犬神スケキヨ~さざれ石

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古事記を摘んで日本を知る!その10

2015-06-06 20:00:37 | 古事記
古事記です。

その10となりました。

えらいことになってきましたね…
何回やるんでしょうか。

恐らく全てをやると100は行ってしまいます。

そんなに出来るかい!

突然に

須佐之男命(すさのおのみこと)の話しです。

須佐之男命の話しなんですが、有名な八岐大蛇ヤマタノオロチの話しに向かうまでに唐突に入る話しがあります。

須佐之男命が地上に降りる途中の話しです。

須佐之男命が地上に降りる途中に大気都比売神(おおげつひめのかみ)大宜都比売神この様にも書くようですけど。

それで須佐之男命はこの大気都比売神に神々に供える供物食物を求めます。

すると大気都比売神は口や鼻、尻から美味しそうなものを取り出します。
神様は凄いんです、口とか鼻とか更に尻からも美味しい物が出て来るんです。

伊邪那美命が病床に伏せた時も涙やヨダレや糞尿からも神々が誕生しましたね。
神様はそういうものなんですね。
神様から出て来るものは全て神聖な物なんです。

そして大気都比売神は自ら出した美味しい物を調理して須佐之男命に出しました。

すると須佐之男命は「お前は何出しとんじゃ!」と大気都比売神をバッさり斬り殺してしまいます。
ハイ!これを読んでくださっている方はわかりますね?法則発動です。
やはり神様は外傷には弱い法則です。

この大気都比売神という神様は穀物の神様です。しかし、バッさり斬り殺された大気都比売神の身体から色々な種がなります。

頭からは蚕、二つの目からは稲、耳からは粟、鼻から小豆。陰部から麦、尻からは大豆。
尻から大豆てのはいいですね。
味噌は大豆から出来ますから「味噌糞一緒」みたいな子供がアホみたいに喜びそうです。
大衆の期待を裏切りませんね。

これらを拾いあつめたのが、別天神(ことあまつかみ)の一柱である神産巣日神(かむむすひのかみ)です。後にこの神産巣日神が五穀を地上に授けます。

五穀、米も稗も粟もです。この様に五穀は神代の時代に作られて、神の手によって地上世界に持ち込まれたものであるという様に考えられます。
神からの授かり物ですから有り難い。
だから五穀豊饒を神にお願いし、収穫が終われば五穀豊饒を神に感謝します。
新嘗祭とはこういう事ではありませんかね?
それを勤労感謝の日とか訳のわからん休みにしてる訳ですよ!
勤労感謝の日とか何に感謝するんですか?
新嘗祭ですよ!新嘗祭!バカか!

箸を流すのです

須佐之男命は高天原を追放されて地上世界に降りてきます。
そして出雲国に降りてきます。

斐伊川という川の上流、鳥髪(とりかみ)という所に降ります。

お腹がすいてます。何せ大気都比売神を斬り殺しましたから、御飯を食べそびれていますからね。

すると上流から箸が流れて来る。
「お!これは上に人が住んでいるんだな」となります。
これを読むと「そういう物語なんだな…」とか「そんな良いタイミングで箸なんか流れるかい!」とか「だいたい誰が箸流すねん!」とか、まぁ意地悪に考えますね。
それは間違いですよ!

これは流れて来るんです!
箸は流すものだったのですよ!

これこそが日本人の文化なんです。
それは穢れの文化なんです。

他人が使った箸は使わない。そうでしょ?皆さんの家でもそうでしょ?
例えば、あなたやお父さんやお母さん、子供達とそれぞれ自分専用の箸を持っていますね?

外食では割り箸ですね。

まぁ、最近はエコだ何だで割り箸が少なくなりましたが…アレはいけません。
日本人の文化には合わないのですよ。

だいたい日本の割り箸と言うの林業と関わり、間伐材で割り箸を作っていたんです。
間伐材てのは森を手入れして木を育てる為に間引いた木を使って作るんです。
だから環境負荷どころか無駄を無くす日本の精神です。

