「音楽&オーディオ」の小部屋

クラシック・オーディオ歴40年以上・・身の回りの出来事を織り交ぜて書き記したブログです。

オーディオの実験的な試みについて

2024年09月30日 | オーディオ談義

先日のブログで「オーディオ記事よりも音楽記事の方が人気がある(アクセスが多い)」と、書いていたら、さっそく読者の方から反応がありました。

「ブログで述べられているように オーディオ関係よりも音楽関係の方が人気あること解ります。

装置から出てくる音なんて 良いといわれても 想像だけで こちらとしては 実感できないんですから。

其の点、音楽の話題は 誰それの曲、演奏が良いと書かれていたら 自分で同じのを聞けます。」

というわけで、ごもっともです!

したがって、改めてこのブログにおける「オーディオ記事」の存在意義を考えた方が良さそうですね~。

そこで「我が家ではこういう実験的な試みをしています。押し付けるつもりは毛頭ありません。ワン・オブ・ゼムとしてご参考になれば幸いです」という姿勢がいちばん しっくり くるかな~(笑)。

というわけで格好の事例をあげてみよう。

我が家ではフルレンジのユニット2本を「植木鉢」に容れて楽しんでいる。「また変わったことをして・・」と眉を顰める向きがきっと多いことだろう(笑)

いちばんの利点は「場所を取らないこと」にある。

そして2番目の利点は音質的にも向上する・・、そもそも100ヘルツ以上の再生に箱は要るんだろうか、言い換えると100ヘルツ以上の再生に箱は不要というか、逆に邪魔になるのではという「問題提起」も含んでいる~。

ただし、見た目が冴えないことは論を待たない・・、ま、好き好きだろうけどそこさえ気にならなければという話になる。

で、このほどメル友の「K」さん(横浜)から次のようなご連絡があった。

「ひょんなことからグッドマンの「AXIOMシリーズ」(口径30cm)のユニットを手に入れました。大きなメインスピーカーがありますので、これ以上は無理ですが、植木鉢に容れたら、場所を取らないし、経費も少なくて済みそうですから思い切りました。詳しいノウハウを教えてください」



「ハイ、知っている範囲で細かいノウハウをすべて伝授しますよ~」
(笑)。

で、現在の使用状況はこれ。


 左側がワーフェデール「スーパー10」(口径10インチ=25cm)+サブウーファー(100ヘルツ以下)JBL「D123」(口径30cm)。

右側がグッドマン「TRIAXIOM」(口径30cm:同軸3ウェイ)+サブウーファー(100ヘルツ以下)「口径20cm」(パナソニック)

音の繊細さからいくと後者に軍配が上がるが、前者はバランス的に見るべきものがあるというわけで、両者を日替わりで愛でている。

また、組み合わせるアンプ次第でころっと音が代わるのでその辺も大いに楽しい。箱無しのユニットだと「真空管アンプ」の癖と実力がもろに反映される感じ~。 

で、フルレンジ用のアンプの「ベスト1」はこの「LS7シングル」で決まり。小出力の強みを十二分に発揮している・・、それに希少な「オールなす管」パレードですぞ!



そしてサブウーファー用は「6AR6シングル」(三極管接続)で、ローエンドへの伸びと分解能はなかなか~。


「百聞は一見に如かず」なのでKさんに、いちど聴いていただく価値はあると思うんだけど、横浜からの移動の手間と経費を考えると、割に合わないかもね~。

まだ現役のご様子なので、都合よく九州に出張とかありませんかね(笑)。



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この秋は「カラマーゾフの兄弟」に挑戦しようかな

2024年09月29日 | 読書コーナー

あれは10年ほど前だったろうか・・・、他県から帰省した娘が「はい、今度はお父さんの番よ」と、手渡してくれたのが「カラマーゾフの兄弟」。(岩波文庫版)

           

「読書は楽しむためにあるもの、好きな本だけ読んでおけばいい、所詮エンタメの一環なんだから」と、常々割り切っているものの、それでも読書人として自負するなら一度は目を通しておきたい本というのがある。

古今東西、名作は数多いがその中で衆目の一致するところ最高峰に位置付けされているのが「カラマーゾフの兄弟」(ドストエフスキー)ではなかろうか。

たとえば、いろんな作家の自伝や随筆を読んでいると影響をうけた作家として指を屈するのがまずドストエフスキーというのが相場である。

直木賞受賞作家の「原 寮」さんは、「彼の本を読むとどんな人でも人生観が変わる」と断言されているし、人気作家の村上春樹さんは「カラマーゾフは通算して4回読みました。こういう本を書くのが自分の目標です。~この世には二種類の人間がいます。カラマーゾフを読んだ人と読んだことの無い人です」

さらに、小説家にして精神医学の権威、加賀乙彦氏は癲癇(てんかん)の病気持ちだったドストエフスキーの「死」に対する考え方、宗教観に独自の分析をしながら著作「小説家が読むドストエフスキー」の中で次のように述べられている。



「20世紀の作家は全てドストエフスキーの肩の上に乗っている。ドストエフスキーを読まずに小説を書きはじめた人は私の周辺を見回してもいない。(116頁)

ロシア的なキリスト教の形のもとで、いずれの作品ともに犯罪、殺人が主題になっており、罪の極点を描くことで逆に神の愛が描かれている。

罪も愛も無限定で極端で途方もないエネルギーに満ちていて、この作品群の究極の姿、総決算が「カラマーゾフの兄弟」です。“カラマーゾフ万歳!”(212頁)」


いやはや!(笑)

娘は会社勤めの傍ら、4か月ほどかかって読み通したというが「最初のうちはとても退屈で、表現も難解だし苦労したけど途中からグングン面白くなるのよね。人生観に影響を及ぼすのはたしかよ。

“神はともにあるし、神は存在する”というアリョーシャの言葉がとても感動的で、少年たちとの心の交流も深く印象に残るわね。

この本を読んでおくと、後々どんな本が来ても簡単だし、読むスピードも倍くらい違ってくるわ。しかも不思議なことにこの本は何度も読み返したくなるのよね。」


ウーム・・、日頃から比較的ヤワな本ばかり読んでいるので、この本を読破するとなるとよほどの気合と覚悟が要りそうだ。娘からとてつもない宿題
を押し付けられてしまってから早くも10年・・(笑)。

父親としての権威もかかっているので、せめてこの「読書の秋」にでも挑戦してみるとするかな~。

「好きな音」で「名曲」を聴いてる方が はるかに 楽しいんだけどね・・(笑)。



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オーディオにお金がかかるのは当たり前 ?

2024年09月28日 | 独り言

昨日(27日)の自民党総裁選挙・・、もう「石破」さんの目はないと思っていたのに、この有様。

やはり何が起きるか分からないのが政治の世界です。

その昔「人間には3つの坂がある。上り坂、下り坂、そして まさか のさか というのがある」(テレビで)得々と喋っていたのは、奇しくも今回立候補して有力視されていた進次郎さんの父親で元総理の小泉純一郎さんだった。

ま、やっと出番がやってきた石破さん「日本のかじ取り」を頑張ってくださいね~。

閑話休題

さて、ご近所にお住いのYさんはオーディオにとても熱心な方ながら併せてフルートの演奏家でもある。

先年のことだが、パワーアンプを「マーク・レヴィンソン」に代えられたことがあるので急いで聴きに行ったことがある。


           

           

「ヘーッ、これがマークレヴィンソンのパワーアンプですか」、としげしげと眺めさせてもらった。以前は、たしかアキュフェーズのセパレート・アンプを使っておられたはず。

持参したCD「パガニーニのヴァイオリン協奏曲1番」(庄司紗矢香)、「エラ&ルイ」、「日本歌曲集」(島田祐子)をさっそく聴かせてもらった。

それぞれに聴きどころがあって、「低音域の力強さ」「録音現場の雰囲気の再現性」「ブレス(息継ぎ)が明瞭に聴こえるか」といったところ。

マークレヴィンソンといえばプリアンプが有名で、その特徴は無色透明の一言に尽きるが、しいて言えばベジタリアン系の印象を持っている。このパワーアンプも血筋は争えずその傾向を受け継いでいるように思った。

我が家の「AXIOM80+真空管アンプ」のコンビとは随分傾向の異なる音で、これほどの音は滅多に聴けないと思うものの「いい音」と「好きな音」の違いを改めて考えさせられた。

ところで、Yさんはフルートについても「ノマタ」に特注してプラチナ製を新調された由。口当てのところに独自の彫り込みがしてあって世界に1台の代物だそう。
           

生演奏を聴かせてもらったが、もうウットリ! ”ふっくら”として”粒立ち”や“音色”が良くて、こんな音はとても電気回路では出せない!(笑)

