『アエネイスミッション』[Aeneas Mission ]

建国の使命を抱くアエネイスのフアストミッションは自軍団自民族引き連れて炎上壊滅するトロイからの脱出である。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  360

2014-09-15 07:51:34 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 宴がはねた。アレテス以下7人の者たちは夕めしの終わった場をかたずけた。彼らはスダヌスを残して、浜頭一家に礼を述べて館を辞した。空には月が出ていた。
 張り番についている者たちへのみやげを持って浜小屋の宿舎に帰り着いた。
 イリオネスが心中にひそかに抱いている思いは、『俺たちの用心深さが身の安全を保っている』であった。彼は、トラブルもなく今日を過ごしたことを感謝した。頂点に立つものの立場は孤独である。一同に感謝するのは当然として、他に誰に感謝しようかと迷った。彼は感謝をする対象がほしいと思った。『月か、、、』彼は頭上に輝く月に感謝の気持ちを伝えた。ついでに、明日の安泰も月に願った。彼はそうせずにはいられなかった。ただそれだけの事である。
 ニケの張り番が交替して一同は寝に着いた。軽いいびきを耳にする。イリオネスは、目を閉じるが寝付けない。
 明日の思案が頭の中を駆け巡っている。目をあけて闇を見つめる、天井の梁がうっすらと目に映る。ニューキドニアの浜を出るときに考えた、あれをやりたい、これをしなければについて振り返った。
 彼は、クノッソスの歴史を知りたい、イクラリオンの昨日、今日、明日をも訊ねてみたかった。それから、帰途をどうしようかと考えた。明朝、スダヌスと打ち合わせだなと意を決した。荷を持った心が軽くなるのを覚えた。うつらとした、彼に静かに眠気が訪れた。
 朝のうつらうつらの眠りの中で、彼は思考の落とし物に気が付いて目を覚ました。明るい、小屋の中に一人でいる自分に気が付いた。
 『夜が明けたか』彼は半身を起こした。浜小屋の戸が開く、アレテスが姿を見せた。
 『隊、いや、頭、相談したい件があるのですが』
 『おう、用件は何だ?急いでいるのか』
 『持参したパンの件です』
 『どうした、言ってみろ』
 『パンが今日の昼めしに食べるとそれでなくなります』
 『ほう、そうか。そういうことになったか、判った。何とか、考える。スダヌス浜頭はまだか』
 『まだです』
 『そうか。俺は朝行事を済ませる。アレテス、ここで待っていてくれ』
 彼は立ちあがり海へと向かった。思案しながら海に身を浸した。頭まで海に浸して、顔を上げた。
 『おう、イリオネスおはよう。朝行事の真っ最中というところか』
 『おはよう。スダヌス、お前、いいところへ来てくれた。お前も朝行事を済ませろ。相談ごとだ。すっきりしたところでやろう』
 『おう、昨夕はご苦労であった。エドモン浜頭たちは大層喜んでいたぞ!そのうえ後片付けまでとは、奥さんも大変喜んでいた。イリオネスあがろう』
 『おう!』
 朝の浜風が肌に冷気を感じさせた。身体を乾かしながら浜小屋へと足を運んだ。
 浜小屋では、アレテスが窓も入れ口の戸も開け放し、よどんだ空気の入れ替えをしていた。イリオネスが声をかけた。
 『おう、三人で相談だ。今日のこれからをだ』
 『判った。まあ~、腰を下ろせ。相談ごとを順を追って話せ』
 イリオネスはじい~っとスダヌスを見つめた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  359

