ドレスデン・シュターツカペレ(ドイツのオーケストラ)の第一ヴァイオリン奏者「島原早恵」女史のウェブサイト(SAE SHIMABARA)をちょくちょく覗いている。
第一線で活躍している演奏家、しかも活躍の舞台がレベルの高い外国での名門オーケストラともなればその生の情報はとても貴重だ。演奏者の視点からみた指揮者の品定め(2008・1・23付けNo.53)や最近ではプレートル(指揮者)への賛辞など通常では得がたい情報が手に入る。
とにかく世界最古の歴史を誇るドレスデン・シュターツカペレの日本人奏者は創立以来彼女が始めてとのことでその努力とチャレンジ精神に大いに拍手。
彼女の経歴を覗いてみよう。
桐朋学園大学卒業後、ドイツミュンヘン国立音楽大学大学院へ留学、同音楽院マイスターコース(最高課程)修了。2002年にドイツ国家演奏家資格を取得とある。
さて、ここでクウェスチョン?
「ドイツ国家演奏家資格」というのは一体何だろうか。いかにもドイツらしい四角四面の言葉だが、音楽を演奏するのに資格が要るなんて聞いたことがない!
検索してみると、「goo教えて」に次のような質疑応答があった。
質問
「国家演奏家資格っていうのは、どこの国で必要で、どんな風にすれば取れるんですか?」この質問に対して次の2つの回答があった。
回答1
「ドイツにそんな資格があるのを聞いたことがあります。相当難しいテスト(実際の演奏)のようです。聞いた話では東京芸大と桐朋のピアノ科の人ばかり6~7人が受けたところ1人しか合格しなかったそうです。」
回答2
「トロンボーン奏者堀江龍太郎さん(同資格取得者)のURLの記事にあった話として、大学院を卒業すると「ドイツ国家演奏家資格」が自動的に授与されるが、大学院の卒業試験が生半可なものではなく、成績が悪いと強制的に中退させられるという。ドイツでは、大学院を卒業した場合を除いて、「国家演奏家資格」試験を受けなければならないようです。」
以上で少しばかり分かってきた。
ドイツでは国家的な見地から独自の制度にもとづき先人の遺した偉大な遺産(楽譜)を簡単に穢(けが)されないように、さらには音楽芸術の表現にあたってきちんと一定の水準以上に保持していく仕組みをちゃんとつくっているのだ!
文学や絵画ではどんな小説や絵を描こうと始めから個人独自の創造の世界なので自由勝手なのだが、楽譜の存在が前提となる(間接芸術としての)音楽に限って成り立つ話。
さすがにバッハ、ベートーヴェン、ブラームス(「ドイツの3B」)、ワーグナーといった大作曲家たちを輩出した国だけのことはある。音楽芸術に対する考え方、位置づけがまるっきり我が国とは違っているようだ。
ここで、ずっと以前のブログでも紹介したが、20世紀における名指揮者のひとりブルーノ・ワルターの警告を少々かた苦しくなるが引用しよう。
いまや芸術に対して社会生活の中で今までよりも低い平面が割り当てられるようになって、その平面では芸術と日常的な娯楽との水準の相違はほとんど存在しない。
本来芸術作品が持っている人の心を動かし魂を高揚させる働きに代わり、単なる気晴らしとか暇つぶしのための娯楽が追い求められている。
これらは「文明」の発達によりテレビやラジオを通じて洪水のように流れ、いわゆる「時代の趣味」に迎合することに汲々としている。
こうなると文明は文化の僕(しもべ)ではなくて敵であり、しかもこの敵は味方の顔をして文化の陣営にいるだけに危険なのだ。
やや回りくどい表現だが、一言でいえば「もっと芸術に対する畏敬の念や位置づけ、支えをしっかりしてほしい」ということだろう。
さすがにドイツでは「国家演奏家資格」を通じてこういう風潮を防止し、音楽芸術を大切にしていく姿勢を鮮明にしているところがやはり大したもの。
因みに前記の島原さんのドレスデン便りによると国家演奏家資格を持っているだけで芸術家として認められ、ビザの更新にあたっても特別室に案内されるなど下にもおかぬ待遇だという。
こういう姿勢は音楽家を尊敬されるべき職業として高い位置づけにしている、あるいはしていこうとする狙いをも明確に物語っている。
翻って、日本ではどうだろうか。
あえて似たような制度といえば、「日本芸術院」というのがあるが、第三部の「音楽・演劇・舞踊」部門でも音楽家は極々一部の存在で、過去では「岩城宏之」〔故人:指揮者)さんくらいのもので、名誉職としてはいいかもしれないが音楽の発展に寄与するという面ではとても実質的に機能しているとは言いがたい。
もともと、日本ではクラシックとかオーディオはたいへんマイナーな存在。音楽家を育てるよりもむしろ愛好者の裾野を広げることのほうが先決かもしれない。
五味康祐さん(故人:作家)のような先達がいてくれて、音楽とかオーディオ全般にわたって広く啓蒙してくれるとたいへんありがたいのだが現在ではとても望むべくもないこと。
本来の音楽好きで表現力に優れた音楽評論家とか”商売気”抜きのオーディオ評論家の出現が切に待たれるが、一つの対策としてこういう方々に自覚と権威を持たせる意味で「資格試験」を導入するというのはいかがだろうか(笑)。