年をとるといろいろなことが面倒くさいと思うようになる。ま、いいかこれで、と今目の前にある状態で良しとしてしまう。ほんの少し手を伸ばすとか足を運ぶとか、そういうことをしない。
年をとると、と思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。今の時代が、そういう人を増やしているのではないか、と思うようになった。なぜなら若い人の中にも、こういういわゆるズボラな人が多いからだ。今問題になっていることの多くはこのズボラが原因で起きているように思えてならない。
考えてみると、少し前までは何か手に入れようとすれば自分自身が目的地まで出かけて行かなければならなかった。テレビのスイッチひとつ点けるのだって、ずりずりテレビの前まで出かけて行ってパチリと点けたものだ。ところが今は出かけて行かなくても大概の物は手に入る。リモコンがある、パソコンがある、携帯がある。座っているだけで事足りてしまう。子供の頃からそういう環境で育ち、さらに、面倒なことは甘い祖父母か両親がやってくれ、学校も何もかも、出来そうもない面倒なことからは遠ざけられて大きくなってきた、という大人がズボラでないはずがない。
「面倒」に免疫が無いのである。ちょっと面倒だと、ま、いいかこれで、となる。一見おおらかな感じのする性格のようにも映るが、ズボラとおおらかは大きく異なる。ズボラは大事なことにもズボラなのだ。おおらかな人はおおらかであるだけでズボラでなければ大事なことには妥協しない。大事なことはトコトンやるに違いない。
以前ある時期、毎日のように提案書ばかり書いていたことがある。手が足りずに若い方々に入力の支援を頼んだりした。同じような内容を頼んでも人によって出来てくる物が大きく違う。ほんの少しの手間を惜しんで、つまり面倒な手間は省いて「はい、出来上がりました」と言って持ってきた物は、結局後で相当手を入れることになった。しっかり手間をかけてくれた物は、大きく手直しする必要もなく、そのまま使えることが多かった。自分が製品を選ぶ時は誰もがひと手間かかった洗練された物を選ぶのだろうが、自分が作り手になった場合、一手間かけるのを面倒臭がる。
人とつきあうこと事態を面倒くさいと思ってしまう傾向もあるようだ。コミュニケーションが大事、といくら叫んでもこれではもうどうしようも無い。数年前の新人達は隣に座っている人に話しかけるのが面倒でパソコンを使ってメッセージを送っていた。ちょっと声をかければ済む話なのだからキーボードをたたく方がよっぽど面倒だと思うのだが、彼らにとっては声をかける方が面倒なのだった。それがわかって、メッセージ通信のソフトウェアを使用禁止にしたことがある。友人を作ることが面倒だと思ってしまっては未来がない。
異性とつきあうことが面倒、などと言われるとこれもかなりびっくりする。年寄りの方がよっぽど若い。何でもかんでも面倒だと思い始めてしまえば、生きていることまで面倒になってしまう。
ひと手間かけること、時間がかかってもより良くなったと思えるまでやってみること、少しでも努力すればそれだけ良い反応が返って来ること、良い反応が返ってくると嬉しくなってしまうこと、そんなことを少しでも感じるようになれば、面倒なことをすることが楽しくなる。生きていることが楽しくなる。
monipet
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センサー、IoT、ビッグデータを活用して新たな価値を創造
「できたらいいな」を「できる」に
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株式会社ジェイエスピー
横浜に拠点を置くソフトウェア開発・システム開発・
製品開発(monipet)、それに農業も手がけるIT企業
年をとると、と思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。今の時代が、そういう人を増やしているのではないか、と思うようになった。なぜなら若い人の中にも、こういういわゆるズボラな人が多いからだ。今問題になっていることの多くはこのズボラが原因で起きているように思えてならない。
考えてみると、少し前までは何か手に入れようとすれば自分自身が目的地まで出かけて行かなければならなかった。テレビのスイッチひとつ点けるのだって、ずりずりテレビの前まで出かけて行ってパチリと点けたものだ。ところが今は出かけて行かなくても大概の物は手に入る。リモコンがある、パソコンがある、携帯がある。座っているだけで事足りてしまう。子供の頃からそういう環境で育ち、さらに、面倒なことは甘い祖父母か両親がやってくれ、学校も何もかも、出来そうもない面倒なことからは遠ざけられて大きくなってきた、という大人がズボラでないはずがない。
「面倒」に免疫が無いのである。ちょっと面倒だと、ま、いいかこれで、となる。一見おおらかな感じのする性格のようにも映るが、ズボラとおおらかは大きく異なる。ズボラは大事なことにもズボラなのだ。おおらかな人はおおらかであるだけでズボラでなければ大事なことには妥協しない。大事なことはトコトンやるに違いない。
以前ある時期、毎日のように提案書ばかり書いていたことがある。手が足りずに若い方々に入力の支援を頼んだりした。同じような内容を頼んでも人によって出来てくる物が大きく違う。ほんの少しの手間を惜しんで、つまり面倒な手間は省いて「はい、出来上がりました」と言って持ってきた物は、結局後で相当手を入れることになった。しっかり手間をかけてくれた物は、大きく手直しする必要もなく、そのまま使えることが多かった。自分が製品を選ぶ時は誰もがひと手間かかった洗練された物を選ぶのだろうが、自分が作り手になった場合、一手間かけるのを面倒臭がる。
人とつきあうこと事態を面倒くさいと思ってしまう傾向もあるようだ。コミュニケーションが大事、といくら叫んでもこれではもうどうしようも無い。数年前の新人達は隣に座っている人に話しかけるのが面倒でパソコンを使ってメッセージを送っていた。ちょっと声をかければ済む話なのだからキーボードをたたく方がよっぽど面倒だと思うのだが、彼らにとっては声をかける方が面倒なのだった。それがわかって、メッセージ通信のソフトウェアを使用禁止にしたことがある。友人を作ることが面倒だと思ってしまっては未来がない。
異性とつきあうことが面倒、などと言われるとこれもかなりびっくりする。年寄りの方がよっぽど若い。何でもかんでも面倒だと思い始めてしまえば、生きていることまで面倒になってしまう。
ひと手間かけること、時間がかかってもより良くなったと思えるまでやってみること、少しでも努力すればそれだけ良い反応が返って来ること、良い反応が返ってくると嬉しくなってしまうこと、そんなことを少しでも感じるようになれば、面倒なことをすることが楽しくなる。生きていることが楽しくなる。
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