「星 新一 一OO一話をつくった人」 (最相葉月) (新潮文庫、上下 2010年、初出は2007年)
日本におけるSFの草分けで、ショートショートという形式・ジャンルを確立、長年にわたりその盟主として担がれ、それを全うした星新一(1926-1997)の評伝である。
日本でミステリが本格的に盛んになりはじめ、SFが翻訳から登場、そしてショートショートが注目され始めた昭和30年代前半、江戸川乱歩をはじめとする戦前からの推理小説作家、翻訳者の矢野徹、雑誌を率いた福島正実など、作家の小松左京、筒井康隆、眉村卓などが登場する。また関係した多くの出版社で星を担当した編集者も登場、彼らの話は当時のこの世界の動きを想像させるいい材料である。
私も、これらの雑誌を買ったこともあり、星新一作品の掲載作、そして初期の単行本などにも親しかった。
しかし著者も少女時代に集中して読んだもののそれっきりになっていたという。本書を読むと、星新一がそういう一時ではなく、きわめて長い間活動し、そしてその死まで、こんなことがあったのかという、普通人の人生ではあまり出会わないであろう多くの屈折があったことがわかる。
そしてそれが読み物としてたいへん面白い。さらに、星新一の父は星製薬という戦前はとても大きかった会社のオーナーで、明治の元勲との付き合いもあり、新一の母は森鴎外の妹の娘であることから、人間関係の広がりは大変なものである。
著者はこういう全体に気づいた、というか格好の鉱脈を掘り当て、調べに調べてこれを書いたのだろう。大変な仕事、力量だし、その対象への好奇心と一つの見方にかたよらないバランス感覚、これらがこの上下各400頁を飽きずに読ませる。
単に星新一のファン、SFおたく、同時代人という人には、こういうものは書けない。そこはさすが怪著「絶対音感」の著者である。
そう、最相葉月さんの書き方は好きだし、手本にしたいところがある。
それにしても、星新一を書くのにどれだけの資料、インタビューが必要か、それが瞥見できるのもこの本の効用だ。ここまでしないと星新一アーカイブはできないか、ということがわかってくる。
面白いのは下巻70頁に出てくる1963年の日本SF作家クラブ発足準備会が新宿の中華料理店で行われた時、そのもようがオープンリールのテープ・レコーダーで録音されていて、それを著者がきくことができ、その一部が本書に採録されていることである。
当時よく録音などした、それがよくこれまで残っていた、両方を思うとアーカイブというものの興味ある一面が見えてくる。