2014-09-12 06:34:55 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 たのしい夕食の場づくりに彼らは少々緊張していた。スダヌスが立ちあがる、つれて彼らも立ちあがった。スダヌスが口を開いた。
 『エドモン浜頭殿、本日は、いろいろとお世話いただき誠にありがとうございました。奥さんからは美味しい昼の馳走をいただき、イラコス君に足労をかけた。厚く礼を言います。本当にありがとうございました』
 彼は、口上を言い終えて深々と低頭した。イリオネスに連なる一同もスダヌスに倣って深く頭を下げた。スダヌスは言葉を継いだ。
 『エドモン浜頭、乾杯の声がけをよろしくお願いします』
 アレテスが浜頭にリュトン(酒杯)を手渡し、イリオネスが酒をなみなみと注いだ。ホーカスとテトスが全員が手にしているリュトンに酒を注いだ。
 『浜頭、お願いします』
 スダヌスが声をかける。エドモン浜頭がリュトンを片手に持って立ちあがる。
 『一同!立ってください』と言って、場を見渡し、口を開いた。
 『スダヌス浜頭、イリオネス頭、そして、一行の方々、このような場を催してくれてありがとう。礼を言いますぞ。では、一同!乾杯っ!』
 全員がリュトンの酒を飲みほした。場に拍手がわいた。。
 『皆さん!肉が、食べ物が程よく焼けていますぞ!さ~さ、召し上がってください』
 スダヌスが声をかける、一行の者たちが浜頭と家族たちのところへ食べごろに焼けた肉をはじめ他の食べ物を皿に盛り持ち運んだ。
 『おう、スダヌス、至れり尽くせりだな、感謝!感謝!』
 『さあ~さ、あとは勝手気ままに召しあがってください』
 全員が食事に親しんだ。『旨いっ!』言葉が飛ぶ。それを『旨いっ!』と受ける。各所に配されている酒壺、互いに言葉を交わし、注ぎ合ってリュトンをほした。
 各所に設けた、この時代の簡単な構造のファイアライトスタンド荷は松明の炎が明々と燃え盛り、夜のとばりの降りたのにも気づかず、判らないまま宴が続いた。
 彼らは気持ちよく食べて酒に酔った。話にも花が咲いた。スダヌスの談義に耳を傾けた。
 エドモン浜頭は、スダヌス、イリオネスともどもの再訪を促した。
 夜はいつしか深更に至っていた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  358

2014-09-11 07:29:48 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 小休止を終えた一行は、エドモン浜頭の館に帰り着いた。一行を浜頭の妻のアドーネとイラコスが迎えた。
 『おう、スダヌス、日暮れまでにまだ間があるが、夕飯といくか』
 『おう、いいだろう。やろう!』
 彼らは館の中へと足を運んだ。夕めしの場は造られていた。スダヌスがエドモン浜頭に声をかけた。
 『浜頭、このあとは俺たちがやる、任せておいてくれ』
 『判った』
 話し終えてスダヌスは、浜頭の妻のアドーネの方に体を向けた。
 『奥さん、今日の昼の弁当、ごちそうさまでした。皆でとてもとてもおいしくいただきました。ありがとうございました。厚く礼を言います』
 傍らにいたイリオネスもスダヌスと一緒に礼の姿勢をとり低頭した。
 『奥さん、私どもは、皆さん方にお礼をしたい。夕めしの支度は私どもが致します。声をかけるまでゆっくりくつろいでいてください』
 『そうですか、スダヌス浜頭。貴方の言葉に甘えますよ』
 スダヌスを信頼しての言葉であった。
 『え~え、そうしてください。そうしてもらう、それが私らのやりたいことなのです。浜頭にも、今日は大変お世話になりました。どのように礼を申し上げたら、私らの気持ちが通じるかを考えての上の事ですから』
 『では、支度の出来上がのを楽しみにしています』
 スダヌスは、イリオネスとアレテスを傍らに呼んで事の次第を言い渡して、支度に取り掛かった。アレテスが一同に指示する、彼らは手際よく夕食の支度をしあげていく。スダヌスとイリオネスは食材を丹念にさばいていった。ホーカスは炉に火をおこす、テトスはホーカスに手を貸していた。
 スダヌスが場を見渡し、チエックして満足の笑みをこぼした。
 『イリオネス、どうだ。準備完了かな?』
 『おう、出来あがりだな。皆さんを呼んでくれ』
 『おうっ!』
 スダヌスは、短く答えて、居間へ浜頭たちを呼びに向かった。
 『ややっ!お待たせしましたな。皆さん、どうぞ!』
 『おう、ありがとう。スダヌス、馳走になるぞ!』
 『変わった馳走かと問われると痛み入ります。心だけは、いっぱい込めました』
 『よっしゃっ!ありがとう。行こう』
 夕めしの場では、イリオネスらは整列して、浜頭家族を迎えた。スダヌスは家族を場の席へ案内した。彼らが席に着くのを確かめて、イラコスも伴の者を連れて場に姿を見せた。
 一同が席につくのを確かめてイリオネスら一同が拍手をもって彼らを迎えた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  357

