「バッテリー」(2006、118分)
監督:滝田洋二郎、原作:あさのあつこ、脚本:森下直
林遣都、山田健太、鑓田晟裕、蓮佛美沙子、萩原聖人、上原美佐、濱田マリ、岸谷五朗、天海祐希、菅原文太、岸部一徳
中学生の世界、その孤独と外界との接触を苦労して確立していく過程を、作者の大人の頭でいじることなく、また大人の登場人物にもいじらせることなく、描ききった。原作が優れていたからというのが半分だろうが、それをうまく活かし、映像のい美しさ、その細部の神を画面に宿らせたことに、感銘を受ける。
小学生で飛び切りの才能を持つピッチャー巧が、病弱の弟のこともあって家族で岡山に引越し、中学に入る。彼は有名だったらしく引越しのときに早くもなかなか捕球が難しい彼の速球をなんとか捕れる同年の豪と出会い、同じ中学の野球部に入る。
そして、並でない球の威力ゆえに、ストーリーは様々に展開する。監督(教師)、上級生、他校の強打者、兄と野球にあこがれる弟、そして最も理解し合っていたはずのキャッチャーとの間に生じていく亀裂、波紋。
現実にはどこかでもっと大人が介入しなければ、ことは解決しないだろう。だがその解決というのは何なのか、もともと人間と人間との間には何があるのか、それらに対して作者がどこまでも向き合っていることが、見ているものにはわかる。そして、たとえこの結末は物語の中のことだとしても、そうありたいという思いは自然に伝わってくるのだ。
ピッチャー役の林遣都は、目がきれいで、投球時の垂直な背筋が崩れないこと、走るときに足が真っ直ぐでまったくぶれないこと、そして飛び切りのエース故の孤独、まさにこの役になりきった。キャッチャー役の山田健太はどれだけの多くのオーディションで見つけられたのだろうか。よくこの子が見つかった。体躯、性格、表情、台詞とも、通常のドラマだったら彼が主人公かもしれない。
それにしても、通常ならもっと観念的な要素がでてくるところを、こうして少年達の視線で描ききるものがもっと出てくるといい。しばらく見かけない「たけくらべ」(樋口一葉)とか。
カメラに向かって何度も飛んでくる快速球、その迫力、そして岡山の田舎町、いい背景である。
祝日とあって、子供連れも多かったが、始まってしばらくすると皆集中しざわつきもなく、クレジットが消え明るくなるまで誰一人立つ人がいなかった。