
きのう - おとといは、わが町の阿波おどり。ことしが35回目で、地元から15連、全国から24連が参加した。








節電上 例年より早目な開始16:30終了19:20とし、照明も街灯のみで行った。
出掛けてみると自粛ばやりを吹っ切るかのような人出は、いつもより多い印象だった。テレビで識ったB級グルメの「甲府鳥もつ煮」が目についたので求めたらうまかった。ビールのツマミに最適だった。
ことし気がついたのは、皆んな飾り印籠を下げていることだった。長く垂らすのが阿波の流儀だろうか・・・。

ご機嫌に踊りを見て、暗くらなぬよう早目に引き上げた。もちろん、本祭も東日本大震災支援を応援している。
幼いころは、初盆の家で盆踊りしたもので、帰りにお菓子等をもらえるのがたのしみだった。人気の盆踊りを誘致し、見せる盆踊りを展開しているのは、善くも悪くも今風の流行か。
帰り道にある幼稚園では、キャンプファイヤーをしていた。
[ ②につづく ]











出掛けてみると自粛ばやりを吹っ切るかのような人出は、いつもより多い印象だった。テレビで識ったB級グルメの「甲府鳥もつ煮」が目についたので求めたらうまかった。ビールのツマミに最適だった。
ことし気がついたのは、皆んな飾り印籠を下げていることだった。長く垂らすのが阿波の流儀だろうか・・・。

ご機嫌に踊りを見て、暗くらなぬよう早目に引き上げた。もちろん、本祭も東日本大震災支援を応援している。
幼いころは、初盆の家で盆踊りしたもので、帰りにお菓子等をもらえるのがたのしみだった。人気の盆踊りを誘致し、見せる盆踊りを展開しているのは、善くも悪くも今風の流行か。
帰り道にある幼稚園では、キャンプファイヤーをしていた。




残念ながら、私は本場の阿波おどりを見に行ったことはありません。女房は行きましたが。
以前、高円寺へは行きました。ここも盛大ですね。
ただ今は新しく阿波踊りを始めているので
目立たなくなったらしい。。。
今年も8月12日~8月15日の熱い4日間です。
よしこののリズムに合わせてエライヤッチャ
エライヤッチャです。以前はヤッコ踊り、写楽踊り、ポッポ踊り等のユニークな踊りがありました。都内でも8月末の高円寺は有名ですが、成増あたりでも行われています。
“踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々”。
お囃子といい、踊り子の足の運びといい、阿波踊りは軽快でいいですね。
アゲハ蝶の名前を教えていただきありがとうございました。
正にクロアゲハですね。
胸のつかえが取れてすっとしました。
阿波踊りを神奈川でも開催されるのですね。
東京でもどこかで聞いたような?!
見てみたいです♪
写真がいっぱいあって、臨場感がありますね。
ずいぶん以前に本場徳島で見ました。
やはり規模が違いました。
でも、我が町、地元のお祭りが一番です!
大和の方がうらやましいです。
はじめて家にきたテレビには、においがありました。
あの感触は、いまは昔のできごとでした。
本場の阿波おどりといえば、徳島出張時の9月に「裸の大将」のテレビ・ロケをしていて
観ました。祭の雰囲気を出すために相当数の連がリズミカルに踊ってました。
(タミリン) さん へ
>人って他人のどこを見ているんだろう?
切り口を変えて考えるに、某は自分を嫌っているとか好かれている、或いはこんな風に思って
いると感じることがありますが、これは勘違いで総て自身の鏡を見ているのだそうです。
物いわぬ相手の発する感情は、自身が思っていることが反映されるので、あたかも鏡に映った
自分を見ているのです。
阿波おどりは、徳島出身者が古里を偲んで踊りはじめたのでしょうか。
(鷲谷芝嵐) さん へ
メダカを「目高」と書くのでしたか。
学校で習いませんでした。
>屋内でもあわおどりが盛んなのかな~?
鷲谷芝嵐さん、わしゃシラン。
(ハイジ) さん へ
有名な高円寺の阿波おどりは、ことしで55回目だそうです。
はじめは、徳島出身者が古里を懐かしんではじめたのでしょうね。
踊り方も、いろいろあるようですね。
(らいちゃん) へ
阿波おどりが終ったのに、此方では蝉はまだ鳴いていません。
蝉は殻を抜けて一週間ほどの命ですが、蝉の声の印象から、
「夏草や 蝉どもが 夢の跡」ほどにも感じられます。
あまりにうるさいようでしたら、
「閑かさや 岩の染みにと 蝉の声」
と、無慈悲な仕打ちをするのもブラックユーモアになります。
(イヴォンヌ) さん へ
神話がバリバリありそうなバリですね。(^^ゞ
行ってみたいiina~。
いろいろなところに観光しているのですね。
(もなみ) さん へ
阿波踊りは、うちわを効果的に使いますね。
幼児を負ぶって踊っているおじさんがいましたが、恐がらずにしがみついて可愛かったです。
やはり、本場の徳島はリズム感がちがうなと思いましたが、サンバか何かのようで日本的で
ないリズム感でした。
有名な盆踊りをもたぬ地域では、国柄が薄くなりました。
豊臣秀吉時代の阿波守・蜂須賀家政が築城祝いに好きに踊れとお触れを出したのが起源だと書いてました。
「東京高円寺阿波おどり」は、高円寺の商店街の青年部が町おこしとして始めたものである。
当初は隣町の阿佐ヶ谷七夕祭りに対抗して夏のイベント用に阿波踊りに似た踊りで開始され、
やがて都内在住の徳島県出身者から指導を受ける形で発展した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E6%B3%A2%E8%B8%8A%E3%82%8A