私が若いころ、うーん何年前になるんだろーか?
それすらも今はおぼろになってしまった。
当時好きだったエッセイストに田中小実昌さんがいた
「さよならだけが人生だ」
多分そのエッセーのどこかに出てくる言葉だが。。
その言葉って田中小実昌さん自身の言葉だったと最近まで思い込んでいた。
今改めて調べてみるとそうではなかった。
文豪井伏鱒二さんが
干武陵(ウブリョウ)の漢詩 「勧酒」を意訳したものの一部でした。
この盃を受けてくれ
どうぞなみなみつがしておくれ
花に嵐のたとえもあるさ
さよならだけが人生だ
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味のある漢詩です、なかなか身に沁みます。。
短い詩ですが生き方を教えてくれている。
小実昌さんの文章って
カッコの悪い自分をさりげなく出して男としての哀愁を感じさせます。
残念ながら私にはできないことだそれだけに小実昌さんは大好きだ
凡人にはなかなかできません、どうしても見栄張っちゃうし。
自分の弱さを平気で自然に出せるところが小実昌さんなんですよ。
可愛い人です。
だから皆さん親しく小実昌さんて呼んでました。
小実昌さんの癒し系のエッセーを愛読していた当時の自分は
今では何処へ行ってしまったのか。。。
もう一度読み返してみたくなりました。
そしてこれからの人生が長いならお手本にしたい。。。
さよならだけが。。。。の文章をパクったのが寺山修司氏
さすが寺山なんですが揶揄しているような詩です。。
さよならだけが人生ならば
また来る春は何だろう
はるかなはるかな地の果てに
咲いている野の百合何だろう
さよならだけが人生ならば
めぐりあう日は何だろう
やさしいやさしい夕焼と
ふたりの愛は何だろう
さよならだけが人生ならば
建てたわが家は何だろう
さみしいさみしい平原に
ともす灯りは何だろう
この曲を歌ったのが「時には母のない子のように」のカルメン・マキ
そうだ当時私は2?歳だったんですね。
それからうん十年いくつものさよならがありました
今は良い思い出となっている。
悪い思い出は忘れるようにすると良いのか。
小実昌さんのように飄々と。。。
カルメン・マキ さよならだけが人生ならば
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