『アエネイスミッション』[Aeneas Mission ]

建国の使命を抱くアエネイスのフアストミッションは自軍団自民族引き連れて炎上壊滅するトロイからの脱出である。

第3章  踏み出す  60

2011-04-15 08:22:41 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 従者のひとりが手を差し伸べて二人の動きを抑えた。半弓を引きしぼる、矢は放たれた。矢は狙いたがわず10メートル余り先にいた獲物のわき腹を貫いていた。獲物は跳びあがり、地に落ちて四肢を痙攣させて事切れた。マルマルと太った野ウサギであった。彼らは言葉を交わさず、獲物を背負い袋に入れた。
 森は、まだ夜が明けきっていない。
 アエネアスは、身体に何物かの目線を感じて、その方向に目線を向けた。目線が合う、そのものの目は赤く輝いて、目と目が合った。対峙の一瞬である、すかさず矢を放った。矢は確かに獲物に刺さったが、そのものを倒すには至らなかった。
 生物は身をひるがえして森の奥へと逃げ去った。足の速い獣であるらしい、その姿、形から鹿ではないかと思われた。
 『統領、惜しかったですね。あれは鹿です。間違いありません。また、どこかで会うかもしれません』
 『鹿だったかな?身をひるがして跳ぶようにして逃げたな。もうちょっと森の中へはいろう』
 三人は、獲物を求めて、森の中へと踏み込んでいった。

第3章  踏み出す  59

2011-04-14 07:40:51 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 ユールスは、狩猟とは何なのか、知っているわけではない。人間以外の生物の命を自分の命に代えて人間が生きていく、この生物と対峙し、この生物の命を奪う。その時の心理的な葛藤をどのように話すか大変に難しいことと感じた。それを幼いユールスに説く、いまは彼に判らなくてよい、いずれそのことに気づくときが訪れた時に判ればいいとして話すことにした。
 対峙する生物、相手に対しては憎しみもなければ、怨みもない。『お前の命が俺の命を養う、お前に感謝する。いいな』これだけでそのものの命を絶つ、それでよしとした。
 自分たちが闘いの場において、人と人とが命を掛けて対峙し、闘わねばならないときは、そのときはそのときだ。それについては彼が長じて機会がおとずれたときにまた伝えるとした。
 東の空の星の光が消えていく、黎明の訪れである。陽の昇り来るときが迫っていた。
 アエネアスは立ちあがった。従者たちに合図を送り起こした。従者の一人にユールスを託し、二人を従えて半弓をたづさえて森へと向かった。三人は夜の明けきっていない森の中を進んだ。適当な間隔で散開して進んでいく、下草は柔らかく朝露とあいまって足音を消した。彼の心気はきりきりと緊張した。

第3章  踏み出す  58

2011-04-13 16:35:24 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 朝方は冷える、アエネアスは、枯れ木、小枝を焚き火につぎ足し炎を大きくした。周囲に気を配り思考に集中していく自分を見つめた。
 建国への旅立ちを決断し、側近たちにその意を伝えた。しかし、そのことを実行の気運が熟するまで外部に漏らすことなく、平静を保つ日常を続けることを要請した。彼は、ここまでのことを振り返って、これでいいのかを考えた。彼なりの尺度で今の状態を『是』とした。
 彼は、陽の出る方向の空に目を向けた。まだ、星は、冴えた輝きを地上に注いでいる、黎明にはまだ間がある、今日は果たして獲物に遭遇するだろうか。それにはいい猟場であることが大切な条件である。それについては朝めしを食べながら皆とはかることにした。また、俺とユールスは、どんなカタチでこの猟に参加するかを思案した。このことについては、あれこれと迷いながら考えた。
 考えてみると、これはとても大変なことだと気がついた。

第3章  踏み出す  57

2011-04-13 08:30:23 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 人々が『荷車』と呼ぶ星座がふたつあることであった。ふたつの『荷車』は、勝手なカタチで天空に瞬いている、また、このふたつは、姿を隠すことなく空から地上に、また、海上に光を投げていることであった。このふたつの星座がひとつの方向から大きくぶれないことも不思議の一つであった。
 彼は、このことをユールスにわかるように話した。ユールスがわかったかどうかについては確かめようがなかった。語る彼自身この不思議の理由を知らずに話したことである。
 ユールスは不思議の多い話が好きな様であった。ユールスは仰向けに寝そべって、飽きることなく空の星を眺めていた。彼はいつとはなしに目を閉じて眠りに落ちていった。彼の耳には、夜に吼える獣たちの声は耳にはいっていないように思われた。
 従者たちは交替しながら、焚き火の炎を絶やすことなく夜の警備を行った。遠い林から、また、近い森の中からとどく獣たちの夜の吼える声に充分に注意をはらった。
 夜明けにまだ間がある、アエネアスは目覚めた。彼は従者に声をかけた。
 『どうだ。何事もなさそうだな。お前も休め、俺が替わる』
 『よろしいのですか、統領。それでは、言葉に甘えます』
 『遠慮はいらん、いいから休め』
 短いやりとりでアエネアスは焚き火の傍らに腰をおろした。

