メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

エリザベート3 運命の歳月

2010-09-25 16:52:12 | 映画

「エリザベート3 運命の歳月」(SISSI-SCHICKSALSJAHRE EINER KAISERIN 、1957年オーストリア、104分)

監督・脚本:エルンスト・マリシュカ 
ロミー・シュナイダー(シシー)、カール=ハインツ・ベーム(フランツ・ヨーゼフ皇帝)、マグダ・シュナイダー(シシーの母)、グスタフ・クヌート(シシーの父、マックス公爵)、ウッター・フランツ(ネネ、シシーの姉)、フィルマ・デギッシャー(シシーの母の姉、フランツ・ヨオーゼフの母)、ウォルター・ライアー(アンドラシー侯爵(ハンガリー))
 
「プリンセス・シシー」最後の第3作。シシーと夫フランツ・ヨーゼフはハンガリー王ともなったのだが、シシーは姑との問題もあり、ハンガリーの民の中に入っていくようになり、夫とは距離も心も離れるようになってしまう。夫も皇帝になりたくはなかったと母に告白する。というあたり、映画のなかほどからしばらく残念ながらで放送(NHK BS)されたとき雨が強かったらしく、録画は音声、字幕があやしくなりついに何もうつらない状態が15分ほど続いている。なんとか最後の25分ほどは戻ってきたので、話としてはりかいできた。
 
シシーはハンガリーにいるときに病を得、ポルトガル領マデイラ島で療養、その後はギリシャのコルフに行く。そして回復の途中で夫とよりを戻し、二人で旅の途中に北イタリアを通る。
このころオーストリアは北イタリアの動乱を平定した後で、騒動が心配された。
 
このあたりが面白いところで、まず大丈夫と思われたミラノ、スカラ座に招かれた当地の貴族たちはハプスブルグの招待が面白いないことから皆代理で召使をよこす。そして指揮者は皇帝・皇妃の入場にあわせてハイドンの「皇帝」とみせかけそれは1フレーズであのヴェルディ「歌劇ナブッコ」の「行け、想いよ、金の翼で」を演奏する。しかしシシーはそれに拍手して最後までオペラ(椿姫)を観て、その後のレセプションもこなし、すっかりミラノの人心をつかんでしまう。そしてそのあとのヴェネツィア・サンマルコ寺院礼拝でバックに「皇帝」が流れ、夫婦と国家、いずれもめでたしめでたしとなる。
 
オーストリアのナショナリズムを満足させることも目的の一つのようだから、これはこれでいいのだろう。戦後まだ10年とすこし、このシリーズはハンガリーとイタリアが相手とはいえ、なんとも強気である。

ロミー・シュナイダーはこの時まだ19歳、それでも第3作となれば、たとえば髪をほどいた状態で鏡の前で顔を整えている場面など、もっと大人になった彼女とあまり変わらない。このくらいの女優の素質であれば、成熟も早いのだろうか。 
 
ところで、イタリアではなかなか歓迎とはいかないという会話のなかで、北イタリア平定でラデツキー将軍がやりすぎたからね、というセリフがあった。ウィーンのニューイヤー・コンサートでは呑気に「ラデツキー行進曲」をやるけれど、こういう映画とを見ると、なかなか面白い情景である。 
 
試みに、このコンサートに登場したイタリア人指揮者アバドとムーティのケースを調べてみたら、二人とも「ラデツキー行進曲」を最後にやっており、別にわだかまりはないようだ。ワーグナーとイスラエルというほどではないのだろう。

またハンガリーの場面では、今フランスで話題になっているロマが出てきて、字幕でもロマとなっている。発音はよく聞き取れなかったが、ロマのようでもあった。字幕は最近この表記にしたのだろうか。

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