「いやあ、素晴らしい。生の楽器の音を堪能しました。ちなみにいったいどのくらいするもんですか。どうか参考までに・・・」

しばし、ためらわれた後に「クラウン1台分です。材質によってやはり音が違いますね」。

ウ~ン。

ちなみに先年亡くなったウィーン・フィルの首席フルートだったウォルフガング・シュルツのフルートもたしか日本製で800万円くらいする代物と聞いたことがある。

音楽にはいろんな楽器があってそれぞれピンからキリまであるが一流の楽器、たとえばストラディヴァリ(ヴァイオリン)ともなると億単位だし、ピアノもスタンウェイやベーゼンドルファークラスとなると軽く1千万円以上はする。

こうした途方もない楽器の値段と比べると、オーディオシステムの値段なんてトータルとしても随分安いという気がしてくる。

とはいえ、いろんな考え方があるのも事実。

極端に言えば次の二つに分かれる。

「どうせ“生の音”には及びもつかないんだからオーディオシステムなんかには期待しない。そこそこの音でも結構・・、所詮はイメージを膨らませる道具なんだからお金を突っ込むなんて愚の骨頂。」

音楽家によくみられるタイプですね、これは・・(笑)。

もう一つは、「生の臨場感に少しでも近づいて、たとえ錯覚でもいいからうまく騙されたい。もう財力の許す限りシステムにどんなに投資しても惜しくない」。

これがオーディオ・マニアという人種になる(笑)。

後者の代弁をするわけではないが、昔の王侯貴族(ヨーロッパ)は自前の楽団や演奏家を抱えて音楽を楽しんでいたが、現代ではオーディオ・システムがそれにとって代わっている。

つまり、お抱えの楽団というわけ!


一流として機能させ、それもオーケストラからボーカル、小編成の室内楽まで幅広いジャンルを家庭で十全に聴こうと思ったら、オーディオシステムにお金がかかるのは当たり前~。

楽団員の人件費や楽器の値段に比べれば「メチャ安い」とは思いませんかね(笑)。


 
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メル友さん通信(2024・9・27)

2024年09月27日 | 独り言

非常にありがたいことに読者の方々からときどきメールをいただくのだが、違った視点からのアプローチがあったりして、自分一人だけに仕舞い込んでおくのはもったいないような気がするので公開させていただきます。無断掲載ですが「匿名」ということでお許しくださいね。

まずは、新しいところで前回の記事「励まされる・・」についてのお便りから~。

「やっと朝晩、こちら大阪でも 秋を思い起こせるようになって来ました。

ブログで述べられているように オーディオ関係よりも音楽談義の方が人気あること解ります。

装置から出てくる音なんて 良いといわれても 想像だけで こちらとしては 実感できないんですから。

其の点、音楽の話題は 誰それの曲、演奏が良いと書かれていたら 自分で同じのを聞けます。

ありがたい時代です。

私も先日の ロザリオのソナタ、あのような良い曲を今迄知らなかったんですから ブログ主様さまです。

自分の知らないところに マダマダいろんな魅惑的な音楽があるんですから 長生きしたいものです。

ありがとうございました。

他のブログのテーマ、夫々に面白いのがあって 私と同じ思いを持っていらっしゃる事が あるんだなあと思ったりしています。

夜半、目が覚めたときにふっと 昔の失敗した事を思い出しました ブログ主様と同じ頃、1週間前でした。 誰でもこのような事あるんですね。

私の場合は ついでに 良い写真を撮った時の事(此れは、まかり間違ったら 命を落とすような微妙な時間のズレの後に 撮影出来た写真なんですが)を 思い起こして +-ゼロで気持の整理が出来ました。

永い現役時代、色々ある物です。

機会があれば その時の思い出話 お話したいと思っています。」

次いで、地元別府市の「YO」さんから、ブログ記事「重さが浮かび、軽さが限りなく重い音楽」、つまりモーツァルト「ベスト5」に関する記事についてのお便りです。

「私もモーツァルティアンを自負していますが、好きな曲ランキングは困りましたね。

1位候補が多すぎます。(笑)

なので、好きな曲「スペシャル5」ということでいかせてもらいます。

 歌劇「魔笛」 スウィトナー盤  交響曲第41番 ベーム/ベルリンフィル盤  ハフナー・セレナード ボスコフスキー盤  ディヴェルティメント k、136 ウィーン八重奏団  ヴァイオリン・ソナタ ホ短調 グリュミオー/ハスキル盤

特にK、136はオーディオチェックの時に良く使います。これがウィーンらしい音になっていればOKみたいな感じで……(笑)。

次いで、南スコットランド在住の「ウマさん」から、「人間的なゆとりを現わすものとは」つまり「ユ―モア」の大切さについてお便りをいただきました。

「ユーモア…
英国に長く住んでいて痛感するのがユーモアの大切さですね。
強調したいのは「笑い」が決して軽く見られていないことかな。

ちょくちょくロンドンに出向くけど、必ず、コンサートやライブを楽しむことにしている。
そこで感じるのがユーモアです。司会者、指揮者、バンドリーダーなど、必ず客を笑わせる。
「僕はシャイなので人前では喋れない。オ〜イ!ビールどこや?」

1958年のニューポート・ジャズ・フェスティバルでの、ルイ・アームストロングのコメント…
「先日、ローマ法王の前で演奏した。法王が僕に、お子様はいるんですか?とお訊きになったんで、いえ、いません。でも、頑張ってます」

英国国会でもヤジは飛ぶ…
獣医出身の議員が演説の最中、ヤジが飛んだ。
「オーイ!獣〜医〜!」
「はい、私は非常に優秀な獣医です。あなた、診てあげましょうか?」

僕もパーティーなどに行く途中、ジョークを考えるのが恒例になってますね。
「皆さん!英国の第二の国歌と言えるエルガー作曲の〈威風堂々〉にうたわれる通り、英国は〈ランド・オブ・ホープ・アンド・グローリー(希望と栄光の国)ですよね。ジャパンは、世界中の食品 (グロッサリー)が溢れている国なので〈ランド・オブ・ホープ・アンド・グロッサリー〉でっせ!」

最後に、「K」様(横浜)から「一日の始まりはバッハの無伴奏チェロ組曲から」についてお便りをいただきました。

「BACHの無伴奏チェロを聴かれているとのこと、熱烈歓迎(私はシュタルケルですが)します。

「窓から漏れるバッハ」に品位が感じられます。

小学生から高校のころまで、帰宅時はどこからかピアノ練習が聞こえてました(声楽発声もありました)

最近は周囲を気にしてか皆さん防音室?(拙宅も母やワイフの練習にクレームはありませんでしたので、遠慮かしら~)

もっとおおらかになればよいのに・・、焚火禁止も残念。

窓から漏れる音楽を聴いた方が「よいですね!」とは、お住まいの地域の品位の高さにも敬服しました。

少し気候もよくなりました。私も窓を開けてBACH鳴らしましょうかね。

近年、若いといってもお子様誕生のチェリストを追っかけ中ですが、最近彼女の無伴奏 あまり心配なく聴けるようになりました。ちょっと「生意気」ですが・・。

最後になりましたが、以上、4名の方々に感謝申し上げます。これからもメール楽しみにしていますからね。



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励まされる「音楽記事」を通じての連帯感

2024年09月26日 | 音楽談義

先日のこと、東北地方の方から実に ”ありがたくて、うれしくなる” メールが届いた。

ご本人の了解なしの掲載だが、匿名なので大目に見てもらうことにして、大要、以下のような内容だった。


「貴ブログを読んでオペラ”魔笛”(モーツァルト)を見直したくなり、わざわざプロジェクタを購入した。

所有していた”魔笛”は昔懐かしいレーザーディスクによるサバリッシュ指揮の1983年の録画で、10年くらい見る機会がなかったが、これからじっくりとオペラ鑑賞を楽しみたい。貴ブログのおかげでオーディオと音楽にやる気が復活してきた。」

こういうメールをいただくと、つくづくブログを続けていて良かったと思いますねえ~。

ブログを始めて19年になるが、大した内容でもないのにご覧になる方も随分増えてきてたいへんありがたいことだが、ときどき「自分はいったい何のためにブログを続けているんだろう」という思いが過(よぎ)ることがある。

まあ一種の惰性からくる倦怠期みたいなものだろうが、こうして「初心忘るべからず」という気持ちを想起させるメールをいただくと「よしっ、これからもがんばろう」という気分になる。

