人材採用・教育パートナーとして関わっていくプロセスで自分がどうすべきか?迷った時の判断のモノサシ。
それは
仕事の依頼者である企業のトップが描く「あるべき会社(組織)像」。
こんな会社にしたい こんな組織を作りたい こんなメンバーと一緒に働きたい
という熱い想い。たとえば、同族色の強い会社の社長が口にした「○○(個人)商店ではなく、普通の会社にしたい」という想い。「パートナー」とは、その想いに共鳴し、実現までサポートする存在。
よって、
迷った時の判断のモノサシは、パートナー契約を結ぶ際共鳴した「社長の想い」
これが原点
厳密に言えば、自分の行動や発言の全てが社長のいう「普通の会社にする」ことにつながらなければおかしい。
あくまでも私の存在は「社長の想い実現」のサポートなのだ。ここがブレては話にならない。
パートナーとして継続的に会社に出入りしていると、特に社員と社長間のコミュニケーションに断絶が生じている場合、「中村さんは『社長側』の人間だから・・・(何か言ったらチクられる。いらんこと言ったら飛ばされる。)」類のことを直接、あるいは間接的に耳にすることがある。
社長との契約で仕事をしているのは事実。でも私は社長の腰巾着ではない。もっと言えば腰巾着=いえすまんでは私の仕事は成り立たない。
なぜなら、私の仕事は社長の機嫌をとることではなく、想いの実現をサポートすることだから。
時には、社長自身に態度や考えを改めるよう強く迫ることもある。
なぜなら、私の仕事は「社長だから何をしても(言っても)しゃぁない」ではなく想いの実現をサポートすることだから。
たとえ社長であったとしても、その言動が「判断のモノサシ」に照らし合わせてならなのだ。その姿勢はくずしてはいけない。これがなくなると、社員の人たちの信用が失墜し本音での関わりが持てなくなる。
もう一つありがちなのが、社員の人達と仲良くなりすぎ、社員の人たちの目線でコトの良し悪しを判断してしまう場合。プロジェクト活動を共にしていると、それぞれの立場や状況がよく理解できる。また、話をしたりご飯を食べたり時には一緒にお酒を飲んだりする機会も増える。そうすると、相手の立場がわかりすぎて、本来厳しく接すべき時にできなかったり、ついつい同調して言い訳を受け入れてしまったりすることがある。そのことが、結果として社員の人たちの逃げ道をつくり根本的な問題解決を妨げる。
社員の人たちに対しても「判断のモノサシ」に照らし合わせて いいことは あかんことは
自分の立ち位置をしっかりしておかないと、成果が得られないだけでなく、大切なお客様やその社員の人たちにも迷惑をかけてしまう・・・。
責任重大だ