イエス・キリストは有名な山上の垂訓の中で、イエスの追随者・真のクリスチャンについて、「塩」の比喩的な用法を用い次のように教えられました。
「あなた方は地の塩です。しかし、その塩が効き目を失うなら、どうしてその塩けを取り戻せるでしょうか。外に投げ出されて人に踏みつけられる以外に、にはや何にも使えません」(マタイ5:13)。
上記の聖句が示す通り、イエスはご自分の真の追随者の弟子たちに、「なた方は地の塩です」と言われました。つまりイエスの真の弟子・真のクリスチャンたちは、他の人々の霊的な腐敗と道徳のの退廃を防ぐ保存的な影響力なのです。真のクリスチャンたちの携える神の王国の良いたよりは命を保護することになっています(マタイ24:14;28:19,20.ルカ4:43)。しかし、イエスは続けてこのように言われています。「しかし、塩がその効き目を失うなら、どうしてその塩けを取り戻せるでしょうか。外に投げ出されて人に踏みつけられる以外に、もはや何にも使えません」。当時のイスラエルで用いられている塩は、植物質や土質の物質と混ざりあっていた結果、それが塩けを全部失っても、土のような物質が相当残ることがあったようです。そのような塩けを失ったものは、砂利を用いるように道路や小道に敷く以外に、もちいることができなかったのです。丁度、真のクリスチャンが、神エホバの教え・イエス・キリストの教えを学び、守り行わない「愚かな人」になるなら、もはや効き目を失った塩と同じく、もはや何も神エホバから恵みを得ることはない、ことを明らかにされています(マタイ7:26,27)。ですから、真のクリスチャンは日々み言葉を学び、その教えを黙想し、神エホバのご意志を行う「思慮深い人」として歩む人たちは、比喩的に地の塩なのです(マタイ7:24,25)。
野良猫の 身をすりよせ来 春の午後 今日の一句
義母の庭の「アネモネ」