このところなかなか面白いミステリーに出会えなかったが、「待てば海路の日和あり」でとうとう巡り会えたのはうれしい限り。
本書の時代背景は英国がインドを支配統治していた1919年に設定されている。カルカッタの繁華街の路地裏で英国政府高官が見るも無残に惨殺されたが、いったい真犯人は誰か、そして動機は何か・・。
この解決を妻の死とともに人生に疲れ切ってインドに赴任したベテランの英国人警部と、その助手として「インドの独立を夢見るインド人刑事」の二人が当たっていく。
ストーリーが当時のインドの英国からの独立運動を絡めて展開されており、その過程で支配する側の英国人と支配される側のインド人との葛藤が細かく描かれ実に重厚な味を醸し出している。
著者はインド系2世の英国人だそうだが、いわば「民族の興亡」という大きなテーマによって作品の奥行きがより一層深くなっている感がある。
「贔屓の引き倒し」は拙いので、まずは読み終えた方々のネットの読書感想を紹介させてもらおう。
✰ 第一次大戦直後の英領インドで本土出身の警部が政府高官殺害事件の真相を追います。この時代の英国人の複雑な立ち位置を情緒たっぷりの都市描写の中に織り込んで表現しており、推理とかよりもそっちの方の書きっぷりに心奪われました。
良く書けたミステリーなどという評に留めたくない、この舞台ならではの吸引力を持つ作品だと感じます。もし続きがあるならばまた読みたいと思わせてくれた一冊でした。
✰ イギリス統治時代のインドが舞台で、当時の状況などまったく知らないので、読んでいてとても新鮮だった。ときどき中学校時代の教科書に出てきた事件が出てきて、そういえばこんなのを習ったなあ、などということもあった。
社会的背景が登場人物たちの行動に影響を及ぼし、事件が起こる原因にもなる。知らない国の知らない時代のミステリーは読んでいてまったく飽きない。
✰ 普段ミステリーというと現代の英国か米国のものしか読まないので、舞台がエキゾチックなカルカッタというだけで冒険感がある。そして特筆すべきは何と言ってもテンポの良さ。
その時代の政治が絡む小説は、ともするとくだくだしくなり勝ちだが、この作品は読んでいて失速することが一切ない。文章が軽いというよりもイベント間の繋がりが滑らかなので噛みごたえも充分。密度と軽快さを兼ね備えるというのは簡単なことではないように思う。
イギリス統治下インドを舞台にした一級歴史ミステリー。ほろ苦い終幕にも打たれた。作者の知性が冴え渡る傑作!
これ以上の感想は不要でしょう。たいへん好評ですから「興味のある方は一読されても損はありませんよ」と保証しておきます。
最後に、173頁に次のような一節があった。
当時、インドに在住していた英国人は15万人だが、これだけの人数で3億人ものインド人をなぜ支配できたのか、その理由を「インド独立運動家」は英国人の警部に向かって滔々と次のように述べる。
「それは道徳的な理由が保たれているからです。ごく少数の者が圧倒的多数のものを支配するためには、支配者は被支配者に対しその優位性を示す必要がある。
その中には身体的優位性や軍事的優位性だけではなく、道徳的優位性も含まれる。そしてそれ以上に大事なのは被支配者が自分たちの劣等性を認め、支配されるのが身のためだと信じるようになることです」
ふと、高校時代の社会科の時間に習ったことを思い出した。
民族興亡の歴史における支配と被支配については「支配する側だけの論理ではなく、支配される側にも受け入れるそれなりの理由がある」
英国はインドを百年以上に亘って統治したが、現代のインドがかっての宗主国に対して当時のことについて恨みがましい言動をしたことをいっさい見聞したことがない。
それにひきかえ、お隣の国はたかだか日本国による35年間の統治に対していまだにしつこく何やかや言ってきている。
これは、はたして国民性の違いなのか、それとも国家相互間の地理的な距離のせいなのか、そして「終戦」という他力本願のような形での独立に対してコンプレックスを持ち続けているせいなのか、本書を読んだ後にしみじみ考えさせられたことだった。
簡単に引っ越しするわけにもいかないしヤレヤレ(笑)
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