とにかく日本には他人の箸は使わない。そういう文化があるのですよ
例えば茶碗だって自分専用とか、湯呑みだって自分専用なんてありますよね。

しかし、小皿とか小鉢とかにはあまり専用なんてないですね。

これは古来、日本には唾液にはその人の気が入り込んでいると考えていたからです。
天照大神と須佐之男命の誓約の場面でもありましたね。お互いに勾玉や刀をガジガジと噛んでプハ~と吐く。
すると神々が誕生しましたね。
霧がモクモク~と表れ中から神々が誕生。
この霧は唾液です。唾なんですね。

だから他人の気が入っている物は勝手に使わない、という文化なんです。

本能的

口付けとか接吻とか、チューとかキスとか。
世の東西問わずありますね。
世界中あります。

そのチューとかキスとか他に代わりのものはありません。
親指と親指合わせても同じ感じしますか?
足の裏と足の裏とか?ありませんね?

チューをすると相手の事がわかるようです。

医学的にはキスをする事で相手の健康状態とか波長が合うとか合わないとか無意識の内に感じるのだそうです。

だから食べ物に唾を付けて「これは自分のだ」とかありますね。
人の唾がついた物は食べない。

それは唾によって他人の気が入ってしまうからなんですね。

例えば最近はどうなんでしょうか、昔は形見として茶碗や箸を遺したりしましたよね。
これは故人の気が入っているからという意味がある訳ですね。

箸の文化

アジアは箸を使う文化ですね。

日本は勿論ですが、支那、朝鮮、ベトナム。
どこが発祥の地なんでしょうか?

まぁ、一般的には支那が先とかてのが一応定説になってます。
日本が先だと言う学説もあります。

しかし、歴史的背景や文化的背景から考えれば日本が先ではないかと考えます。

それは、箸の文化の発達発展度合いを見れば解ります。

いわゆる中華料理と言うのは箸とスプーン、中華料理ですからレンゲというヤツですかね。
とにかく箸とスプーンで食べます。
スプーンがないと食べられない料理が沢山あります。

ところが日本料理は箸だけで食べます。
ま、茶碗蒸しなんてのはありますが、基本的には箸だけで食べます。
因みに自分は茶碗蒸しでも箸だけで食べます。

明らかに箸文化の発達は日本です。
これは料理の発達発展にも関わるものですね。
日本はもう変える必要がない料理。突き詰めて突き詰めてこれ以上ないと言うほどに掘り下げて出来た料理です。
箸文化の発達もそうなんです。

ですからこれは最古の歴史を持つ事から考えても日本だな!と考える方が自然ですね。

流すのですよ!

例えば茶の湯では、お客様をもてなす折には新しい箸を削り出します。

新しい箸でもてなす。お客様は気持ちいいですね。自分に置き換え自分が客ならわざわざ新しい箸を用意してくれているのは結構な事です。
しかも主人がわざわざ削り出してくれている訳ですからVIP扱いです。

しかし、古代では客が帰ればその箸を川にながします。ゴミ溜め等に安易に捨てるとそこに使った人の気が溜まります。
気が残ってしまうかもしれません。

精霊流しと似た感じですかね。川に流す事で気をそこに留まらせない。そして川に流すと別の世界、或いははあの世へ行くと、だから客の箸は川に流します。

古い時代には箸を川に流す文化があったという事です。

これが古事記に書いてあるのですから、古事記は現存する最古の文書ですから箸を流す文化を始めて記述したという事になります。
これは日本の文化的体系を始めて世に出したとも言えます。
何せ古事記以前の文書は現存していませんからね。

そして何より重要なのは古事記に出てくるものは日本の文化体系の起源であると言う事です。

今回「箸」が始めて出て来ました。
箸文化の起源であるとなります。

古事記に出て来るものは全て日本の始めての記述になります。

従って古事記とは日本文化の起源です。


次回へ続く…

戦後を見て事を知り考えろ!2

2015-06-03 20:41:39 | 草莽崛起
今回も戦後日本からこの先を考えてみたいと思います。

あ!古事記シリーズはまだ続きますんで、其方の方もアップしたらよろしくお願いします。


前回は安倍首相米議会演説から考えてみました。

今回は別のアプローチで考えてみたいと思います。
毎回申してますが、あくまで問題提起です。
これを読んで頂く皆さんが御自身で調べ考えるキッカケになれば幸いです。

ここに書くことが全てでもなく、様々な意見があります。
末節も含め「事実」を調べて是非「真実」にたどり着いて頂きたいと思います。

後の始まり

「~の後」とか「~後」 、何とかの後とはどれぐらいの期間を言うのでしょうか?