2014-09-10 07:51:56 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 彼ら一行は集散所を見て廻った。彼らは、その賑わいに目を見張った。午後のコースには、生活雑貨の売り場、食品の売り場、極めてという表現がふさわしい生鮮食品群の売り場の繁忙さには舌を巻き絶句した。
 生活雑貨の売り場には、文明芸術性豊かな品物が雑貨の類として並べられている。それらの売り場を囲む買人、客の多様さにも目を見張った。
 鮮魚類の売り場にさしかかった。この一劃は、エドモン浜頭が取り締まっている売り場である。ここは、近傍からと思われる客でごった返していた。一行はその様子を驚きの目で見て通った。
 エドモン浜頭は、一行を集散所の展望塔とおぼしき個所へと案内してくれた。彼らは雀躍して喜んだ。はるか遠くにクレタ海、海に臨んで居並ぶ家並みのイラクリオンの街区、クノッソスの宮殿を囲むなだらかな丘陵斜面の展開する風景を目に収めた。宮殿が小高い斜面に立っていることも風景を目にして知った。彼らはこの小旅行の満足を心から味わっていた。
 スダヌスは、イリオネスから預かった銀を集散所の木札に替えてきていた。
 『イリオネス、行こう』
 二人は連れ立って食材の買い込みに向かった。肉類、野菜類、果物類、そして、酒に至るまでふんだんに買い込んだ。
 『おう、イリオネス、これくらいでいいだろう!』
 二人はうなずきあって、一行の者たちに持たせて帰れるように荷を造った。彼らは、宮殿を見て廻り、荷を携えて帰途についた。
 クノッソスの宮殿からイラクリオンの街区に向けて下っている道を歩いた。
 帰りの道中半ばでイリオネスは往路の途中に目にしたイデー山の頂を振り返って眺めた。山頂が夕陽を受けて輝いている様を見て脳裏に焼き付けた。彼の胸中には『いずれの日にか』であった。彼の胸を通り過ぎた想いが10ッか月後に実現するのだが、この時、彼は、まだ、その機会の訪れには気づいてはいなかった。
 彼は、帰りのニケの船上から『この山の山容が見れるか』であった。往路の時には、海上からの海岸風景に気が奪われて、この山については、一考だにしなかったのである。彼は『海上からもう一度あの山を見てやる』と心に決めた。
 スダヌスが声をかけてきた。
 『おう、イリオネス、何を考えている?』
 彼は、このことを言おうか言おまいと戸惑った。まあ~、聞いてみるくらいはいいだろうとスダヌスに答えた。
 『スダヌス、あの山の事だ。帰路に海上から、あの山が見えるだろうか?』
 『ホッホウ、あの山か。あの山のてっぺんから海岸線が見える。そうであれば、海からあの山が見えることになる。あの山にはだな、俺もこの年になるまで三度は登っている。ようし判った。俺に任せろ!』
 彼は、胸を叩いてドラムを響かせた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  356

