ゆっくりとした時間が流れる。
それは今まで味わったことのない、とても心地よい時間。
その人は、あのダンスを踊っていた人とは本当は別人ではないのかと
そう疑ってしまいたくなる位、のんびりしていて
こんなんでよくあんな速い動きのダンスが踊れるものだと感心さえしてしまう。
そしてずっと逢いたいと願っていたこの人と、
テレビでしかもう見る事はないだろうと諦めていたこの人と、
今、こうして一緒にいてご飯を食べている事を凄く不思議に思う。
その食べる動作一つ一つを見ても、箸使いや手の運び方といい
どこか上品で普通の人とはやっぱり違うと
つい見とれていると智は、なあに?という顔で真っ直ぐな目で見た。
その顔が本当に綺麗で、そしてその真っ直ぐな視線に
気恥かしくなってつい何でもない、と言って目をそらす。
自分の顔が紅潮したのを感じて、とても顔を真正面から見る事ができなかった。
あの後、お墓参りの話は聞いてはいけない事を聞いてしまったのでは
思い出したくない話を思い出させてしまったのでは
と頭の中が真っ白になったけど、
本人はあまり気にしていないようで気にしないで、と笑った。
ならば、と本当はもっと深くも聞いてみたかったけど
知り合ったばかりで不躾な気がしてそれもできずにいた。
ただ。
墓石に書かれてたのは男の名前だったな、と
ぼんやり思っていた。
そして、そう言えば自己紹介してなかったね、と言いながら
お互いの名前を言いあったりした。
もっとも名前なんて既に知りすぎる位知ってたけど
そんな事を言うのも何だか照れくさくて初めて聞いたような顔をして聞いた。
そして大野さんって話しかけたら智でいいよって可愛らしい顔で言ったから
その顔は反則だろうと思いながらも、じゃあ俺のことは翔って呼んで、と
言うと智はなぜか翔くんと呼んだのでこちらも智くんと呼ぶ事にした。
智はあまり芸能人ぽくない人だなと思う。
いや、芸能人のことはよく分からないけど、
でも自分が思っていた芸能人像とはかなりかけ離れている気がする。
無邪気で自然体。
そして気取った所がない。
不思議な存在。
最初に智を見た時から気になる存在ではあったけど
自分の中でますます智への思いが強くなっていく事を感じていた。
「大ちゃん〜いたぁ」
静かで、ゆっくりとした時間を二人で過ごしていたら
急に周りがざわつき始める。
そして突然自分たちのいる個室の扉が開いたと思ったら
一人の男性が智に近づき後ろから抱きついた。
うわっこの人、智に抱きついてるっ
「あれぇ、どうしたの?」
何事? と思いながらドキドキしていると
智は特に抱きつかれても気にする風でもなく
普通に抱きつかれたまま会話していた。
「さっき仕事終わってさ、ここに来たら店員さんに
おおちゃん来てるよって言われたから逢いに来ちゃったぁ」
そう言ってその男は嬉しそうに横から顔を出すと
智のほっぺにブチュ〜とキスをした。
うわぁ抱きついたと思ったら今度はこの人ちゅーしてるっ。
目の前で繰り広げられる出来事に呆然と見つめる。
「ほらほら、あいばちゃん。翔くんがびっくりしちゃってるから」
智はこちらに気遣いながら、その顔を引き離そうとしている。
って、あいば?
たしかこの人、智と同じ事務所のあいば まさきっていう人だ。
仲がいいってどこかに書いてあったのを見た気がする。
っていうか、仲がいいからって、抱きついたりチューしたりは普通にある事なのか?
そんな事を思っていたら
「ん? あれいたの? この方どなた?」
相葉っていう人がびっくりした顔でそう言った。
いや、さっきから目の前にずっといましたけど。
そう思いながらも、まさか気付いていなかったとは。
天然と書いてあったのを読んだ事があるけど、どれだけ天然さんなんだと思った。
「櫻井さんと言って、さっきそこで意気投合して一緒にご飯食べてたの。ね?」
「ああ、そうなんです」
智はそう言って、可愛らしい顔でこちらを見たのでそうだと返事をする。
「ふーんそうなんだ。おれ、あいば まさき。よろしくね」
相葉さんは、そう言ってアイドルスマイルを向け自己紹介をしてくれた。
結構イイヤツかも、と思った。
「でもおおちゃん。そこでって、またなの〜?」
って、今、またって言った?
その言葉に自分が少し特別な存在なのかと思っていたから
少し残念な気持ちになる。
「まあそんな事はいいじゃん。それより一緒の人待ってるんでしょ?もう行ったほうがいいんじゃない?」
「やっべそうだった。じゃあおおちゃんまたね、櫻井さんもまたね」
そうまた相葉さんはアイドルスマイルを浮かべ嵐のごとく去っていった。
「……」
「……」
でも、またってどういう事だろう?
しかもよくあるって?
それに、相葉っていう人とは一体どういう関係なんだろう?
抱きついたり頬とは言えチューしたり。
まさか付き合ってる訳じゃないよね?
「翔くんむずかしい顔してる」
そんな事を考えていたら智が不思議そうな顔で聞いてきた。
「あ、ごめん。何でもない。ちょっと、びっくりしただけ」
「そうだよねぇ、ごめんね何だか慌ただしくしちゃって。
それよりそろそろ帰る? ハンカチは今度でいい?」
「ああ、もちろん」
智が申し訳なさそうな顔でそう言った。
もう帰らなくてはいけないのかと一抹の寂しさを覚えると同時に
今度、との言葉にまた逢えるのだと思ったら嬉しかった。
そして帰る支度をし個室から出ようとした、その時。
突然、智が腕を掴んだ。
何だろうと、ん? と振り向いた、瞬間。
突然、唇にキスされた。