが多い。いずれの絵も狩猟や稲作といった食料の確保に関連し、高床式倉庫もそれに類すると考えられる。




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