「特捜崩壊~墜ちた最強捜査機関~」(2009.4.9、講談社)
著者の「石塚健司」(いしづかけんじ)氏は早稲田大学政治経済学部卒業後、産経新聞社に入社。司法記者クラブ詰め(検察担当)、司法クラブキャップなどを経て平成14年7月から社会部次長。
その石塚氏によると近年、「日本最強の捜査機関」である特捜部がおかしくなっているという。
特捜部といえば政財界に巣食う病巣に容赦なくメスを入れ、問答無用で除去する権限を与えられた強力な組織。逮捕権と起訴権を併せ持ち過去、ロッキード事件、自民党の大物だった金丸信の脱税事件などいわば日本の世直しともいえる大事件の摘発を行ってきた輝かしい(?)歴史を持つ。
戦後日本の健全な発展を支えてきたのだという強い自負と使命感のもと特捜検事には法律という武器を駆使する知力、供述を引き出す気迫とともに何よりも病巣の本質を見抜くたしかな眼力が求められる。
しかし、一般国民にとって非常に分かりづらい厚いベールに包まれたともいえるこの特捜部が今や変質をきたし機能不全の徴候すら見受けられるという指摘が各方面からなされているという。
「難しい捜査を組み立てて指揮管理できる人材が不足している。要するに素人だ」(元東京地検特捜部幹部)
「最初に描いた筋書きに強引に当てはめて事件を作っている。恫喝的な取調べが度を超している」(元東京地検特捜部幹部)
「事件の処理能力自体が著しく落ちた。経験不足を露呈している。」(国税局当局)
「もはや捜査のプロ集団ではない。持ち込まれた情報の裏に何があるかを見抜ける人がおらず安易に事件を組み立ててばかりいる」(警視庁筋)
といった具合。
個人的にはつい最近の民主党小澤一郎前代表の秘書逮捕事件だって、これを突破口に小澤氏をめぐるもっと大きな事件に切り込むだろうと思っていたら「泰山鳴動してネズミ一匹」に終わる気配が濃厚だが、こういう特捜部の弱体化については決して他人事ではなく大いに注視されるべき問題だと思う。
もちろん、やりすぎは困るが特捜部がしっかりしてくれなければ政財界の巨悪が見過ごされてしまい一方的な「強い者勝ち」の世界になって公平な世の中の実現は望めないと心配するのは自分だけではあるまい。
特捜部がこうした批判を浴びるようになった原因について著者はこう分析する。
まず外的要因として、
1 時代背景の変化
捜査対象となる政治家や企業の体質も昔とは様変わりしつつあり捜査のメスが入る疑惑の構造も複雑・巧妙化してきている。
2 一般の協力を得にくくなった
かっては任意の事情聴取や資料提供に多くの人や企業が快く応じてくれたが、今は脅したりすかしたりが必要だ。
などが挙げられるが組織を変質させる要因の大元が人事にあったことは明白と著者は言う。
「捜査の職人が消えた」
ここ10年ほどの間に法務・検察の組織における特捜部の位置づけはかなり変化し、それは人事制度に露骨に表れてきた。
戦後の草創期から昭和60年代頃まで「特捜検事一筋」として概ね経験10年以上の精鋭が集められていたが平成に入ると在籍期間は徐々に短くなっていく。そして幅広い人材に特捜部を経験させ1~2年在籍すると畑違いの分野に異動していくパターンが多くなっている。
「お役所」の性格を知ろうと思えば幹部がどういう順番に偉くなっていくかを見ていくとおよそ見当がつくものだが、法務・検察ばかりは傍から見てもなかなか分かりづらいものがあったがこの本を読んでよ~く分かった。
法務・検察の組織は特捜部で頭角を現した人たちの「捜査現場派」と法務省の行政職でキャリアを積んだ「赤れんが組」の二つの流れに色分けされる。
法務・検察の認証官ポストには人事異動の慣例に基づく序列が次のように出来上がっている。
最高位の「検事総長」以下、「東京高検検事長」→「大阪高検検事長」→「最高検次長検事」→「法務事務次官」→「名古屋高検検事長」・・・と続いていく。
「捜査現場派」の検事のポストといえば最高検次長検事や大阪、名古屋などの検事長などで、「赤れんが組」については法務事務次官から東京高検検事長を経て検事総長に就くというコースが定着している。
法務官僚の要職も、官房長→刑事局長→事務次官というエリートコースが確立されているので「未来の総長は四代先まで決まっている」といわれてきた。
こうした硬直した人事に対して不満がくすぶるのは必定で法務と検察の垣根を低くし風通しを良くする努力が行われてきた反動が「捜査の職人が消えた」という事態の一因になっているという。
こうした状況に鑑み、法務・検察当局は21年春以降の人事で特捜部の立て直しに力を入れていくというが元の姿に戻るには相当な時間を覚悟せねばなるまい。
さて、どんな組織の維持発展にも試行錯誤はつきものだが結局は「人のヤル気」次第。それを引き出すような環境づくりが焦眉の急のような気がするが。
最後に(これまで)語られたことのない秘話が紹介されている。(189~190頁)
戦後最大の疑獄事件として有名なロッキード事件ではロッキード社から日本政界へ30億円といわれる工作資金が流れたとされるが、丁度その時期にある大手銀行支店の調査で疑わしい無記名の預金口座が発見され2億円あまりの入金が確認された。口座の主は田中角栄とは別の有力政治家の疑いが濃厚だったが諸般の事情で捜査が見送られた。口座の主と目された政治家はのちに宰相の座まで上り詰めた。関係者によると「お墓の中まで持っていく秘密」とされるが、当時の状況から推察するとこれが「誰」であるか、もうお分かりですよね~。