2014-09-09 07:25:01 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
『ややっ!これは、これは、豪勢な!大変なごちそうですな、浜頭!喜んで馳走になります』
 スダヌスが大声を上げた。
 『お~お、どうぞ、どうぞ。イリオネス頭もどうぞ!皆さんも遠慮なくやってください』
 エドモン浜頭が一同に薦める。イラコスが酒杯を配る、伴の者が酒を注ぐ。 
 『おう、酒がいきわたったかな。では、乾杯といきましょう。皆さんを迎えた私どもの気持ちです。乾杯っ!』
 エドモン浜頭の声がけで昼めしが始まった。
 『エドモン浜頭、一同喜んで馳走になります』
 『遠慮はいらない。おう、心置きなくやってくれ』
 馳走をとろうとする、ぶっとい腕が交差する、目を合わせる、思わずこぼす微笑み、和やかであった。
 『ややっ!こいつ!うまいっ!』
 スダヌスが声をあげて顎に手を当てる。すかさず、イリオネスの顎にも手を伸ばしてあてた。
 『あごを落としにかかったわい。お前大丈夫か?』
 『あごを落としたら、俺が受けてやる!』
 感動のわたり合いをしながら馳走の品を口に運んだ。アレテスが話す。
 『マリアの集散所にも驚いた。ここはマリアに輪をかけてでっかい!驚きで肝をつぶして、ほれこの通りですわ』彼は身を震わせた。
 『それは、そうですな。イラクリオンとクノッソスを含めてだが、マリアとは街の大きさが格段に違いますな。マリアの四、五倍はあります。そのうえ、ここに集まってくる人の数がマリアとはでっかい差があります』とエドモン浜頭の弁である。彼は言葉を継いだ。
 『昼からは私らの売り場も見ていただけます』
 『それは、それは、是非、見せてもらいます、私どもの勉強になります。うれしいことです』イリオネスが答えた。
 浜頭の奥さんの手作りになる弁当は素晴らしく旨かった。一同の忘れることのできない、おいしい食事であった。イリオネス以下の一同が一斉に『ごちそうになりました』を口にして、深く頭を下げて礼を述べた。スダヌスもそれに倣って礼を述べた。
 スダヌスは、浜頭の耳に口を寄せて何事かを小声でささやいた。浜頭は顔を大きく縦に振って頷いた。そのあと、イリオネスの耳にも口を寄せて何事かを告げた。うなづくイリオネス、スダヌスは何をかを段取りした。
 『昼も済ませた。おう、スダヌス、昼からの予定コースを見て廻ろう』
 一同は腰をあげた。エドモン浜頭はイラコスに身を寄せて何事かを耳打ちした。イラコスは一向に挨拶をして立ち去った。彼らは、再び集散所の中を歩いた。
 スダヌスとイリオネスは、広場にとどまって何事かを打ち合わせた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  355

2014-09-08 07:39:33 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 イリオネスは、他の者たちとはかけはなれたスタンスで物事を観察し、考察、評価していた。クノッソス、マリア、キドニアの各集散所を支えている人口の多寡について考えた。集散所を成り立たせる人口規模、支える商業規模、それが集散所の繁栄を担保している。そして、それらを背後から押す力の大小とその効果を推し量って考えた。
 クレタ島の文明、それの背を推す海を隔てた沿岸諸国の文明、そういった諸々の力がクレタの繁栄に力を貸したであろうが、それについてはイリオネスの推考の領域にあったかどうかは定かではない。しかし、繁栄が生起され、そして、その繁栄がクレタの自然破壊を引き起こし、それに輪をかけた大きな天変地異の自然災害が、クレタ島とそこに住む人民を窮地に追い込んだ。そのうえ、その時代に高度に発達していたクレタ文明の破壊にまで及んだ。そのこと自体、その時代に生きたクレタ島の住民たちの人智の及ぶ領域であったであろうか、自然災害と自然破壊と文明破壊、繁栄が引き起こした破壊、その時代、そこに生きていた人間たちの諸々の事情による人災ともいえる所業は、後世の者たちが歴史的解明に及んで知り得たことであるともいえる。繁栄が不思議を伴って繁栄し続けるとすれば、繁栄の崩壊には不思議がない、崩壊するべくして崩壊するのである。