せいぜい十年ぐらいのものではないでしょうか?

日本も戦後の経済白書に「最早、戦後ではない」と記述されたのは昭和30年です。
戦後10年です。

日本の岸総理、安倍晋三首相の祖父ですね。
昭和32年、米国議会で演説をしました。
この時の内容は「日本とアメリカの自由と民主主義の一致」を謳い上げるものでした。
これは一つの戦後と言う時代区分の終わりではないでしょうか。

しかし、戦後区分は終了しても敗戦後に作られた戦後体制は敗戦後70年経った今も続いています。

この戦後体制は法的な構造は言うに及ばず、我々国民の教育に浸透し、それは心理的にも浸透しています。
右や左に関係なくこれは認識出来るでしょう。

つまりこの国の戦争が終わり更に戦後も終わっているのに、「戦後構造」と「戦後心理」だけは固定されたまま70年存続しています。

国家と言うのは激しく目まぐるしく変化する国際情勢の中で危機を克服し生起しなければ存立を確保できません。

しかし日本と言う国は「戦後構造」「戦後心理」と言う戦後体制のまま生きています。
これは未だ戦後の中で生きているのです。

安倍政権も「戦後レジームからの脱却」を掲げています。しかし、未だ戦後なのです。
先の安倍首相による米議会演説はこの戦後からの脱却への挑戦であり、その宣言であったと見ることが出来ます。

戦後と戦前の区分はどこでしょうか?
昭和20年8月15日ポツダム宣言受諾、同年9月2日我が国の連合国に対する無条件降伏。
日本の「国家統治」の権限は連合国側の制限の下に置かれました。
帝国陸海軍は武装解除されました。
GHQ(連合国最高司令官総司令部)により7年間、占領統治されました。
これが戦後の始まりと言うのが常識です。

この占領統治の目的は日本を二度と再び連合国の脅威にしない弱い国に改造する事です。

これは何も憶測や推測で言っているのではありません。「日本を永久に武装解除した国にしておくこと」だと日本国憲法起草者であるチャールズ・ケーティス大佐と言う連合国側の人間が後に証言しています。

実際に言論統制の検閲実施、そして国際法違反である悪の「日本国憲法」起草。
ありもしない事後法で所謂A級戦犯7名を絞首刑にした東京裁判を始めとする戦犯裁判で旧日本軍人を次々と処刑しました。

そしてこの処刑した人々が軍国主義の基、武力で世界を制覇するという野望を抱き、その野望に日本国民を不当に巻き込み邪悪な戦争に駆り立てた、と日本国民に刷り込んだ。

これが法的にも教育としても作られた「戦後構造」と「戦後心理」であると考えます。
そしてこれが「戦後体制」だと思います。



我々は戦後教育、正確には敗戦後教育を受けたものは今年小学校に入学した子供も70歳の年寄りも同じ教育を受けています。

未だに敗戦後の徹底的な刷り込みは続いています。

何故、こう書くかと言えば我々、いやこのブログを読んで頂く方々には其れ等の敗戦後教育が「嘘」であると知っているからです。

この国は古事記や日本書紀に書かれてある様に天皇陛下の統治の下にオリジナルの民主主義を持つ国である。そして先の大戦はそのオリジナルの民主主義の基に自存自衛の戦いであると知っているからです。

国民心理に深く浸透した戦後体制はその中心に「日本国憲法」があります。
そしてその中心を支えているのが日本は悪だ!とし自虐的な歴史観を植え付けている「東京裁判」です。
これを正しい歴史観として受け入れている事です。

GHQが行なった検閲項目を見れば占領統治目的が明白です。

1、GHQに対する批判。
2、東京裁判への批判。
3、日本国憲法起草。

そしてよくよく見ると奇妙な項目があり、直前まで日本国民であった「朝鮮人への批判」も検閲項目に入っていました。

この意味が解らず、ある日詳しい方に聞いたところ、その方の見方は「欧米諸国が戦前アジアやアフリカの植民地で行なった分割統治の手法を日本でも用いようとした事を示すもんだ」と仰りました。
つまりGHQは少数の朝鮮人に特権を与えて日本人を支配させようとした証拠だと言う事です。これにはさすがにビックリしました。