実を言うとこのブログを始めた動機そのものが、「魔笛」の素晴らしさを広く世に伝え、最終的には「魔笛」に魅せられた愛好者ばかりが集まった全国的な「魔笛倶楽部」を創ろうというのがそもそもの発端だった。

しかし、ブログを開始して3か月も経たないうちに「魔笛」に関する材料が種切れとなり、仕方がないのでオーディオや読書などの話題を盛り込まざるを得なくなって、いつの間にかブログの性格が変質してしまったというのが偽らざるところ。

いわば「庇(ひさし)を貸して母屋を取られる」というのかな~(笑)。

今や(自分のブログの)メインになっているのは「オーディオ」だが、たしかに面白くてたまらない趣味には違いないが、この分野には「お金に糸目をつけないご先達(せんだつ)」がそれこそ ”ごまん” と、いらっしゃるのを十分承知している(笑)。

正直言って、自分のような「ビンボー」で中途半端な人間が太刀打ちできるような世界ではないし、それに加えて人によって「好み」や「環境」があまりに違うので広く共感を呼ぶ話題としてはちょっと無理があるように思っている。

たとえば、自分がどんなに「いいシステムだ、いい音」だと力説しても、「私はラジカセやヘッドフォンで聴く方が好きです、箱庭の世界のような音が好きなんです」と言われればそれまでの話。

その点、あらゆる民族共通の言語ともいうべき音符の世界は共感できる幅が大きいのが利点。

「死ぬということはモーツァルトを聴けなくなることだ」と述懐した天才物理学者の「アインシュタイン」を始めとして、老いも若きも、貧富の差も、秀才も鈍才も関係なく、そして人種を問わず万人が同列に楽しめる趣味なんて、この世に音楽を除いてほかにあるんでしょうかね。


というわけで「オーディオ関係の記事」には「どうせ理解し合えないだろうけど・・」という虚しさがいつもつきまとっているわけだが、その点「音楽に関する記事」は読者と何かしらの共感を期待できるのがいいところ。

ちなみに、つい最近の「音楽記事」を5題ほど挙げると次の通り。

「愛聴盤の信頼性」「重さが浮かび、軽さが限りなく重い音楽」「ロザリオ・ソナタって知ってます?」「1日の始まりはバッハの無伴奏チェロ組曲から」「人間の生涯は真面目さと遊びからなる」

いずれも「アクセス」がオーディオ記事を軽く上回って「20%以上増し」だったのは特筆すべきことです!(笑)

つまり、記事を通じての「連帯感」となると「オーディオ」よりも「音楽」の方が上ということになりますね。


というわけで、これからもオーディオ関係はとにかく「ネタが豊富」なので頻繁に記事にするつもりだけど、そういうつもりで読んでいただくと非常にありがたいです~(笑)。



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故障して欲しい・・、いや欲しくない・・微妙な「SPユニット」

2024年09月25日 | オーディオ談義

オーディオ愛好家にとって機器のトラブルは禁忌(きんき)である。

「ええ音やなあ・・」と、ウットリしながら聴いていると、急に音が出なくなったり、ノイズが出だしたりすると、まずは慌てる、次にガッカリする、そして、最後は該当機器に対して腹を立てるというのが我が家のパタ~ンである。

とはいえ、真空管は消耗品だし、酷使しているといつかは別れの時がやって来る・・、一応は覚悟ができている積りなのでそれほど慌てふためくことはない。

困るのはスピーカーである!

「ザザッ・・」といったノイズが出だしたりするともう大変・・、内部構造が精緻なのでまず素人の手には負えない。否応なく専門店行きとなり、同時に「渋沢栄一」(万札)さんが軽々と飛んでいく~(笑)。

したがって、いちばん故障してほしくないのは一般的に見て「スピーカー」ではないかな。

ところが・・、我が家では「なるべく故障して欲しくないけど、その反面、故障してもいいんだけどなあ・・」と、まことに微妙な立場にあるユニットがある。

それって何?



何やかやいってみても、行き着くところ我が家では堂々たる「メインスピーカー」である。

で、現在この「ウェストミンスター」(改)の中に容れているユニットは口径30cmの「スーパー12」(英国:ワーフェデール)である。

たいへんなお気に入りで、「バランスの取れた低音」「歯切れがよくて分解能に優れたスピード感」など満足のいくもので、例によって「不安症」なのでスペアを1ペア確保しているほど。

ところが、実は「スーパー12」以外にも試してみたいユニットがあるので困っているのだ~(笑)。



左からグッドマンの「AXIOM150 マークⅡ」(以下「マークⅡ」、真ん中が現在活用中の「スーパー12」、そして一番右がJBLの「D123」。

いずれも口径30cmである。ちなみに我が家では口径38cmのユニットは使わないことにしている。

その理由については、これまで何度も述べてきたし「くどい!」と言われそうなのであえて触れない、気に障る方もいるだろうしねえ(笑)。

で、実はこの一番左に位置する「マークⅡ」がハイライトなのである。

現在、まったく出番が無くて「髀肉の嘆」(ひにくのたん)をかこっているのだ。

「髀肉の嘆」→「蜀の劉備が馬に乗って戦争に赴くことのない日が続き腿(もも)の肉が肥え太ったのを嘆いた古事から、功名を立てたり力量を発揮したりする機会に恵まれない無念さをいう。(広辞苑)

ご覧の通り、我が家ではいちばん重量級の見事なマグネットの持ち主である。性能的には「スーパー12」よりも上ではないかと秘かに睨んでいる~。

同じ英国勢とはいえ、ブランド的にも、音楽性からいっても明らかに「ワーフェデール」よりも「グッドマン」の方が一枚上ですからね。

(むろん、タンノイなんか軽く凌駕するというと外野席からすぐに叱声が飛んできそう・・、多勢に無勢なのでカッコ書き~)

ぜひ、「マークⅡ」をウェストミンスターに容れて聴いてみたい潜在的な欲望がずっと続いているというわけです。

ただし、「スーパー12」もなかなか故障が来ないのが良くもあり悪くもあり~。

ほら、子供が親に「新しい自転車が欲しい」と、おねだりすると「ダメダメ、今乗っているのが壊れたら買ってあげる」という問答に等しい(笑)。

それに、ユニットを入れ代える手間も想像するだけでウンザリする面がある。

たとえば、スピーカーの後ろ側に回り込むためにスペースを確保する必要があり、重さ「100kg」を軽く超える図体を右に左に競って動かす、裏蓋のネジを18個取り外す、補助バッフルに取り付けたユニットをとりかえる、そして最後に本体に「4個のネジ」で取り付ける・・、中腰のままの作業なので腰に負担がかかること必定である。

そして、左右両チャンネルの作業になるので、同じことを2回繰り返す破目になる。

したがって、これらを考え合わせると、故障してもいいけどなるべく故障して欲しくないという微妙な心理状態になるというわけ。

ただし、このまま交換しないで終りを迎えるのも少し「淋しいなあ・・」というのが正直なところです・・、この気持ちお分かりただけるかな~(笑)。



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とりとめなき事を そこはかとなく 書きつくれば

2024年09月24日 | 独り言

「とりとめなきことを そこはかとなく 書きつくれば・・」、1000年以上も昔の鎌倉時代の随筆「徒然草」(つれづれぐさ:兼好法師)の冒頭の一節です。

で、これにならって日常の些末な出来事をそこはかとなく書いてみました(笑)。

☆ ようやく秋の気配が

今朝(24日)起きたときの寝室の温度は「24℃」、昨朝は「25℃」だったので確実に涼しくなっています。

人間にとっていちばん気持ちの良い温度は「25℃」前後だそうですから、これから絶好の季節を迎えることになりますよ。

オーディオにも一段と身が入りそうです(笑)。

なお、先日のブログで「3連休後に涼しくなります」と、書いていた通りになりましたが、気象庁の予報は益々正確度を増してきたようです。

☆ 楓(かえで)材の茶碗

先日の長距離ドライブで、たまたま鄙(ひな)びた「道の駅」で目について購入した「楓」材の茶碗を愛用してます。



味噌汁の味がひときわ引き立って美味しくなりました!