 昼のころとなった。一行は、昼食休憩にしようと中央広場に出た。
 エドモン浜頭が周囲をうかがっている。突然、彼は右手を高く掲げて、大きな声で呼びかけた。
 『お~い!イラコス!ここだ、ここだ!』
 周りの者たちも彼に目線を注いでいる。
 エドモン浜頭の息子のイラコスが二人の伴の者に荷物を持たせて近づいてきた。
 『お~お、ご苦労、ご苦労。大変だったろう。ありがとう、礼を言うぞ。お前たちもここで、皆と一緒に昼を済ませろ』
 『え~え、そのつもりでいます』
 一行にイラコスらが加わって広場の一隅を昼めしの場として一同が座した。エドモン浜頭の奥さんの手作りの弁当であった。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  354

2014-09-05 07:57:45 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 彼らには、いつ何時でも奴らを叩き伏せれる自信があった。杖代わりの丸太ん棒を強く握りしめることで何とかこらえられた。
 双方がすれ違って行過ぎた。スダヌスがアレテスに声をかけた。
 『アレテス、振り返るでないっ』
 一行は何事もなかったように歩を進めた。相手方は、立ち止まって三、四人がこちらをうかがっている。背中に視線を感じた。
 ピッタスが口を開いた。
 『何か、用事があるのか聞いてやろうか』
 『バカはよせ!それこそ大ごとになるぜ』
 アレテスがすかさずたしなめた。
 エドモン浜頭が言う。
 『彼奴らは、ここを統治しているアカイアの兵卒どもだ。先ず風体が悪い、すぐ文句をつける、人を脅す、モノを取り上げる、命の大切さの知らない、剣闘士くずれのならず者だ。たまにいい奴もいるのだが、奴らは札付きの悪どもだ』
 彼らは、宮殿の門前に着いた。宮殿は4階建てである、その威容は付随して建っている建物を睥睨している。彼らは、度肝を抜かれた。彼らの住んでいたトロイの比ではなかった。圧し潰されそうな感じを受けた。
 『おい、どうした!おまえら!ここはクレタ全島を統べる政庁でもある。これくらいはしかるべき大きさだ。それを知れ。中を見て歩くことは許されてはいない。我々の入れるところは、中央広場、そこから通じる集散所だ』
 スダヌスが一同に向けて告げた。彼は重ねて伝えた。
 『出来るだけ、おとなしくふるまう、小さな漁村の漁師であるようにふるまうのだ。そして旅人なのだから。貴方がたに対して、いまのような失礼な物言いは勘弁していただきたい』
 彼は物言いに詫びの言葉を入れることを忘れなかった。アレテスは、ピッタスの事がちょっと気にかかった。
 『おう、ピッタスよ。お前、気が長いほうではない、ここはちょっとでいいから自分を押さえろよ』
 『隊、いや、アレテス、言われたこと気を付けます。判りました』
 彼は、隊長と言いかけて何とかそれを抑えた。
 『おい、皆!中へ入るぞ』
 一行は、エドモン浜頭を先頭にスダヌス、イリオネスと続き、数珠つなぎとなって集散所を見て廻った。
 並ぶ、多種大量の産物、大勢の客、そのやり取り、繁忙の賑わいに圧倒された。
 『こりゃあ~、すごい!』
 『ぶったまげるな!』
 『こんな情景を見るのは初めてだ』
 『俺は、こんな場のあること自体に驚きだ』
 彼らの驚きは大変なものであった。
 一方、イリオネスは、キドニアの集散所を物差しにしてマリアの集散所を見て、マリアの集散所を物差しにしてクノッソスの集散所の視察に及んだ。そしてキドニアの集散所を評価した。そのうえで宮殿の外観を観察して、我らが砦を如何様に築こうかと考えながら歩いていた。しかし、この有様を、情景をどのようにつぶさに、アヱネアスはじめとしたパリヌルスらに伝えたものかと考えあぐねた。事実をあからさまに、そして、詳しく伝えるには、今の自分が持てる言葉で伝えられるか、どうかに不安を感じた。午後からは、あれこれ考えるよりも観察に集中して物事を視るようにしようと心を決めた。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  353