自分が勉強不足であったと反省すると同時に戦後のドサクサでの朝鮮人の蛮行、更に準戦勝国を主張し「第三国民」を名乗り出した経緯がここにあるのではないか?と思いました。

この事実を見るに、そう考えるのは自然であり一番矛盾しない答えではないか?と考えます。

そして我々日本国民はこの「戦後体制」の中で教育を受け言論をし、政治を行なってきまた。我々日本国民はこの中で生きている。
それを深く考えれば戦後体制は何かを実感出来ると思います。

戦後体制

戦後体制とは、義務教育の中で更にはその先の教育に於いて「嘘」を教える体制です!

我々は教育の中で日本は悪だと教え、先の大戦は悪だから負けたと教える。
国の理念であるはずの日本国憲法ですら中身はアメリカ人が作った物であるのに、日本人が書いたと教える。
その目的は「日本を悪者にし永久に戦争の出来ない戦勝国の脅威」と成らぬ様にする為であるのに平和憲法だと嘘を刷り込む。
そして日本は国家理念など持ってはいけないと教え込む。

そんな嘘を刷り込み、嘘を教え、嘘の中で生きる国家に未来を描くことが出来るでしょうか?

日本は悪だ、悪い国だ!その様な嘘を教える体制です。

何故、嘘を教えるのか?何故、日本は悪だと教えるのか?
簡単な話しです。
日本は良い国だからです。
紛れもなく世界でも数少ない"良い国"です。

そしてこの嘘は日本の隅々にまで蔓延し、政治
機構、官僚機構、言論にまで及びます。

航空幕僚長が「我が国は良い国だ」と言う論文を書いたら危険人物だとクビにする。
国防のトップをクビにしてしまう程の蔓延です。
義務教育から統治機構に至るまで自国を良い国だと言えないのです。
そんな国家に未来はあるのか?甚だ疑問です。

朝鮮半島では日本国旗を燃やし、畏れ多くも我が国民の拠り所である天皇陛下を愚弄し、写真を燃やし、日本国旗の上に犬の生首を並べ、国鳥である雉を殺し口汚く罵ることは放任する。
それに日本人が反論すればヘイトだ差別だと非難する。

我が国を国防と言う崇高なる使命感の下「防人」として命を懸けている組織を一民間人から総理大臣まで軍隊と呼べず自衛隊と呼ぶ。
これで国防が可能なのでしょうか?

それをよく熟知し、覇権主義丸出しの野心向き出しの隣国はヨダレを垂らして見ています。

日本の喫緊の課題は戦後体制からの脱却です。
これが出来なければ、いくら安保法制をしようと国は守れず、教育も民度も低い隣国に占領され日本国民は滅ぶのです。

毎回申してますが、例えばウイグルやチベット、更に内モンゴルを見れば賢い日本国民ならば理解出来る筈です。

更に遡れば、戦前のアフリカ、中東、アジアを見れば解ります。
その悪の影響は未だに解決出来ず、中東やアフリカでは内戦に次ぐ内戦、宗教間の争いが絶えません。

我々は敗戦で、占領統治下で奪われた本来の日本を取返す事が出来なければ滅ぶのです。
祖国を取り戻さねばなりません。

しかし、我々は占領を経験しながらもチベットやウイグルや内モンゴルや戦前の欧米植民地支配の様にはなっていません。

それはこの国の地層の下には固い岩盤があるからです。
その岩盤とは、太古から続くこの国の根幹、天皇陛下を戴く日本、不変の日本の価値観が現在も知らず知らずに受け継がれているからです。

それは戦後体制と言う分厚い地層に埋もれてはいるが、その地層の下で我々の住む日本を支えているからです。

埋もれた日本の価値観と本来の目的、日本のオリジナルの民主主義を掘り起こす。

その手段の一つがこのブログでシリーズとして触れている古事記です。
13歳ぐらいまでに神話民話に触れなければ100年もすれば、国は滅びの道を辿り、300年も経つと民族は滅亡すると言う話しがあります。

敗戦後70年、我々には余り時間がありません。

僭越ではありますが、微力ながらその滅びを避ける一助になればと考えています。

まだ世界に「国家」と言う概念がない太古から我が祖国には国家がありました。
現存する最古の歴史と文化を持つ日本。

それを、取り戻す事こそが混沌とする世界の秩序を正し、それを維持し真の価値と平和をもたらすことが出来るのです。


戦後を見て事を知り考えろ!