特に、前日に残って仕方なく「冷蔵庫」に容れていた味噌汁が視覚的に古びた感じにならないところが功績度大です。

ほら、ご飯だって「焚き立ち」のときはどの米も産地を問わず美味しいけれど、問題は冷えたときで、そのときに真価が出てくるのと似ています。

さらに「敷衍」(ふえん)すると、「疾風に勁草(けいそう)を知る」(後漢書)という諺(ことわざ)に行きあたります。

「勁草」とは「風に強い草」 → 「節操・意志の堅固なことのたとえ」(広辞苑)

そういえば「勁草書房」という出版社がありましたね、今も在るのかな・・、名前負けしていなければいいが~(笑)。

で、諺の意味だが、人間は困難に出会ったときにこそ真価がわかる・・、ブログ主のように面倒くさいことからいつも逃げ回ってきた人間にはひときわ耳の痛い言葉ですぞ(笑)。

なお、この「楓」材の汁椀も唯一の欠点があって、それは「食洗器」にかけられないことです。少々手間ですけどこのくらいの犠牲は仕方ないですね・・。

☆ 「AI」によって奪われる仕事と奪われない仕事



144頁に「AI」に奪われる仕事と奪われない仕事が列挙してありました。「トップ30」までありましたが、紙数の関係で「トップ10」まで掲げておきます。

「AI」に奪われる仕事

1位 電話販売員(テレマーケター) 2位 不動産登記の審査・調査
3位 手縫いの仕立て屋 4位 コンピューターでのデータ収集・加工
5位 保険業者 6位 時計修理人 7位 貨物取扱人 8位 税務申告代行者 9位 フィルム写真の現像技術者 10位 銀行の新規口座開設担当者

「AI」に奪われない仕事

1位 レクリエーション療法士 2位 整備・設置・修理の第一線監督者3位 危機管理責任者 4位 メンタルヘルス・薬物ソーシャルワーカー5位 聴覚訓練士 6位 作業療法士 7位 歯科矯正士・義歯技工士 
8位 医療ソーシャルワーカー 9位 口腔外科医 10位 消防・防災の第一線監督者

後者では「直接的に人に関わる仕事」が多い傾向にあります。

なお、前者の19位に「スポーツの審判員」というのがありました。

納得です!

大谷選手の活躍に伴い「MLB 」中継をよく観ているが、アメリカの主審の「ストライク・ボール」の判定がいい加減なことを痛切に思い知らされます。これは日本の審判よりもひどいです。

いかにも大雑把なアメリカ人気質丸出しのような気がするが、早く「機械判定」にしないといけません・・、すでに「3A」(日本の二軍)では実験が始まっているようですよ。

ただし、審判員の失職や権威(面子)に繋がる問題なので暗雲が立ち塞がりそうですね。

最後に、「奪われる」「奪われない」というマイナス視点からではなく、「AIによって増える仕事」も列挙してほしかった気がする~、たとえば「人間性の回復」→「芸術振興」→「音楽&オーディオ」アドバイザーとか・・(笑)。


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愛聴盤の信頼性

2024年09月23日 | 音楽談義

これまで我が「愛聴盤」について勝手気ままに紹介してきたが、いくら自由にモノが言えるブログの世界とはいえあまり見当ハズレのことを言ってはまずいという良心はもちろん持ち合わせているつもり~(笑)。

たとえば、自分が貶した盤が他の高名な音楽評論家や音楽好きの作家から名盤だとされていた場合、自分の鑑賞力が正しいのかどうか、少しばかり立ち止まって考えざるを得ない。

もちろん「好き嫌いの世界」なので確たる物差しのない世界である・・、不屈の信念があれば歯切れのいい発言もときにはカッコいいのだろうが、常に自分の「ものさし」が普遍的なものかどうかを客観的に見る目はやはり必要だと思っている。

これはオーディオにも通じる話ですね(笑)。

そういう中で自分の鑑賞力がまともかどうかを推し測るまことに都合のいい本がある。中国古典を題材とする作家・宮城谷昌光氏の「クラシック私だけの名曲1001曲」(新潮社刊)である。



何しろ1001曲もの作品を試聴して感想を書いた本なので1020頁にも及ぶ分厚い本だが、「序」を読んでみると、CD6000枚を所有しその中から選り分けて1年半を費やして出来上がった本だという。

「クラシック入門書のつもりでは書かず、ひととおり名曲を聴いたあとに、クラシック音楽から離れてしまった人に読んでもらいたい。クラシック音楽は奥が深く、いわゆる名曲を聴いただけでは門をたたいたにすぎず、門内に入ったわけではない。」との著者の言がある。

さて、本書の内容だが同曲異種の盤をいくつか聴いて、最終的に「私だけの名曲」として気に入ったCD盤を紹介していくスタイルで進行していく。

なお、宮城谷さんの「私だけの名曲」という表現は「あくまでも自分の好み」ということであって他人に強制しない意味が込められているのはお察しのとおり。

1001曲もあれば当然、中には自分のブログ「愛聴盤紹介コーナー」で取り上げた曲とダブりがある。

調べてみると「田園」「ピアノソナタ32番」「ブラームスヴァイオリン協奏曲」そして「アルルの女」の4曲だった。

これは絶好のチャンス、宮城谷さんの愛聴盤と比べるいい機会~。


とにかくCD6000枚を聴き分けた宮城谷さんの鑑賞力がトップ・レベルなのは間違いあるまい。その宮城谷さんと自分を並べるのは誠におこがましいが、音楽鑑賞に垣根はないと思っている。非礼を承知で以下のとおり4つの曲目をピックアップして比較させてもらった。

☆ ベートーヴェン「交響曲第六番田園」

宮城谷さんの名曲:ブルーノ・ワルター指揮 コロンビア交響楽団

「この曲にある明るさは田園の光だけでなく、精神の不屈の光である。そういう具象性と抽象性を見事に描ききったのはワルター盤しかない。この盤と他の盤とは隔絶している。」

比較した盤 → トスカニーニ盤、ベーム盤。

そして、自分の愛聴盤:マリナー指揮 アカデミー室内管弦楽団

比較した盤 → ワルター、フルトヴェングラー、クレンペラー、ブロムシュテット、イッセルシュテット、ハイティンク、ケーゲル、ジュリーニ(2種類)、ジンマン盤計10セット

☆ ベートヴェン「ピアノ・ソナタ32番」

宮城谷さんの名曲:ピアニスト「ウィルヘルム・バックハウス」

「不思議な重みがある曲で澄んだ美しさと力強さ、それに回想的なやさしさも包含されている。バックハウスのピアノを聴いているとこの曲は良否を超越したところにあると思われてきた。作為をほとんど感じられないのも不思議で、要するにベートヴェンの存在だけを感じている。恐るべき演奏である。」

比較した盤 → ベレンデル、ブッフビンダー、キンダーマン、ポミエ、ハイドシェック、ウゴルスキ

そして、自分の愛聴盤:ピアニスト「ウィルヘルム・バックハウス」

比較した盤 → アラウ、グールド、リヒテル、ミケランジェリ、内田光子、ブレンデル、ケンプほか

☆ ブラームス「ヴァイオリン協奏曲」

宮城谷さんの名曲:ヴァイオリニスト「ジネット・ヌヴー(イッセルシュテット指揮)」

「この曲に関しては、ヌヴー盤とオイストラフ盤を聴かずして語るなかれといわれている。そこから入り、そこに還る、というのが名盤であるが、この両盤がそれにふさわしいというのである。

まず手もとにオイストラフ盤が二つある。クレンペラー指揮とセル指揮のものだが、比較すると前者の方がよい。艶の点で優り,みずみずしさを感じる。ヌヴー盤はイッセルシュテット指揮のものでこの演奏は永遠に人気を保つような気がする。情熱のほとばしりを感じる。オイストラフとの比較ではヌヴー盤を上とする。」

比較した盤 → オイストラフ(2セット)、フランチェスカッティ、ハイフェッツ(2セット)

そして、自分の愛聴盤:ヴァオリニスト「ジネット・ヌヴー(イッセルシュテット指揮)」

比較した盤 → オイストラフほか6セット

☆ ビゼー「アルルの女」

宮城谷さんの名曲:マルケヴィッチ指揮 コンセール・ラムルー管弦楽団

「クリュイタンス、レーグナー、ビーチャム、マルケヴィッチの4つの盤が名演。すべてを買い揃えるべきだ。今の私はマルケヴィッチ盤ばかり聴いているので正直にそれを挙げた。」

そして自分の愛聴盤:マルケヴィッチ盤、オッテルロー盤、ケーゲル盤の3つで一つに絞り込むのは無理~(笑)。

比較した盤 → クリュイタンス、オーマンディ、デュトワ

以上のとおり、宮城谷さんの推す名曲とダブった4つの曲目すべてについて比較したが、そのうち3曲についての愛聴盤が完全に一致、違ったのは「田園」だけだが、それでも自分はワルター指揮を2番手にしていたので当たらずといえども遠からず~。

もちろんすべて有名な曲目であり定評ある名盤なので一致しない方がおかしい気もするが、結構、「正鵠」を射ており、自分の愛聴盤があまり偏っていないのが分かってひと安心~(笑)。

最後に申し添えます。

このところCDを聴くのが億劫になってきて、「リモコン」で簡単に聴ける「You Tube」が主流になってきた。


その中でよく聴いているのが「ジャズ・クラリネット奏者」の「アッカー・ビルク」(英国:故人)。

どこか哀愁を含んだクラリネットの豊かな音色にゾッコンで、自信を持ってお薦めできる演奏家です!

