その人は雨の中、傘もささずにいた。
“これがオーラってやつか”
遠目で見ても凛とした美しさを感じる。
不思議とそこだけ空気が違って見えて
やっぱり芸能人なんだなと改めて思う。
近づいていっていいのかと迷いながらも、音を立てないように歩く。
そして雨がその人にあたらないようにそっと傘をかざした。
気配に気づいたのかその人はゆっくりその綺麗な顔をあげる。
儚げで、美しい顔。
“やっぱり綺麗な顔をしている”
テレビやDVD、雑誌等で見飽きる位、その顔を見てきたが
実際目の当たりにするとその美しさは半端ない。
よく見るとその瞳は泣いていたのか赤く潤んでいる。
でもそれが一層その人を儚く見えた。
ダンスをしている時のその人とはとても同一人物とは思えないその儚げな佇まい。
守ってあげたい、と
何故かそう思った。
あれ程までに会いたかった人が目の前にいる。
もうテレビや雑誌でしか見る事はないだろうと
諦めていた人がまっすぐな視線で見つめてくる。
その現実に意識がどこか遠くに行ってしまいそうだ。
「……濡れます よ」
「……ホントだ」
小雨とはいえ傘をささずにいたせいか
髪や肩は雨で濡れてしまっている。
そのまっすぐな視線にどうかなってしまいそうな
気持ちを抑えながら何とかハンカチを差し出した。
「ありがとう」
その人はゆっくり手を差し出しニッコリと微笑むとハンカチを受け取った。
“…可愛い”
さっきまで儚げな感じに見えていたのに
ニッコリと微笑む姿は儚げな感じから一転、
途端に可愛らしい顔に見えてくるから不思議だ。
「雨も降ってる事だし、よかったらタクシーが拾えるところまでお送りしますよ」
「……え? お参りはいいの?」
とてもこのまま放ってはおけなかった。
いや、違う。もう二度とこんなチャンスは無い。
このチャンスを逃す手はなかった
「うち近くてしょっちゅう来れるから、別に今日じゃなくてもいいんです」
「そうなんだ〜」
素直というか何というか。そういうところも可愛らしい人だなと思う。
そして芸能人とは思えないその無防備な言動に不安を覚えながらも
一緒に片付けを終えるとタクシーが拾えるところまで歩いた。
一緒に歩いているとその人の華奢さを感じる。
ますます守ってあげたいという気持ちが湧き上がる。
「今日… あいてる?」
「……え?」
タクシーが拾えそうな所まで来てどうしようかと思っていたら
その人が消えそうな声で信じられない言葉を言った。
「…ううん、何でもない」
「あいてますあいてます暇です」
聞き間違え?
まさかそんなこと言うはずはない。
そう思いながらも、もしかしたらと慌ててそう答えると
その必死さが余程可笑しかったのかその人はクスクスと可笑しそうに笑った。
「そしたら近くに知ってる所があるからごはんでもって思って。これのお礼」
そう言って、さっき渡したハンカチをぴらぴらとさせた。
めちゃめちゃ可愛いじゃねえか。
いやそんな事を言ってる場合じゃない。
この展開、マジか?
いいのか、マジで?
信じられなかった。
頭の中でぐるぐる考えている間にあっという間に目的地に到着する。
そこは隠れ家と言ってもいいような個室がある料理店だった。
芸能人だから当たり前か。
そう思いながらきょろきょろと周りを物珍しく見ていたら
すぐに人目のつかない個室に案内された。
「……」
「……」
「あの…今日はどなたのだったのですか?」
「……え?」
「あの、お墓参り」
歩いたりタクシーに乗っている時から感じていた事だが
この人は自分から誘った割にはあまり積極的に話をするタイプではないようだ。
「んーとね、 コイビトだった人」
「……え?」
「あ、違う、コイビトになる前に亡くなっちゃったんだった」
恋人?
亡くなった?
その無邪気に笑うその人と、思っていた以上にハードな内容とのギャップに
何も言えず頭の中が真っ白になった。