2014-09-04 06:24:50 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『お前ら、判っているな!丸太ん棒を杖代わりについていくのだ』
 彼らは、ニケの張り番を三人残して出発した。エドモン浜頭の館のある街区を通り抜け南へと向かった。
 エドモン浜頭は、クノッソスの宮殿に向かうに際して、胸に抱いている心配が杞憂に終わることを願った。一行は、ニケに積んできた丸太ん棒を杖にして歩を運んだ。
 クノッソスの宮殿に通ずる道は幅広く三人が横並びで行き交うに十分な広さでできていた。
 彼らが往きの道中で話題にしたのは、南西の方向、はるかなる先に見える山頂に雪をのせた山であった。
 彼らは30分も歩いただろうか、道端に腰を下ろして小休止をとった。イリオネスはエドモン浜頭に問いかけた。
 『エドモン浜頭、はるか遠くに見える、頂きに雪のある、あの山は何という山ですかな?』
 『お~お、気づかれたかな。あの山はだな、伝説の山だよ。その昔、レアなる女がゼウスを生んだといわれている山だ。山の名はイデー山(標高2456m)という、イデーとはクレタ語で、すべすべという意味だ、山のてっぺん近くはすべすべの山なのだ。それでイデー山が山の名前というわけだ。あの山が、このクレタの『へそ』の位置に当たる』
 『ハッハア~、そうですか。あれがゼウス伝説のイデー山なんですか』
 イリオネスは絶句した。
 『そうだ。イラクリオンを早朝に出て、あの山の麓に着くのが日暮れどきだ。俺がまだ嫁取り前の若いころに登った。てんにもはれにも、その一度だけだ。クレタ全島が見渡せたな』
 『そうですか』
 『山の中腹とおもわれるところに洞窟があってな、そこにゼウスを祀った神殿がある。そういう山だ』
 一同がエドモン浜頭の話にうなずいた。
 『おい、お前ら、休止は、もう充分だろう。さあ~、立って立って、行こうぜ』
 スダヌスは一同に声をかけた。彼らは歩き始めた。
 宮殿の外観が見え始める、歩みのスピードが速くなる。彼らが前方に目にしたのは、六、七人が群れて歩いてくる男の一群である。
 イリオネスは平静であるが、アレテスとピッタスが身構えた。エドモン浜頭が一同に短く言葉をかけた。
 『あの男どもと目を合わせないように、、、』
 『判った』
 双方が接近した。一同は道端に寄って歩いて行く、向こうから来る一群の男どもは三人の横並びが五人の横並びとなって近づいてくる、すれ違いざまに肩が触れるのではないかと思われた。それを何とか避けた。
 どうにかこらえて我慢でをやり過ごした。双方は何事もなくすれ違った。丸太ん棒の杖は、こらえのがまん棒であった。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  352

2014-09-03 07:37:44 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 彼らは、イラクリオンの朝を迎えた。二度目の朝である。二度目の朝は、勝手知ったる我が海の風情で朝行事を済ませた。彼らが交わす今朝の話題は『朝はどこから来るのか?』であった。ニューキドニアにおろうが、イラクリオンにいようが
マリアにいても、朝は朝であった。、
 テトスが声をあげて、誰彼なくこの疑問を投げた。
 『おい!おッ、お前、朝はどこから来ると思う?』
 『俺は、こっちから来ると思っている』と言って、東の方を指さす。目があった二人目にも同じ質問を投げる。
 『俺は朝が天空の高みからやってきて、夜は、俺の立っている地面の底からせりあがってくると思っている』
 この会話が朝を迎えた彼らを笑わせた。頭を傾げて深く考え込む者もいる。10人10様で、この疑問を認識しているらしい。古代に生きた者たちが感じた世の不思議であったことは否めない。とにかく一同は笑った。
 『とにかく、明るくなったら、それが朝だよ』を答えとした。朝一番の笑いが生活の中の必要ごとであったのだ。
 彼らは朝めしを終えた。アレテスは、改めて、空模様をうかがった。
 夜通し吹いていた風はおさまり、雲が空を覆っている、陽ざしのない朝である、もしや、雨が来るのでは、この暗示が彼らの気持ちを暗くした。
 エドモン浜頭とスダヌスの話し合う声が聞こえてきる。二人が木立を抜けて姿を現した。
 『お~お、ご一同 おはよう、ご機嫌はいかがじゃな』
 スダヌスが声をかけてくる。一同が声をそろえて挨拶を返した。スダヌスが今日の予定について話し始めた。
 『今日は特別だぞ。エドモン浜頭が皆をクノッソスの宮殿、集散所へ案内される。空はこのように曇っているが、雲は高みにある、雨は降らない、その心配は無用だ。宮殿までは歩いて半刻だ。以上だ』
 一同から拍手が起きた。
 『判ったな!お前ら仕度を急げ!できたら、即、出発だ』
 『オウッ!』
 歓声があがる。イリオネスは、エドモン浜頭とスダヌスの方へ身体を向けた。
 『スダヌス、ありがとう』続けて、
 『エドモン浜頭、今、スダヌスより聞きました。大変お世話になります。クノッソスを案内していただけるとはありがとうございます。言葉に甘えます。一同に仕度させます、少々の時間を、、、』
 彼らの仕度は間をおかずにできあがった。
 イリオネスが声をかけた。
 『アレテス、もう、いいか?』
 アレテスは一同を見渡した。そして、念を押した。