「ラ・パロマ」「The Shepherds Song=バイレロ」「Limelight」「Send In The Clowns」・・、名曲の数々。

もうジャズとかクラシックの範疇を越えていて、モーツァルトの「クラリネット五重奏曲」「クラリネット協奏曲」を彼の演奏でぜひ聴いてみたかったなあ・・。



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手短に済む低音対策

2024年09月22日 | オーディオ談義

我が家では異例といっていいほどのロングランを続けているスピーカーがこれ。



もう1週間を超えているのだが、例によって聴くたびに「粗探し」をしているものの、今だに確たる欠点が見つからない。

スケール感、音の鮮度、低音域と高音域のバランス、セパレーションと奥行き感、楽器ごとのリアルな再生能力、自然なボーカル・・、どこをとってもケチのつけようがない。

強いていえば、もっと豊かな低音が出てくれれば満点だけどなあ・・。

これまでの拙い経験上の話だがオーディオは「高音域」よりも「低音域」の処理の方が難しいと思っている。つまり、手間とお金が余計にかかるというわけ~。

さらに言えば、(低音域の)90点を100点にするのは80点を90点にするよりもはるかに難しいので、コスパから考えると止めておいたほうがいいに決まっている。

分かっちゃいるけど、何かしら挑戦をしてみたくなるのが「オーディオ・マニア」という人種~。(笑)

手短に済む低音対策として目を付けたのが「プリアンプ」に使っている真空管の交換。

どういう「手管(くだ)」を使って操ったのか後日のために記録に残しておこう。

現在、このスピーカーを駆動するために真空管式の「プリアンプ」を2台使い、それに応じて「パワーアンプ」を2台使っている。

いわば、ハイカット「~700ヘルツ」の帯域と、ローカット「2000ヘルツ~」ごとに、アンプを区分けしている。

そのやり方はDAC「D2R」の出力端子から「RCA → RCA」で片方のプリアンプへ接続、そして「XLR(キャノン端子) → RCA」(変換ケーブル)で片方のプリアンプへ繋ぐという方式。

通常、変換ケーブルを使うと音の劣化が免れないが、Tさん(東海地方)製作の「LANケーブル」を使うと、微塵も劣化が感じられないのが不思議。

で、ポイントは「~700ヘルツ」を受け持つ安井式「プリアンプ」である。

「12AU7」を4本使ったアンプだが、癖のない音質に満足度大である。

ちなみに、通常真空管式「プリアンプ」といえば使用真空管が「12AU7」と「12AX7」に大別されるように思う。

で、前者に比べて「μ(ミュー)=増幅率」が5倍近くある「12AX7」を使ったプリアンプは高音域はいいんだけど、どうも低音域が物足りない。

あの高名な「マランツ7」は「12AX7」を使っているけど、使った経験から言わせてもらうと、高音域に比べて低音域がちょっと物足りない気がする。

「オリジナルのマランツ7ともなるとそんなことはないぞ!」と色めき立つ方がいらっしゃるだろうが、総じて「μ」が高い真空管は低音域が出にくい印象を受けている。

例によって「あちら立てれば、こちら立たず」の相克関係にあるのがオーディオの「定め」なんだから仕方がないといえば仕方がない~(笑)。

つい話が横道に逸れたが、この安井式「プリアンプ」に使っている「M8136=ECC82=12AU7」を試しに「E80CC」に代えてみることにした。

この「E80CC」は「12AU7」と同程度の「μ」であり、ピン配列も同じなので、高々2分ほどで差し替えが済む実験である。



左側が「E80CC」(ドイツ:ヴァルボ)、右が「M8136」(英国:ムラード)で、ご覧の通り情報量を左右する「プレート」の大きさが歴然としている。

ただし、中高音域のスピード感は「M8136」の方が明らかに上回るのだが、このケース「~700ヘルツ」の局面では「E80CC」が有利であることは自明の理~。

さっそく、付け替えてみた。




いやあ、驚きました! 低音域の情報量が凄くて思わずプリアンプのボリュームを一目盛下げたほど~。

恐るべし「E80CC」・・。

とはいえ、たかだか我が家での一事象を大袈裟に紹介するのはどうかとも思うが、うれしさのあまりつい記録しておきたくなったわけ・・、それぞれのオーディオ環境も違うしけっして普遍的なものではないと思うので念のため~(笑)。

真空管アンプを使うと、こういう楽しみがありますよ~。



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良い失敗と悪い失敗

2024年09月21日 | 独り言

人それぞれの人生に何らかの失敗はつきもので、結果的には小さな失敗から大きな失敗までいろんな種類の失敗がその人の人生を彩っているように思う。

と、カッコよく言ってみたいところだが、自分の場合はそうもいかない(笑)。

余裕を持って(失敗を)振り返ることが出来ればこの上なくいいのだが現実的にはムリ~。

どうしても失敗体験をマイナスイメージでとらえてしまう、たとえば失敗を恐れるあまり必要以上に委縮したり、失敗自体を苦い想い出として追い払う傾向にあるのは否めない。

それ以上に、実はここだけの話だが(といっても無理だが)今でも現役時代に ”仕事上の大失敗や大恥をかいた” ことをふと何の脈絡もなく思い出すことがあり、一瞬、身の置き場がないような感覚にとらわれることさえある。

現役を卒業して、もう何年も経つのに失敗体験の影を今でも色濃く引き摺っているこの情けなさといったら~(笑)。

そして、不思議なことに楽しかったことや成功事例もかなりあるのに、まず思い出さないのはいったいどうしたことか。

ちょっと大げさに言えば仏教の教えでこれを
「業苦」(ごうく)というそうだが、おそらくこれは自分が「灰」に帰するまで続くことだろう。

また、他人のサクセス・ストーリーにはほとんど興味がなく失敗談の方が身につまされて面白く、よく記憶に残っているケースが多いのも特色。

こういう傾向は、やや ”ひねくれ気質” の自分だけのことかと思っていたら、どうやらそうでもないようである。

「失敗学のすすめ」(講談社刊、著者:畑村洋太郎氏、東京大学大学院工学系研究科教授)がそれ。

                       

もう20年以上も前の本でご存知の方も多いと思うが、自分の興味を引いた点をかいつまんで列挙してみよう。

 失敗の定義→「人間が関わって行うひとつの行為が、はじめに定めた目的を達成できないこと」

 学生たちに過去の失敗例を通じて大切な知識を伝えると、途端に目を輝かせ、吸収度がまるで違う。失敗体験には、人の関心、興味を引きつける不思議な力がある。

 失敗には「良い失敗」と「悪い失敗」がある

「良い失敗」とは、その経験が薬となってその後の飛躍につながるもの、あるいは成長過程で必ず通過しなければならない失敗をいう

「悪い失敗」とは、単なる不注意や誤った判断による失敗、周りに与える悪影響が多きいもの、自分の成長の糧にならないものをいう。

以下、やや学問的な趣が強くなり長くなるので簡略化するが「失敗から教訓を学ぶためのプロセス」など失敗を生きた教訓にしていくためのノウハウが事細かに述べられている。

さ~て、「良い失敗」と「悪い失敗」とくれば我がオーディオの世界ではどうだろうか。

それこそ失敗が無数にあるといっても過言ではないほどで「オーディオの歴史=失敗の歴史」と言い換えてもいいくらいで、およそ50年に亘って累々と屍が横たわっている。

数え切れないほどのスピーカー交換、評論家に踊らされた「4チャンネル・システム」を始めとしたさまざまな試み、高価なケーブルの購入、アンプをトッカエ、ヒッカエしたり改造に至ったり~・・、いったい、つぎ込んだお金はどれくらいに?

