チェロ弾きの哲学ノート

徒然に日々想い浮かんだ断片を書きます。

ブックハンター「楽しく学ぶ民族学」

2012-10-23 09:27:34 | 独学

14. 楽しく学ぶ民族学 (藤木高嶺著 1983年発行)

 『地図と申しあげましたが、なかなか手に入らない地域が多い。一昨年、中国のいちばん西端のパミール高原の遊牧民の住む村へ行ったのですが、あの地域になると絶対にわれわれの手に入りません。

 ついていた中国の連絡官が航空写真を持っているので、見せてくれと言うと、ちらっと見せたらすぐ伏せてしまう。写真に撮るからと言うと、とんでもない、こんな所は地図の空白地域で国の機密に属するから絶対にだめだ言う。

 二、三日して、私がカラーの全紙の写真数枚をみていたら、彼がのぞきに来ました。これはNASAに注文した人工衛星から撮った写真です。NASAに注文しますと、お金さえ払えば世界中どこの写真でも分けてくれます。

 日本の窓口になる事務所は東京にあります。そこへ行って分類の本で番号を言って注文すれば送ってきます。赤外カラーで撮っていますが、全紙ですと非常に高いので白黒で十分です。

 私たちは、パミールの地域のできるだけ詳しいのを全紙で八枚ぐらいつないで地図がわりに持っていったのです。真上から撮ったものですから、飛行機から斜めに撮ったものとは比べものにならないくらい正確です。

 中国の連絡官は、どうして手に入れたのかとえらいけんまくで、びっくりしてました。余談になりますが、関野吉晴君は、衛星考古学というのを言い出しています。

 衛星の地図を基にインカの遺跡を探してやろうと、アマゾン源流地域の衛星写真を取り寄せて丹念に拡大して調べ、三年目にアマゾンの源流地域にすごい遺跡を発見しました。インカはアマゾンまで進出してないという今までの学説をくつがえすような発見をしたわけです。』


 『仲良くなっていく上でまず大切なのは言葉です。行く前に辞書とか会話の本が手に入るような地域に行くのは楽ですが、たいがいの場合は、フィールドワークは単語の採集からはじまります。

 だから近づくまでに、たとえば片言の英語などのできる者が案内する場合が多いのですが、そういう人がいる間に、「これは何か」「名前は、年齢は」というような簡単なものの聞き方の会話を、十くらい覚えておくことです。

 あいさつとかお礼の言葉とか。あとは現地に入って自分でやります。徹底的に、「これは何か。何に使うのか」。たとえば体に関しては、目から鼻、口など全部を指して、何とよぶか聞いて採取して単語帳をつくる。

 ローマ字でも片仮名でも良い。単語をどんどん採集していくのですが、適当に分類しないとややこしくなります。あいさつの言葉のページとか、身体に関すること、食物に関すること、衣服に関することとかを、それぞれ二、三日に一度くらい分類していきます。

 そういうことから始めていけば、必要に迫られる会話はわりと早く上達するものです。これは私の体験ですけど。』


 『フィリピンの南西の端、ボルネオにいちばん近いところに、細長い形をしたパラワン島があります。島の面積は、日本の四国の三分の二くらいです。パラワン島の南部の山地にコノイ族という、フンドシ一つのハダカでジャングルを走りまわり、木から木へとトウにぶらさがって空中をとぶ少数民族がいるといわれていました。

 「コノイ」というのは「世の中から隔絶さらた人々」という意味です。もともとパラワン島の先住民族です。

 村の存在がわかったのは、いきなりジャングルがひらけて、畑があり、イモがたくさん植えてあったからです。ああ、ここはコノイ族が住んでいる居住地だな、とわかったのです。

 私たちは下ばかり見ていたので気がつかなかったのですが、1人の隊員が「ああ」と叫びました。指さす方向を見上げると、なんと木の上に、鳥の巣のような小屋が乗っかっているのです。

 高さは地上から床下までが、約八メートルもあります。かなり高いですね。これがめざすコノイ族の住み家だと感激しました。

 焼畑では、キャッサバ、サツマイモ、タロイモ、トウモロコシ、バナナなどを作ります。陸稲もわずかに作っています。タバコもあります。スワ(夏みかん)、サトウキビ、カボチャ、ヒョウタン、ササゲ、トウガラシ、ワケギなども作っています。

 ここは動物性タンパク質も豊富なのです。主な動物をあげますと、ヒゲイノシシ、ビンツロング(クマネコ)、ハクビシン、マングース、テン、スカンク、アナグマ、カワウソ、カニクイザル、センザンコウ、オオトカゲ、ネズミ、リス、モモンガ、オオコウモリなどです。
 
 食料にならないもので、ヘビ、ムカデ、サソリ、ヤスデなどがいます。鳥類の種類も多くて、タカ、ワシ、オオム、キツツキ、ハチドリ、ムクドリ、ハト、カラス、キクイダタキなどです。

 ほとんどの動物が山の人の食料になるのですが、特に好んで食べるのはヒゲイノシシ、センザンコウ、サル、モモンガ、リス、ネズミ、ハト、オオコウモリです。

 コウモリなんか食べられないと思われるでしょう。日本のは食虫性ですが、ここのオオコウモリは果実、つまり植物を食べています。草食動物に匹敵するオオコウモリだからおいしいのでしょうか。

 私も食べてみましたが、燻製にしたものなんか、鶏肉の燻製かと思ったくらいおいしい味でした。第一、日本にいるコウモリは、小さくて骨ばかりで食べるところがありません。オオコウモリは足の付け根のところに肉がかたまっていて、なかなかおいしいのです。

 狩猟法としては、吹き矢、ヤリ、ワナがあります。ワナがいちばん多いのは、わざわざ狩猟に出かけなくても、ワナにかかってくれる動物だけで十分だからです。ジャングルの中はワナがこわくて勝手には歩けません。

 けもの道に、細い竹ひごが張ってあって、足を引っかけると、満月のように引き絞った弓から矢が放たれて飛んでくるワナは危険です。ヒゲイノシシなどは、このワナでとります。矢に毒が塗ってあって、その場では死なないが、ずっと追っていくとどこか先で倒れているといったぐあいです。


 さて、コノイ族はなぜ鳥の巣のような樹上家屋に住むのでしょうか。私自身が樹上家屋に住んでみた経験から、その利点と思われるものを考えてみました。

 雨の多い湿地帯ですから、高いところほどよく乾燥しています。ということは衛生的で、害虫も防げるわけです。このあたりはイブス(アブラムシ)が無数にいます。

 低い家で寝ていて、あくびなんかすると、口に入ってくるし、ご飯を炊いても、イブスが入ってないものなどめったにできないほどです。ちょっとしたすき間でもツルッと入ってくるので、気持ち悪いなんて言っていたら、生きていけません。

 しかし、乾燥しているところには、イブスのほとんどいないのです。もう一つ、樹上家屋は高いから、太陽光線を浴びるのに適しています。ジャングル地帯ですから、低いところでは、ほとんど太陽光線が届きません。だから樹上家屋は健康上にもいいのではないかと思いました。

 さらにもう一つ。湿地帯だから柱はくさりやすいのですが、生木なら大丈夫で、その心配がいりません。建てるのに簡単で、安定性も強いのです。このようなわけで、樹上家屋はここの環境に適したすばらしい住居だと思いました。』(第15回)