『トロイからの落人』  FUGITIVES FROM TROY   第7章  築砦  351

2014-09-02 07:24:04 | 使命は建国。見える未来、消える恐怖。
 『イリオネス頭、この船足であったら、あと一刻半(3時間)ぐらいでイラクリオンの浜に着きます。この空模様、この風だが、嵐になることはないと思われるが、ま~、用心に越したことはありませんな』
 イリオネスは、エドモン浜頭から耳に入れた、クレタの昔物語の礼を述べた。
 アレテスがイリオネスに問いかけてくる。
 『この風、この具合なら帆だけでニケは進みます。漕ぎかたを止めようと考えています』
 『おう、いいだろう。判った。そのようにしろ!』
 漕ぎかたは櫂をあげた。北東からの風が、ほとんど東寄りの風となっていた。イラクリオンからマリアへの船旅は、往路、復路とも風に恵まれたといっていい。陽射しはない、風は肌に寒く感じられた。
 ニケは日暮れ前にイラクリオンの浜に着いた。
 エドモン浜頭は無事の到着を海に感謝している。一同もそれにならって海に向かい、軽く目を閉じて会釈した。
 『やあ~、皆さん、無事に帰ってきましたぞ。船旅の無事を喜びましょう。イリオネス頭、今宵も昨日の浜小屋を使ってください』
 『はい、ありがとうございます』
 スダヌスがエドモン浜頭に声をかけた。
 『エドモン浜頭、今日はこちらで夕めしを済ませて帰ります。宿の方はよろしく頼みます』
 『そうか、判った。待っている』
 宵のとばりが浜に降りようとしていた。
 『イリオネス、ちょっと寒いな、火がほしい。小屋かげで焚き火をして夕めしと行こうではないか』
 『判った、そのようにする』
 アレテスがニケの陸揚げを終えて、一同が揃ってやってきた。
 『おう、アレテス、ちょっと肌寒い、火がいる。燃やすものを集めて、小屋かげで焚き火をしてめしにする、支度を頼む』
 『判りました』
 アレテスは一同に指示をする、時間をかけずに枯れ枝、燃やすものが集まった。焚き火をゴンゴンと燃やした。陽を囲む一同は水入らずの夕めしの時間を過ごした。ありあわせの食材で過ごす夕めしは和やかであった。
 スダヌスはエドモン浜頭の館へと帰っていく。
 浜小屋の中に落ち着いた一同は、昨日、今日の思いで話を暗闇の中に咲かせた。
 風は強くなってきている。浜の林の木ずれの音がザワザワと鳴っている。ザワザワに寝息が答える、いびきが歌う、誰も気遣いなしだ。彼らの眠りは深かった。
 夜半過ぎ、ニケの張り番が交替した。