ただし、日常生活の経費は大いにケチるのにオーディオ経費は惜しいと思わないのだから不思議だけどね(笑)。

まあ、これらはいわゆる機器類の選択ミスというヤツだが、ほかにもお客さんとの試聴中にアンプが故障して片方から音が出なくなり、赤っ恥をかいたこともある。

しかし、今となっては意外にもいずれの失敗とも気楽に思い出せるのが不思議。

やはり教訓が今後に生きるような「良い失敗」が多いような気がするし、自分の能力不足とか他人の人格を辱しめるようなことが一切なく、モノが相手なので金銭面でカタがつくような失敗なのが救いなのかな~。

結局、ビンボー人のクセにこう言うのは何だが、よほどの例外は別としてお金で済むことなら「失敗のうちに入らない」ような気がするのは自分だけだろうか~(笑)。



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人間的な「ゆとり」を現わすものとは

2024年09月20日 | 独り言

欧米ではユーモアが紳士としての大切な品質証明となっており、危機的状況になったときに機知を発揮したり、精神の余裕、フレキシビリティを持つことが深い意味を持っている。

そうした人間的なキャパシティの面からすると日本人は国際的に見て”もうひとつ”といった感があるそうだ。

「世界の首脳・ジョークとユーモア集」(中公新書)  


                      

著者の「おおば ともみつ」氏は元大蔵省国際金融局長、財務官として数多くの国際舞台に立たれた方でその辺の豊富な経験を生かした著作。

そのうち、いくつか紹介。


☆ 「ご安心ください」

2000年代初めにワシントンで作られたのが次のジョーク。

米、仏、日の三人の首脳が、地中海の小島で余人を交えずに会議を開いていた。そのとき、米国土安全保障長官が「テロ」の危険度を最高レベルの「赤」にした。三人の首脳はテロリストに襲われることを恐れ、補佐官に助けを求めることにした。

米大統領は首席補佐官に電話した。補佐官は冷静に答えた。「大統領、ご安心ください。デルタ・フォースと海兵隊のヘリコプターを送りました。まもなく着くでしょう。ですから心配しないでください」。

仏大統領もパリの補佐官に電話した。補佐官が報告した。「大統領、ご安心ください。ワシントンで国土安全保障長官が「赤」を元に戻すよう、抗議の大デモ隊を組織しました。ですから心配しないでください」。

日本の首相も補佐官に電話した。補佐官が答えた。

「総理、ご安心ください。既に貴方の後任を用意しました。ですから心配しないでください」。
 

注: 当時の日本は1年おきくらいでめまぐるしく首相が代わっていた。

そして、現在、自民党総裁選挙の真っ最中だが、9名が入り乱れての大乱戦。当初は小泉進次郎さんの圧倒的なリードだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。

人間的な好き嫌いで言わせてもらうと、河野太郎氏は周囲の人間(お役人)に対してすぐに怒鳴り散らすという。いきなり感情を爆発させたり、相手を畏怖させて従わせるのは人間としてどうかと思うのでこういう人物に首相にはなってもらいたくない。

ずっと昔の話だが、テレビに出演していた元安倍総理が「政治家が人前で怒鳴り付けるのは絶対やってはいけないこと」と言ってたが、まったく同感。

パワハラで進退窮まった兵庫県知事はとうとう議会が不信任案を可決したけど、どう始末をつける積りなんだろう~。ま、いずれにしろ政治の世界で今後のカムバックはあり得ないでしょう。


☆ 言い訳は日本人の美徳?

「欧米人はジョークでスピーチを始める。日本人は言い訳でスピーチを始める」と言われる。

英国のチャールズ皇太子が「世界で一番古い職業は・・・」といって一呼吸おき、聴衆が皇太子の口から「売春」という言葉が出るのかと息を呑んだときに、「わが王室もその一つですが」と続けた話はそれをよく表している。

日本の皇室では、さすがにこのようなスピーチはお目にかかれないだろう。

☆ 宮澤家の会話

元首相の宮澤喜一氏(故人)の令嬢は米国の外交官と結婚している。英語に堪能な宮澤家の人々の間で次のようなユーモアが創られたという。

双子の兄弟が生まれたとき、兄の名前をピーターにした。弟の名前をどうしたらいいか。「リピーター」
にすればいい。

☆ 容易なる決断

自分の息子がどういう職業に向いているか知りたい男がいた。

ある日、聖書と一ドル紙幣とリンゴ1個を置いた部屋に息子を閉じ込めた。帰ってきたときに、息子が聖書を読んでいれば聖職者にしよう、リンゴを食べていれば農夫にしよう、一ドル紙幣をもてあそんでいれば銀行家にしようと決めていた。

帰ってみると、息子は聖書を尻の下に敷き、一ドル紙幣をポケットに入れ、リンゴはほとんど食べ尽くしていた。

そこで親父は息子を「政治家」にすることにした。

※ アハハ、 洋の東西を問わず「政治家」に対するイメージはだいたい似たようなものとみえる(笑)。



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仮説なき「チャレンジ」の是非

2024年09月19日 | オーディオ談義

本の題名は忘れたが、「学問とは 仮説→実験→検証 のサイクルで成り立つ」と書いてあったのを記憶している。

オーディオもれっきとした「物理学」の一環だから、このサイクルが適用されるのが望ましいのだろうが、何といっても「仮説」の立て方が難しい・・、実験と検証は簡単だけどね。

その理由は、やたらにシステムを取り巻く環境の「変数」が多過ぎることにある。

たとえば大雑把に言っても「部屋の形状と大きさ」「レコードかデジタルか」「アンプは真空管式か、TR式か」「スピーカーは大型か小型か」、そしてこれらをさらに個々の細部にわたって詰めようとすれば気が遠くなるような根気がいる。

そこで、これまでの経験を踏まえて大方の「勘」に頼ってチャレンジせざるを得ない。

少なくとも我が家ではそうである。

以下、その実例を述べてみよう。

何回も繰り返して書くようで気が引けるのだが、このところゾッコンなのがこのスピーカー。



あまりに気に入ったものだから、いつもの癖で「TRIAXIOM(トライアキシオム)」(英国グッドマン)のスペアが欲しくなった(笑)。

もちろんオークションでは確率からいって10年に一度くらいの出品だから期待薄・・、そこで(ネットで)いくつかのオーディオショップを覗いてみたが、案の定(じょう)すべて「売り切れ」だった。

それはさておき、その中にこういう画像があった。



あれ~、ユニットの中央に位置しているツィーターのホーンが縦になるように置いている~。

我が家ではいつも、床と平行になるように置いているのだがいったいどちらが正解なんだろう。固定観念としては横置きですよね。

これは自分の耳で聴いてみるに如くはない・・、この程度なら仮説も要るまい~(笑)と、さっそく「90度」回転させてみました。



やはり変わりましたよ。何だか左右のセパレーションが良くなり、奥行き感も増した感じ~。

オーディオは「あちら立てれば、こちら立たず」で、機器を入れ替えたときなどはプラスとマイナスの差引き勘定で判断することが多いが、今回の場合は「プラス」面ばかりのような気がする(笑)。

よしっ、これから「TRIAXIOM」はこの方式で行こう。

で、しばらく聴いているうちに、待てよ~「ウェストミンスター」(改)の上に載せているウッドホーンも「縦置き」にして聴いてみたらどうなんだろうと、ムラムラと挑戦心が沸き起こってきた~。

かなり本格的なウッド・ホーンの「縦置き」なんて、あまり見聞したことはないが、別にお金がかかるわけでもなし、ちょっとした手間で実験できるのだから やらない手 はない。

仮説を立てるのもいいけど、行動した方が手っ取り早く済む~(笑)。

かくして次のような姿に。



いやあ、興味津々で聴いてみたけど、音が随分変わりました!

まず、プラス面では、

「セパレーションを始め音響空間が広がった」「音がより澄んできた感じがする」「ホーンの能率が高くなりアンプのボリュームを一目盛絞り気味に~」

マイナス面では

「ハーモニー(音の混ざり合い)ではやや落ちる感じ」

で、プラス面とマイナス面を差し引き勘定すると、縦置きの方が圧倒的に好き~(笑)。

その理由をつらつら考えてみるに、「ホーンの上の部分の音が天井に向けて放射されていて音響空間が広がっている」、「平行に置いた時と比べて、部屋中のいろんな置物に当たって跳ね返る間接音が少なくなりスッキリ感が漂う」、ことぐらいかな~。

とはいえ、我が家で上手くいったとはいえ、各家庭ではシステム環境がそれぞれ違うので簡単にはお薦めできません。第一しっかりした仮説に裏打ちされてないし~(笑)。

そういえば、いつも参考にさせてもらっている「T」さん(東海地方)のブログにこういうのがありました。ご近所の「お寺さん」にこういう掲示があったそうです。



思わず、ドキッとしました(笑)。

「嘘」をつく積りは毛頭ないけど、「勘違い」は大いにありそうです。

このブログを安易に信じて遠回りをすることがないように、くれぐれもご用心くださいね(笑)。

最後に・・、このシステムだとバッハの「無伴奏チェロ組曲」が気が遠くなるほど上手く鳴ってくれます。

チェロとオーケストラだけは「大型スピーカー」の出番が大いにありです。

これ1台と冒頭に登場させたスピーカーがあれば、外のはもう要らないかもねえ(笑)。



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重さが浮かび、軽さが限りなく重い音楽

2024年09月18日 | 音楽談義

俳聖「芭蕉」に「命なり わずかの笠の 下涼み」(季語は笠)という句があるが、それをもじって「命なり ウォーキング後の 缶ビール」(季語はビール)(笑)。

今年は異常な猛暑だったが、ようやく次の3連休後くらいから涼しくなるみたいですよ。

さて、これまで50年以上にわたってモーツァルトの音楽を鑑賞し、同時に文献を読み漁ってきたので、自称「モーツァルティアン」としての自負心は誰にも負けないつもり~。

ん、「モーツァルティアン」って?