第3章  踏み出す  56

2011-04-11 06:57:19 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 従者の一人は、ユールスが食べる焼きウサギの肉は柔らかい部分をと気を使ってくれていた。
 ユールスは、このように原野での食事も『うまい!』と感じ入った。陽が沈み行くところは海だけではなく、草原の彼方にも沈み行くのだと思った。
 陽が落ちて野に夜のとばりが降りてくる、西のかなたに陽の残照が空を茜に染めている、ユールスの小さな胸にそれなりの小さな感動が生じていた。
 空に星が輝き始めた。身を包んでいく闇、星の輝く天空を眺め、浮かび上がってくる思いについて考える。それは砦で過ごす夜とは違っていた。ユールスはその思いと考えに浸った。
 彼は星の光が瞬く夜空が好きであった。
 『お父さん、皆が『荷車』と読んでいる星はどれか、どこにあるのかな』
 アエネアスは、ユールスの問いに戸惑った。彼は例の鉄の棒を取り出し、方角を確かめて、瞬く星を、星座を探した。
 探すアエネアス自身、不思議に思っていたことがあった。

第3章  踏み出す  55

2011-04-08 07:37:54 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 ユールスは、火おこしが大変な作業であることを知った。着火作業は摩擦方式である。火をつける木には獣脂がしみ込ませてあるのだが、炎をあげるまでの奮闘は並大抵ではなく、考えと実際には大きな差があることを知った。
 陽は西に傾いてきていた。森の中へ狩にいった二人が帰ってきた。彼らは丸々と太った野ウサギ3羽を手にしていた。
 『おう、ご苦労ご苦労。野ウサギ3羽か、上々じゃないか。明日の狩、期待できそうか』
 『え~え、いけると思います。こいつを見てください。なかなかいい肉つきの野ウサギです。私たちが捌いてきます。少々待っててください。どうだ、ユールス。こいつを焼いて夕めしのおかずだ、旨いぞ。待っていろよ』
 二人は水辺に降りて行き、3羽の野ウサギを捌いてきた。彼らは準備してきた串に肉を刺して火にあぶった。脂がたれて燃える、くすぶる、匂いが鼻をつく、食欲が腹のそこからわきあがってくる。そして、塩をふりかける、ウサギが焼けた。
 『さあ~、皆、食べよう』
 アエネアスの一声であった。右手に焼けたウサギの串、左手に酒杯とパン。『こいつは、旨いっ!』と声をあげて口に運んだ。ユールスも小さな口でウサギの串にかみついた。

第3章  踏み出す  54

2011-04-07 06:54:38 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 アエネアスの一行は、原野の中に立って風景と状態を丹念に見渡した。アエネアスは太陽を見上げた。まぶしい、彼は『方角時板』おもむろに取り出して時を測った。
 『おう、日没まで時間は充分にある。皆、集まってくれ』
 従者たちに声をかけた。
 『どうだ、君たち。この辺り一帯、どのように思う。俺は、いけると見たのだが。君たちの意見を聞きたい』
 『そうですね、悪くはないと思いますが。統領、あのこんもりした森らしいところがいいと思いますが。いかがでしょう?』
 従者は右手を右方の森の方角に差し伸べた。
 『そうか、お前はあそこがいいと思うのか。よし、いいだろう。お前の考えでいこう』
 一行は移動を開始した。目的地に着いたところで今夜の宿営ポイントを決めさせた。どこからか水の流れる音が聞こえてくる、一行は、その流れを探した。ほどなく見つけた流れの近くの平坦なところを今夜の宿営地とすることを決めた。
 背負われてきたユールスは、すっかり元気をとり戻していた。ユールスは、父と従者たちのやることなすことを、子供の目でじっと見つめていた。従者の一人を残して宿営の場所つくりに、そして、他の二人は、狩猟の武具を持って森の中へと姿を消した。
 アエネアスもユールスも宿営地の場所つくりを手伝った。草刈り、薪集め、火おこしと忙しく立ち回った。

