「走れメロス」 (太宰 治)(新潮文庫)
短編集で、ダス・ゲマイネ、満願、富嶽百景、女生徒、駆込み訴え、走れメロス、東京八景、帰去来、故郷、が収録されている。
ダス・ゲマイネ以外は太宰治(1909-1948)の活動の中で中期(1938-1945)の作品だそうだ。
まさに戦中だが、語り口、文章、ほんとうにうまい。こんなに思い切った表現、と受け取って、そのあとくどくどと補足の説明が出てこない。ここがいいのである。人気があるのももっともである。
富嶽百景も東京八景も、おそらく作家の創作活動の転換期を書いていると思われるが、いわゆる私小説の変な自意識はない。
「女生徒」も、ずいぶんあらためて読んでみると、よくもこんなと、女性に受けるのは当然だろう。
さて、「走れメロス」は確かに教科書にもなっていて、いくつかの箇所はいまだに鮮明に記憶している。
だが、こうして読んでみると、そのプロットには無理があって、暴君たる王にとって、メロスとの約束事は、結果がどちらに転んでも、彼に益があるとは思えない。
そういう強引なところはあるのだが、おそらく太宰はここで、磨かれた達者な語り口というものを完成したかったのではないだろうか。それが教科書にも使われ、多くの若い人に朗読されてきた。作家は例えば「五重塔」(幸田露伴)を目指しただろうか。
そのレベルには達していないけれども。