ほら、ワーグナーの音楽の熱狂的なファンを「ワグネリアン」と呼ぶが、それと一緒です。

で、先日出かけた図書館の新刊コーナーで目に触れたのがこの本。



著者の「
高橋英夫」さんといえばモーツァルトの愛好家兼研究家として名前だけはよく存じ上げているが、たしか10年ほど前にお亡くなりになったはずなので遺稿集のようだ。

「上から目線の物言い」になるが、モーツァルトに関して大概のことは把握しているので、どうせ目新しいことも書かれてないだろうから借りようか、どうしようか・・。

一応試しに本を取って「目次」をぱらぱらとめくってみたところ、「私のモーツァルト・ベスト5」という項目があった。

ウ~ム、どれどれ・・。

その人の好みの曲目を見れば、ほぼ「愛好度のレベル」がわかる。

で、その順位とは次のとおりだった。

1 「魔笛 K620」 ベーム/ベルリンフィル

2 「ヴァイオリン・ソナタ K526」 シェリング/ヘブラー

3 「交響曲25番 K183」 ワルター/コロンビアpo

4 「デュポールのメヌエットによる変奏曲 K573」 ハスキル

5 「春への憧れ K596」 シュワルツコップ/ギーゼキング

ウ~ム、「魔笛」が1位とは・・、お主(ぬし)なかなかやるな!(笑)

「クラシックの鬼」と称された「五味康佑」さんの「好きなクラシック・ベスト20」の中でも「魔笛」が一番だった。

ただし、魔笛以外の曲目はどうもベスト5に入れるほどではないように思える。

で、「それならお前のベスト5は何だ?」と訊かれたら次のとおり。

1位 「魔笛」 ハイティンク指揮/バイエルン放送交響楽団

2位 「ドン・ジョバンニ」 フルトヴェングラー指揮・ベルリンフィル

3位 「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 K364」 五島みどり/今井信子

4位 「踊れ、喜べ汝幸いなる魂よ K165」 コープマン指揮

5位 「ディヴェルティメント K136」 コープマン指揮

3位以下は、その日その時の気分次第によるところが多いけどね~(笑)

モーツァルトの音楽にほんとうに親しもうと思うのなら第一にオペラでしょうよ・・、それには「魔笛」と「ドン・ジョバンニ」は絶対に外せない。

ある専門誌に「どうしようもないモーツァルト好きはオペラ・ファンに圧倒的に多い」とあったが、まさにその通りだと思う。

とまあ、いろいろ言ってみても高橋さんが「魔笛」を1位に推されるとは一目置きたくなるし、うれしくなったので借りてじっくり読むことにした。

以下、記憶に残った個所を記録しておこう。

173頁「私の実感ではモーツァルトはどんな気の合った仲間でも、いかに親密な相手でも人と一緒になって心を合わせて手と手を握り合って聴く音楽ではない。ひとりで聴く音楽、それがモーツァルトの音楽のように思われる」

※ これには思い当たる節が大いにあります。オーディオ仲間と試聴するときに自宅であろうと相手宅であろうとモーツァルトを聴くのはどうも気が進まない。なぜだかわからないが、自分だけの殻の中にひっそりと閉じこめておきたい音楽なのだろうか・・。

201頁「もっとも短くて見事なモーツァルト論は僅々600字余りからなる林達夫の「遊戯神通(ゆぎじんつう)の芸術」という文章である。

これは中央公論社から出たレコードの「モーツァルト大全集」の内容見本に寄せられた推薦文だが、林達夫が現代芸術批判から入っていって、一息でモーツァルトを言い切っているのに感嘆する。

だがこの文章は単行本に入っていないので断念し、代わって西欧人が達成した見事な典型としてカール・バルトの本を挙げてみることにした」


202頁「神学の大家バルトは毎朝まずモーツァルトを聴き、それから神学の著作に向かうと述べていたし、”重さが浮かび、軽さが限りなく重い”のがモーツァルトだとも言っていた」

※ 不世出の天才「モーツァルト」の音楽に対して各人各様の想いがあると思うが、彼の音楽を解くカギは「天馬空を駆ける」ような疾走(軽さ)、そして「涙が追い付かない悲しさ、はかなさ」(重さ)を感じとれるか否かに尽きると思っている。

で、この程メル友の「K」さん(横浜)から「カール・バルト」の本を借りる運びとなりました! 今週中に到着の予定です。

211頁 「先生は弦の組み合わせの曲がお好きなんじゃないですか」と訊かれた評論家小林秀雄はこう答えている。

「そうかもしれないね。カルテット、クィンテットに好きなものが多いな。変わったものじゃヴァイオリンとヴィオラの二重奏曲など好きだなあ、弦楽器というのは本当に人間的な感じが強いものだ。それにくらべてピアノは機械的すぎるんじゃないかな」

212頁「僕(作家:大岡昇平)はモーツァルトが好きなことで人後に落ちないつもりである。個人的にはヴィオラの入ったK364がどうも好きだ。昭和12年ごろ、コロンビア盤をすり切ってしまったことがあるが20年経った今日でも趣味は変わらない」

稿を改めて「一番よく聴くのはK364である。初めて聴いたのはコロンビアの10インチ盤で緑のラベルが貼ってあった。演奏は忘れたがヴィオラはプリムロースだったはずである。これは小林秀雄が持っていた盤で、毎日少なくとも一度聴いていたらすり切れてしまった。(そのころ私は蓄音機を持っていなかったので毎日鎌倉の小林さんの家へ行って聴いたのである)」

※この曲目「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲K364」は自分でもベスト3にあげているほどで大岡さんとはとても気が合いそう~。

とまあ、以上のとおり小林さんや大岡さんなどかっての文壇の大御所たちのモーツァルトへの傾倒ぶりを知ることができて本書は予想以上の収穫だった。

しかるに、現代の作家たちや評論家たちから「モーツァルト礼賛(らいさん)」があまり聞こえてこないのは淋しい限り~。

一般人ならともかく、「美意識」を生業(なりわい)としている人たちなんだからもっと多く居ても不思議じゃないと思うんだけどなあ・・、あの村上春樹さんでさえモーツァルトは分かっていないみたいだし、ま、仕方がないかな(笑)。



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危うい綱渡り

2024年09月17日 | オーディオ談義

つい先日のオーディオ記事「理想の音は極く身近なところにあった」は、いつになく力を入れて投稿したものの意外にもアクセスが低調で結果的には「空回り」に終わった。

どうもオーディオ記事は好不調の波が激しい~。言い換えると、ブログ主の想いが読者に届かないことが多い!(笑)

いったい、なぜ・・、その原因を考えるだけでも「頭の体操」になって「ボケ防止」になるのでありがたいことではある。

前回のブログ「三冊の本」の中で「己の欠点を客観視できる人間は創作力がある」と紹介したが、そもそもそういう機会に恵まれるのも「ブログ」あってのこと~。

そういえば、先般投稿した「詐欺メール」について、南スコットランドの「ウマさん」から次のお便りがあった。

「ほんとに多いですよねえ、詐欺メール。
アメリカン・イクスプレス、イーオン・カード、三井住友カードその他のカード会社が、御利用内容の確認などと称して、詐欺メールを、スコットランドの田舎にも山ほど送ってきます。僕はアメリカン・エクスプレスもイーオン・カードも三井住友カードも持ってません。持ってないのに、確認など、どうやってするの?

