前回からの続きです。
ミステリーの3作目がこれ。
☆ 鍵の掛かった男
もうベテランの域に達するミステリー作家「有栖川」(ありすがわ)さんの作品だが、読み始めると止まらず一気読みしてしまった。若い頃ならいざ知らず、歳を取ってからのこういう舞い上がり方は珍しい。
本書の概要は次のとおり。
有栖(作家)はある大御所作家から、大阪・中之島の小さなホテルの一室で亡くなった男の死の真相を名探偵「火村」と共に探るよう依頼される。
とうとう断りきれずに聞き込みを進めるもののなお多くのベールに包まれている男の過去にはいったい何があったのか、なぜ男は中之島の沢山あるホテルの中で同じホテルに5年間も泊まり続けたのか、そもそもこれは自殺なのか他殺なのか。
複雑怪奇ともいえるハードな過去を抱えた被害者の秘密を関係者から聞き取り、少しづつ解き明かしていくことで、一歩一歩事件の真相に迫っていく。
ラストがちょっと軽くなるのが惜しいが、これ以上書くと種明かしになるのでここまでにしておこう。
なお、本書ではミステリー論が対話形式で述べられているところが興味深い。(206頁)
「ミステリーというのは、何でもかんでも割り切れる小説だと考えていいんですか?」
「はい。そこが非文学的で深みがないから詰まらないと思う人もいるみたいですけど、判ってもらえなかったら仕方がない。文学は答えのない謎を扱いますけど、ミステリーは答えのある謎を扱っているんですから。」
「どう生きるべきか、愛や友情とは何か。そういうのが答えのない謎ですね?」
「テーマは何ぼでもあります。世界や社会とは何か。家族とは何か。赦しとは何か。そんなもん、唯一無二の答えがあるわけはないから、読者の考えが広がったり深まったりしたらええわけで、読んだせいでかえって疑問が膨らむこともあります。文学作品を最後まで読んで“これしかないという答えになってない”と怒る人はいませんよ。」
「けど、ミステリーやったら“こんな真相は納得いかん”と、怒られることがある?」
「そこを楽しむためのものですから、えらい叱られます。~以下略」
そういえば芥川賞作家の「平野啓一郎」氏が以前出演されたテレビ(BS-TBS:「世界の名著」~マルテの手記~2015.11.26)の中で「(文学は)判らないことが尊い。」という趣旨のコメントをされ、それがいまだに耳に残っているが、この世の中は何でもかんでも快刀乱麻のように疑問が晴れればいいということでもなさそうだ。オーディオにしてもしかり。
「考えること」そのものに意義があるのかもしれない。「ほんとうに大切なことは目に見えない」(「星の王子さま」:サン・テクジュベリ)のだ。
おっと、また分不相応に偉そうなことを言ってしまった。考えることが一番苦手なくせに(笑)。
以上で「読むもの」は終わり。
次に「観るもの」について
☆ NHKスペシャル 未解決事件File「ロッキード事件」~実録ドラマ~
去る7月23日(土)から24日にかけて3回に分けて放映されたこの重厚な番組をご覧になっただろうか。元総理大臣の逮捕という結果に終わった戦後最大の疑獄事件に更なる謎が隠されていたというあらすじだったが、「事実は小説よりも奇なり」を地でいくドラマだった。
結局、民間航空機の購入に伴う賄賂の断罪で事件は終結したが、事件の本丸は対潜哨戒機「P3C」(軍用機)の導入に伴う20億円にも上る賄賂にあり、それが行方不明のままという尻すぼみに終わった。
背景にはアメリカの「軍産複合体」の深い闇が横たわっており、当時の大統領「ニクソン」をはじめとする政府高官たちとロッキード社との癒着が匂わせてあった。
なにしろ当時の日米首脳会談で主要議題となっていた経済摩擦の問題はそっちのけで「P3Cを買ってくれ」と大統領が直に田中首相に頼むのだから驚く。そもそも日本側だけでこの事件を解決のしようがないことがよく分かった。
逮捕された田中角栄氏は「アメリカと三木(当時の首相)にしてやられた。」と親しい知人に語っていたという。
それにしても当時の膨大な記録映像の掘り出しから関係者への取材、さらには実録ドラマ風の仕立てなど、この番組はさぞや手間と時間がかかったことだろう。観ているうちに背筋がゾクゾクしてくるほどの迫真性があり番組製作関係者に対して深い畏敬の念を覚えた。
さすがは「NHKスペシャル」。こういう骨太の番組はとても民放では無理だ。
「こういう番組を作ってくれるのならもっと受信料を上げてもいいよ」という気持ちに久しぶりにさせてくれた(笑)。