2015-06-01 21:38:36 | 草莽崛起
今回はまた古事記からは一旦外れます。

今回は戦後70年目を考え様と思います。

敗戦後70年目、半年が経ちました。
此処までの半年を踏まえて我が国やそれを取り巻く環境などを考えたいと思います。

米議会演説

4月29日上下両院合同会議にて我が国総理大臣安倍晋三氏は演説をした事は皆さん記憶に新しいですね。

結果から話すなら「大成功」と呼ぶべきものになりました。

硫黄島での戦いを話し、その生き残りであるローレンス・スノーデン元米海兵隊中将と日本側守備隊司令官で我が敬愛なる栗林忠道中将の直系の孫である新藤義孝議員との「和解」の握手は見ていて新しい時代の到来を感じずにはいられませんでしたね。

そして五月初旬に慰労を兼ねて金美齢さんが安倍総理を招きパーティをしたそうです。
そこで安倍総理はこんな事を話されたそうです。

「本会議は日本の会議と随分違いましたね。日本では与党議員しか拍手しない。野党議員はバカヤローと野次るばかり。アメリカの議会ではほぼ全員が拍手してくれた」
日本とは随分違いますね…

そしてこう続く。

「行きの機内で祖父の米議会演説の映像を見たのですが、当時は西側重要国の一つでもなく、随分雰囲気は違ってたんじゃないかな。祖父は日本語で演説し、それを逐語通訳、それでも随分拍手はありました。」

更にこう続く。

「準備は随分やりました。謝罪はしないという基本的トーンを決め、何人もで相談しながら何回も書き直しました。『希望の同盟』は私が考えたんですよ。」

これは面白い話しですね。

当初は硫黄島ではなくバターンの兵士を呼ぼうという案があったそうですが、日米合同で慰霊をしている硫黄島になった。
日米両方の生き残りに来てもらうつもりだったのですが、もう90歳を超えるご高齢の為に日本側は断念。米側はスノーデンさんに依頼、日本側は栗林忠道中将の孫で盟友の新藤義孝議員しかないとなったそうです。

スノーデン氏も今や90歳を超え高齢で、直前に体調を崩され心配もしましたが「これは人生最後の戦いだ!必ず行く!」と仰りそしてあの和解の握手となりました。

翌日のワシントンポスト紙の一面は安部総理ではなくこの「和解の握手」の写真でした。

演説がもたらしたもの

此れ程に未来志向の演説は最近ではなかったのではないでしょうか。

しかし、保守左派共に物足りなく感じたでしょう。

しかし、対象は米国議員です。その点においてはしっかりと意識した内容であったと思います。

アメリカ人にはあれぐらいオープンでストレートな方が良いのです。
世界で正直な国民は?と聞くと「アメリカ人」と「日本人」と答える人が多いのです。

日本人は我々ですから解りますね。
何よりも労働者のモラルは世界一です。このモラルの高さが日本製品の信頼となっています。

さてアメリカ人ですが、「え?」と思う人もいるでしょうがアメリカ人は日本人とは違う正直さを持っています。
アメリカの正直はストレートさです。
真っ直ぐ直球を投げれば直球で返して来ます。
変化球を投げれば、其れなりの物しか返しません。

つまり、「コイツは信用出来る」と思えば真っ直ぐに付き合うことをする。それがアメリカです。
その意味ではジョークもしっかり効いてアメリカ人のハートを掴んだと言えます。

まぁ案の定と言いますか…朝日新聞やら支那朝鮮は「謝罪がない」だの「慰安婦」などとケチを付けましたね。
しかし、アメリカ人相手の演説で何故そんな事に触れねばならんのか?サッパリわかりませんね。

謝罪ばかりする、謝罪から始まる様なスピーチをアメリカ人は好みませんし、「謙遜」なるものは日本では美徳でもアメリカでは違います。
又、硫黄島を持ち出す事で「平和」をお題目ではなく具体的な事実を例にそれを「体現するんだ!」とアピールする事が出来ました。
更に官邸やらブレーンや昭恵夫人がこの演説を成功させる為に多大な努力をした事も大きいでしょう。

ハッキリ言うなら下手な英語です。しかし英語で演説をする事に意味があります。
「発音が悪い」とか「中学生レベル」だの安倍総理の英語にケチを付ける者もありました。
アホの民主党小西某などいち早くツイッターでクサしてましたね。
だいたい小西某など母国語である日本語が不自由な人間が何を偉そうに上から目線で吐かしているのか!