最近、笑っちゃったのは、東京電力です。

「電気料金1650円のお支払いがまだでございます。以下をクリックして内容を確かめた上、至急、お支払いください」

へぇー、東京電力はスコットランドの田舎まで、電気を届けてくれるんや。すごいよねぇ〜(笑笑笑)

しかし、これだけは間違いなく言えます。
人を騙そうとする輩にグッドラック、つまり幸運は来ない!
1円にもならないのに、人を楽しませるブログを、毎日毎日、せっせと更新する方にこそ、グッドラックは訪れますぞー!」

以上のとおりで、ポイント的には最後の部分を紹介したかったわけだが、 「グッドラック」は、たぶん「ボケ防止」に役立つことだと思っています~(笑)。

で、オーディオ記事へ戻ろう。

先日のブログで「理想の音」だと紹介したこのシステム。



聴けば聴くほどに素敵な音です! 

他人に聴かせるのは何だかエネルギーが吸収されて音が薄くなりそうなので秘蔵したいほど・・(笑)、その一方では「ジャズ愛好家」には受け入れられない音のような気がしている。

なぜなら「力感」や「迫力」とは縁遠く、繊細で美しい「ハーモニー」に重点を置いたスピーカーなので、完全に「クラシック」向きだろう。

オーディオは自己満足の趣味なので、それでいいと思っているが「物理的な欠点」には目を瞑っていられなくなる。

で、その欠点とやらを詳述しよう。

駆動するアンプをいろいろ試してみた結果、「ベスト1」に選んだのはこのアンプだった。



ところが「好事魔多し」・・、ある曲目でかなり強力な「アタック音」が入ったときに音が歪み気味になって、ザザっとノイズが出るのだ!

もうガッカリ~、惜しいなあ・・、年から年中その曲目を聴くわけでもないし、(その曲目を)聴くときだけ我慢すれば済む話だけど、どうも気になる、これがオーディオマニアの「業」というものだろう。

やっぱり「小出力」の真空管アンプでは無理かな・・、アンプを代えようかと思ったのだが、「待てよ~、その前に整流管だけ代えてみよっか・・」と一縷(る)の望みをかけてみた。

今さらの話だが、「整流管」は交流を直流に替える役目を担っており、質的にも量的にもきちんとした電流をアンプに届けなければいけない(そうだ)。

家の建築に例えると、基礎になる土台に当たる箇所といっても過言ではなかろう。となると、前段管が「玄関」に当たり、出力管は「大黒柱」かな~(笑)

で、話は戻って違う型番のかなり大きめの整流管(RCA)に挿し代えてみたところ、何とまったく「歪み音」が消えてしまったのである。

なんだ、原因は「整流管」だったのか・・、愕然としましたな!(笑)。

もう「オールなす管」だと、悦に入るどころではない、見かけよりも実利優先だよねえ~。

というわけで、最終形はこうなりました。



ついでに中央に位置する出力管も定評がある「3A/109B」(英国STC)に代えちゃいました。

今回の出来事で、改めて「整流管」の大切さを痛感しましたぞ!

それにしても薄氷を踏むような「危うい綱渡り」の連続だなあ・・、真空管アンプはこれだから面白い(笑)。


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返却期限が過ぎた三冊の本

2024年09月16日 | 読書コーナー

土曜日(14日)の朝のこと、図書館から突然の電話があった。

「3冊の本が借り入れ期限を過ぎています。うち1冊に予約が入っていますので、至急返却をお願いします。」

「あっ、どうもすみませ~ん・・、すぐに返却に行きます。」「すぐって、いつになりますか?」 おっ、意外にも詰めてきたな(笑)。「ハイ、明日までには持っていきます」

誠実だけが取り柄の(?)人間に「二言」は許されない・・、さあ、大変~(笑)。

3か所の図書館からいつも「意地汚く」目いっぱい借りてくるものだからこういう破目になる~、借入期間の2週間はブログ主にとっては短すぎるのだ(笑)。

読まずにそのまま返すのはシャクなので、土曜日は一日中読書に耽った。



折角なので記憶に残しておきたいことをメモっておこう。

まずは「本屋大賞」から~。内容は全国の本屋の店員さんが推すランキングの発表だが、2024年の大賞の「ベスト1」は「成瀬は天下を取りに行く」が ぶっちぎり だった。

おそらく、今は予約でいっぱいだろうから一段落してから読ませてもらうとしよう。

注目すべきは11位の「なれのはて」についてで、ある「本屋の店員」さんの注目すべきコメントがこれ。(43頁)

「一枚の絵から始まるミステリ。軽く読み始めてみたがぺージをめくるたびにどんどん引き込まれていった。悲劇、正義、後悔、一枚の絵に秘められた真実が重く、悲しく、心が痛く感じましたが、最後は温かい気持ちになれました。

戦争、家族、仕事、人間関係・・、個人の想い、恋・真実などがわかるたびに没頭していき、何度胸が熱くなり涙したことか。

一気に最後まで読みたくなってしまう1冊です。そして読み終えた今、また初めからじっくりと読み始めたくなります。」

以上のとおりだが、さすがに本好きの店員さんですね・・、つい読んでみたくなる表現力に恐れ入りました。

次に、「読書人カレッジ」から~。

「第5講」に「読書とは終わりのない旅である」というタイトルがあった。(92頁)。つい共感を覚えて・・、一読~。

著者は漫画(劇画も含む)の編集者として活躍された方だったので「手塚治虫」「さいとう・たかお」「白土三平」の思い出話に興味を惹かれた。

「手塚さんはかなり変な人で、私が会った中では本物の天才でした。ただし、なかなか描かないし、締め切り直前にいなくなる、原稿が遅い、落ちそうになる、という噂もほんとうでした。」

「ゴルゴ13のさいとうさんも担当しました。ほんとうに大人物で、戦国時代に生きていたら天下を取るようなタイプの人です。編集者に一生懸命に劇画の作り方を教えてくれました。私のような若造が担当になっても、同格のパートナーとして扱ってくれたのです」

「白土さんは1960~70年代にいちばん注目された作家です。マルクス理論を取り入れた”カムイ伝”という忍者漫画は当時の学生運動家のバイブルでした。大人が普通に漫画を読むきっかけとなったのは、白土さんと手塚さん、さいとうさんの業績です。

白土さんは田舎に住んでおられてまるで隠遁者みたいな生活をしていました。何と言いますか、人嫌いだけどいい方でした。私は漫画の中で白土三平の作品がいちばん好きだったんですが、人間も魅力的でした。」

実に懐かしい・・、上記の3名に加えて小島剛夕さんの「子連れ狼」も大いに楽しませていただきました。

次いで、読者からの「質疑応答」がありました。

「作家や漫画家になりたいと思ったとき、自分に才能があるかないのかを見極める方法はあるのでしょうか。才能がないと自覚しても諦めることができない場合は、どうしたらいいでしょうか?」

これに対して、

「自分に欠けているものが何か分かる人は、才能があると思います。完成した作品を前に、自分は凄いと考えるのではなく、こういうことが苦手だ、ここが欠けていると判断できる。

マイナスなことを言っているようですが、自分に足りない部分を判断できる人こそ、創作の才能を持っています。先ほども言いましたが、アマチュアとプロの違いは最後まで捨てずに創作を続けられるか否かです。~以下略~」


オーディオも同じで、本格的なマニアとなれば好みの音質に足りない部分を常に意識して把握できるかどうかが大切なポイントだと思う。「アラ探しの名人」なら、十分資格有りだと思うのだがどうなんだろう~(笑)。

最後に、「ふくらむ読書」から、「京都で買った中山康樹のジャズメンとの約束」(86頁)。

京都旅行の際、たまたま立ち寄った「古本屋」で「中山康樹」(故人:スィング・ジャーナル編集長)さんの著作「ジャズメンとの約束」を100円で購入したことから始まる。

「89頁」にこうある。

「本書の冒頭に登場する「フレッドの日課」がいきなりいい。マンハッタンの中古レコード店主のフレッド・コーエンの話。彼の仕事は早朝の新聞を広げるところから始まる。

目に鋭さが増すのは「訃報」欄。次々と人物名を抜き出し、年齢と場所でターゲットを絞り込む。そして片っ端から遺族に電話を掛けるのだ。友人のふりをしていつものセリフを口にする。

「ご主人、ジャズのレコードをコレクションされてはいなかったでしょうか」

思わず笑いがこみあげてきました。

持ち主が大切にしているものを手に入れようと思ったら、存命中はとても無理な相談なので亡くなったときがまさに狙い目~。

で、ブログ主の場合だが、虎視眈々と狙われている機器があるとすれば光栄なんだけど、はたしてどうなんだろう。

そういえば「回路図」のない真空管アンプや名の知られていない人が作ったアンプなんて「二束三文」だそうですよ(笑)。



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