学生時代、数学にはあまり興味が持てなくて、しかたなく入学試験のためだけに勉強した記憶があるが、卒業してしまうとすっかり脳裡から消え去ってしまった。
しかし、「世にも美しい数学入門」(2005年4月刊行。ちくまプリマー新書)を読んでみて数学という学問の面白さの一端にふれる思いがした。
著者は藤原正彦氏と小川洋子氏で、この本はお二人の対談形式で進められている。
藤原正彦氏:お茶の水女子大学教授、数学家、大ベストセラー「国家の品格」の著者
小川洋子氏:1991年「妊娠カレンダー」で芥川賞受賞、「博士の愛した数式」の著者。つい先日(4月26日)のニュースで芥川賞選考委員に選出。
この本の中味を一言で言えば「数学の美しさと真理の世界」を一般向けに噛み砕いて分りやすく言及したものである。内容をかいつまんで紹介しよう。
構成は次のとおり。
≪第一部 美しくなければ数学ではない≫
1 恋する数学者達の集中力
2 数学は役に立たないから素晴らしい
3 俳句と日本人の美的感受性
4 永遠の真理の持つ美しさ
5 天才数学者の生まれる条件
6 「博士の愛した数式」と「友愛数」
7 ゼロはインド人による大発見
8 「完全数」と江夏の背番号
9 「美しい定理」と「醜い定理」
10 「フェルマー予想」と日本人の役割
≪第二部 神様が隠している美しい秩序≫
項目省略
以上の項目を見ただけで、おおよそ内容の想像がつくと思うが特に面白いと思った点を抜粋してみよう。
3 あらゆる学芸の中で国際水準から見て日本が最も強いのは文学、それから何歩か遅れて数学。数学が何故強いのか。それは日本人の優れた美的感覚にあり、俳句のおかげという説あり。たった17文字から大自然、宇宙全体を表現できる。
4 三角形の内角の和は180度。これは数学の特質が持つ永遠の真理の一例。他の分野ではどんな真理でも時代の産物でその場限りの存在にしかすぎない。
5 天才数学者の生まれる条件は次の3つを満たすこと。
①何かにひざまずく心を持っている
②子供の頃から身の回りに美しいものを見ている
③物欲を持たない、精神性を尊ぶ気風
6 友愛数とは→一番小さな組み合わせとして220と280の数値が友愛数である。220の約数は自分を除いて1、2、4、5、10、11、20、22、44、55、110で全部足すと284になる。一方、284の約数は同様に1、2、4、71、142で全部足すと220になる。
7 ゼロには3つの役割がある。
①位(くらい)を表わす
②ものさしで計るときの出発点
③なにもないこと。
ゼロを発見したのはインド人。何もない概念はヨーロッパでは無理で東洋じゃないと発見できない。これはアジア人の勝利。
8 完全数というのは約数を全部足すと自分自身になる数字。一桁の場合は6だけ。つまり1+2+3=6、同様に2桁では28、3桁では496、4桁では8128、その次の完全数は8桁になる。因みにこれらは連続した自然数の和でも表わされる。例えば28=1+2+3+4+5+6+7。
著作「博士の愛した数式」の成り立ちのキーポイントは江夏の背番号が28であることだった。
10350年間余に亘って難問とされた「フェルマーの最終定理」がイギリスの数学者ワイルズによって1993年に証明されたが、もとになったのは日本の数学者が発見した「谷山=志村予想」と「岩澤理論」だった。
ここで、著者の「あとがき」をそっくり引用させてもらおう。
物質主義、金銭至上主義がはびこる中で、現代では物事の価値が役に立つか立たないかで判断されるようになった。小学校から大学まで強調されるのは実学ばかりである。
本書では、この風潮に一矢を報いんと高貴な学問の代表である数学の復権を試みた。学校の数学では基本概念を理解しそれを用いて問題をすばやく解くことが重視され美しさを鑑賞するまでには至らない。本書ではその美しさを中心テーマとした。
数学や文学や芸術で最も大切なのは「美と感動」だと思う。これらは金儲けに役立たないし、病気を治すのにも、平和を達成するのにも、犯罪を少なくするのにもほとんど役立たない。
しかし、果たして人間は金儲けに成功し、健康で、安全で豊かな生活を送るだけで「この世に生まれてきてよかった」と心から思えるのだろうか。
「生まれてきてよかった」と感じさせるものは美や感動をおいて他にないだろう。数学や文学や芸術はそれらを与えてくれる点でもっとも本質的に人類の役に立っている。読者が本書を通じてそんな著者の想いを感じていただければ幸いである。
以上、この「あとがき」に付け足すものは何もないが、そういえば、じぶんが何ら生活の足しにもならない「音楽とオーディオ」を通じて約40年間に亘って追い求めているのも「美と感動」なのかもしれない。