更に支那朝鮮も捏造歴史の反日国はこの演説の成功にさすがに焦りがある様で、朴槿惠なんかはコロッと手の平返しに出ましたね。アホです。

此れから成す事

此れ程未来志向のスピーチは是非教材にするべきです。解りやすい英文ですから中高校の英語の教材にするべきです。

海外では素晴らしいスピーチは教材として使い、政治や近現代史を学びます。
日本ではありませんね。
世界のスピーチを学ぶ事で世界の中の祖国を考え、それにより世界を見る事が出来ます。
それは愛国心を育て、本物の愛国者を育てる事になり「何の為に勉強し、何の為に生きるのか?」を学ぶ事に繋がるのです。
敗戦後、「理念」を持つな!と教育された敗戦後教育を打ち砕く事に繋がります。

またこの演説において重要なメッセージとして覚えておきたいのは「世界と対等に渡り合うぞ!もう敗戦国とは言わせない!」と言う意思です。
ですから「東西冷戦の勝者」と自ら述べました。もう敗戦国ではない、西側の一員として東西冷戦を戦い勝利した戦勝国だ!とアピールしました。
正に歴代にない素晴らしいアピールです。

そして新しい日米同盟を以って希望の同盟とした。

これは何よりも覇権主義丸出しの支那への牽制となり得たものです。

今般の安保法制審議での野党議員のくだらない上げ足取りの質疑を見れば、その焦りが垣間見えます。
支那朝鮮に阿る議員や政党などは必死です。

ですから質疑応答に全く国の根幹や国家理念を問う質問がない。それがあるなら総理への質問は「この安保法案を以ってこの国をどうするのか?」とか「あなたの国家観はなんですか?」となるはずで理念の違いがぶつかるはずです。
しかし、そんな質問は一切なく、アホ共産党のアホ志位某等はポツダム宣言を持ち出す始末です。
「総理はポツダム宣言を知ってますか?」とクイズ王小西某のお株を奪うトンチンカンです。

就任以来、文字通り「地球儀外交」を行ってきた一つの集大成、成果と呼ぶべき演説ではありませんかね。

我が国は東西冷戦に勝利した西側の一員として、更にアジアの盟主としてやらなければならない事があります。

支那の覇権主義を牽制し、日本古来の誠を以ってアジアの平和と発展に寄与しなければなりません。

先の大戦ばかりを持ち出し「間違った戦争」ばかりを話すアホの左翼やナンチャッテリベラル。しかし、それ以前の日清戦争や日露戦争を「間違った戦争」と言う輩を見た記憶はありません。何故先の大戦ばかりを持ち出すのか?
先の大戦を間違った戦争と言い、日清、日露戦争をそう言わないのか?

先の大戦だけが間違いと言うならそれは「負け」た戦争だからと言う事でしょう。
つまり『負けたからあれは良くない』と言っているのと同じです。

我々日本人がアジアに謝るべき事は「敗戦」であって、有りもしない南京虐殺や只の職業売春婦の慰安婦コスプレババァではありません。

なし得なかった大東亜共栄圏であり、日本敗戦により戦勝国民になり損ねた朝鮮人へ「期待に添えずすまんかったね!悪ぃ悪ぃ」と言う話しです。

支那の国際インチキオレオレ詐欺銀行は支那からの「通貨」戦争の宣戦布告です。

東西冷戦の勝者である我々日本は、あんな地域振興券みたいな通貨「人民元」には負ける訳にはいかないのです。
世界銀行で取り引きされる通貨はドル、ユーロ、ポンドそして円です。

世界に通用する通貨を持つ国として、「やるぞ!」と言うアピールをした。

それが今般の米議会演説ではなかったかと思います。