第3章  踏み出す  53

2011-04-06 07:22:41 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 積荷作業も決済も滞りなく終わり出航の時となった。テカリオンは、『方角時板』を使って時を測った。
 『おう、この分なら明るいうちにイブリジエに着ける。出航する』
 彼は、乗り組みの者たちに指示を発した。そして、イリオネスと他の者たちに向かい出航する旨を伝えた。
 『イリオネス殿、そして、方々、いろいろとお世話になりましたな。次のこちらへの訪問は、そうだな、1ヵ月半後くらいにと思っています。何卒宜しく頼みます。今日は天候、風の具合も申し分がない航海日和です。私どもは出航します。では、皆さん、ごきげんよう、、、』
 彼は船上の人となるべく浜をあとにした。
 パリヌルス他数人は、舟艇で海上にいる。イリオネス、アレテスたちは浜辺に立っている。申し合わせたように皆、手を振った。船上の者たちも浜にいる者たちも一斉に手を振って、テカリオンたちを送った。
 イリオネス以下、交易にたずさわった者たち一同が交易船が去った海を眺めながら、その場で話し合った。
 『皆ご苦労であった。交易の作業一切が終わった。まあ~、これで良しとしよう。オロンテス、アレテス、ようやってくれた。礼を言うぞ。パリヌルス、あのしたたかそうなテカリオンとよく渡り合ってくれた。ありがとう。しかし、舟艇建造の件うまくやってくれ。新しい交易スタイルだ、降って湧いた交易だったな、全くヒョウタンから駒だったな。オロンテス、そして、砦の者、総動員でこの仕事に当たってくれ、頼むぞ。あ~あ、オロンテス、麦の件もあるが舟艇建造にパリヌルスに力を貸して事に当たってくれ』
 『判りました。いい取引きにまとまりましたね。全く重畳でした』

第3章  踏み出す  52

2011-04-05 07:05:27 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『テカリオン殿、ご苦労でした。ちょっと早めですが昼めしの時となったようですな。一杯酌み交わして昼めしにしましょうや。その後の段取りのこともある。ところで貴方の予定は如何ようですかな』
 『イリオネス殿、いろいろと気づかいいただいてありがたい。乗り組んでいる者たちとも話し合いました。荷を積み終えたら、即、出航したいと思っています。同行の船がイブリジエの浜で待っています。予定が大きく狂うと者どもが心配します。今回はとってもいい取引きでした。荷積みが終わり次第、今日の取引きの決済を終えます。よろしいですかな』
 『え~え、結構です』
 彼らはなごみの雰囲気で昼めしの場を囲んだ。
 昼めしを終えた彼らは、砦の者たちを総動員して荷降ろし、荷積みの作業に当たった。アーモンドの計量を念入りにして船に積み込んだ。作業ははかどり思いのほか短い時間で終えた。
 1対1の物々交換の塩漬け肉は、交感比を大幅に上回って砦の庭に運ばれた。テカリオンは言った。
 『交換比率を上回る余分の塩漬け肉は、私たちがこの浜に来て、大変お世話になった。ささやかですが、私たちの感謝の印です受け取っていただきたい』
 『それはそれは、何ともありがたい。喜んで頂戴いたします』

第3章  踏み出す  51

2011-04-04 08:20:30 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『判りました。少々、時間がかかりますが』
 オロンテスは額に汗しながら答えた。
 『いいだらう。茶でも飲んでいる。読めるように書けよ』
 一同は、杯に酒を満たし、笑いながら話し、声を上げて飲み交わした。
 二枚の板は出来上がり、イリオネスに手渡された。彼は、しげしげと眺め、書かれている文言を読み確かめて、下部の余白に署名した。彼は、再度、書き落としのないことを確かめて、テカリオンに手渡した。
 『テカリオン殿、今日、貴方と交わした約束事の覚え書きです。確かめていただきたい』
 テカリオンにとって、このようなことは始めてであった。戸惑いながら書き記された文言を読み、間違いのないことを確認した。
 『いかがですか。テカリオン殿よろしいですかな。よろしいようであれば、私が署名した上のところに貴方の署名を入れていただければよろしいのですが』
 テカリオンは、署名した。一枚目はイリオネスの上部に、もう一枚はイリオネスの署名の下部に署名した。
 『ありがとうございます。テカリオン殿、では、この一枚を貴方に、この一枚は私がもらいます。今日、貴方とこの場で約束したことの覚え書きです。署名は、その約束を間違いなく実行することを貴方と私との間で誓約したことです。何卒宜しくお願いします』
 『イリオネス殿、ご丁寧に、なかなか念入りなことで、私も約束事の覚え書きを取り交わしたことは、これが初めてです。まさに、約束事を大切にした取引ですな。いやいや、ありがたい』
 二人は、手を堅く握り合った。