トヨタ自動車といえば、手堅い経営、無借金、”トヨタ銀行”などというイメージがあると思います。しかし、トヨタはまぎれもなく日本でダントツ1位の借金王です。現預金と短期保有の有価証券の金額の合計から有利子負債(金利負担を伴う借入)を差し引いた金額を「ネットキャッシュ(net cash)」と言います。ネットキャッシュは企業の実質的な手元資金なので、マイナスの場合は「借金をしている」状態です。
トヨタのネットキャッシュはマイナス13.1兆円(現預金2.3兆円、短期保有有価証券2.1兆円、有利子負債が17.6兆円)で、2位のソフトバンク(マイナス6.3兆円)を大きく引き離しています。では、トヨタやソフトバンクが企業としての価値が低いかというと、ご承知のように、全く逆です。
トヨタのように巨額の投資を必要とする自動車や電機などのメーカ、電力や鉄道などのインフラ系の会社はどうしても有利子負債が多くなります。
トヨタが凄いのは研究開発に毎年1兆円以上つぎ込んでいるところです。
自動車のように成熟した市場が相手ならば、生産設備への投資は手堅いリターンをもたらします。しかし、研究開発となるとかなり不確実性が増します。
一方、手元資金が潤沢な企業は不況にも強く、手堅い経営と言えます。しかし、手元資金が豊富であるということは、キャッシュをただ溜め込んでいるに過ぎないとも言えます。本来、企業は手元資金を使って積極的に新しいアイデアに投資し、不確実な未来を切り開いていく存在であるはずです。
「アニマルスピリット」とは、”血の気”とか”野心”という意味です。英国の経済学者J.M・ケインズは「一般理論」の中で、企業家は常に合理的な行動をするのではなく、アニマルスピリットで動くものであると述べています。
血気に駆られて不確実性の高いビジネスにキャッシュをつぎ込むのは合理的ではありません。しかしケインズは、「それがイノベーションの源泉であり、経済の発展に重要な役割を果たす」と言っています。
企業家に限らず、アニマルスピリットを持っている人は大勢います。私見ではありますが、仕事の上で大きく成長した人は多少なりとアニマルスピリットを持っていたように思います。
「一般理論」でケインズはこう続けています。「(企業家の)アニマルスピリットが衰え、自然発生的な楽観論が崩れ、数学的な期待以外を考えなくなると、事業は衰退し死を迎える」
借金が増えることよりも、アニマルスピリットが減ることこそ憂うべきでしょう。
(人材育成社)