神エホバはイザヤを通し、イスラエル王国は神エホバがダビデと結ばれた契約を退けたゆえに、アッシリア人が洪水のように押し寄せ壊滅させることを告げました(列王第二17:16~18.イザヤ8:5~8)。さらに、イザヤは次のように警告します。
「(神エホバの契約の民に反対する)もろもろの民よ、害を加える者となり、みじんに砕かれよ。地の遠い所にいるすべての者たちよ、耳を傾けよ!帯を締め、みじんに砕かれよ!帯を締め、みじんに砕かれよ!企てを考え出せ。それは破られる!言葉を出せ。それは立たない。神(エホバ)がわたしたちと共におられるからだ!」(イザヤ8:9,10)。
この言葉の語られた何年か後、アハズ王の息子である忠実なヒゼキヤ王の治世中。このイザヤの言葉が成就します。アッシリア人がエルサレムを脅かすと、エホバの一人のみ使いがアッシリア人の兵18万5,000人を血を流すことなく討ち倒しました。神エホバがご自分の民及びダビデの王統と共におられることは明白であることを示されました(イザヤ37:33,37)。同様に、来たるべきハルマゲドンの戦いの際に、神の王国の王イエスを用い、敵たちを粉々にするだけではなく、神エホバに依り頼むすべての人々を救出されます(箴言3:4~6.詩編2:2,9、12)。
ヒゼキヤ王の時代のユダヤ人とは違い、アハズ王とその時代の民は、神エホバの保護に対する信仰が欠けていました。アハズ王とその民は、シリアーイスラエル同盟に対する保護として、アッシリア人を同盟を結ぶと、つまり「陰謀」を好みます。しかし、神エホバのみ手は、「この民の道」、つまり反抗的傾向に反対論を唱えるようイザヤを駆り立てます。続いてイザヤはこう警告します。「あなた方は、・・・彼らの恐れるものをおれてはならない。万軍のエホバ - この方をあなた方(ユダの民が)が聖なる方とすべきであり、この方にこそあなた方の恐れるるべきもの、あなた方をおのかせる方であるべきである」(イザヤ8:11~13)。今日の真のクリスチャンたちもイザヤの聖句を銘記し、様々な宗教協議会や政治同盟と結託したり、それらに頼らないように用心し、神エホバに依り頼んでいます箴言3:4~6)。エホバの証人のクリスチャンたちは、保護を与え救出してくださる神エホバに全き信頼を置いているのです。ですから、神エホバが私たちと共にいてくださり、地の人はわたしたちに何もなしえることはできないのです(詩編118:6)。
イザヤは言葉を続け、神エホバに依り頼む人たちにとって神エホバは「神聖な場所」、つまり保護となる、ということを再び述べます。それとは対照的に、神エホバを退ける人たちは、「必ずつまずき、倒れ、わなき掛かって捕らえられ」ます。このイザヤの聖句が示している通り、神エホバを頼らない人々のたどる滅びは明らかです(イザヤ8:14,15)。1世紀において、イエスを退けた人々も、同様につまづき、倒れました(ルカ20:17,18)。神の王国の王イエスに忠節を示さない今日の人々も、同様の結末を迎えます(詩編2;5~9)。
イザヤの時代に、すべての人がつまずくわけではないことを、イザヤは証しています。それらの人は神エホバの律法に従い、神エホバに依り頼みました(イザヤ8:16,17)。
わたしたちも神エホバに依り頼み、神の王国と神エホバの義をいつも第一にし、神エホバと共に歩み続けたいと思います(箴言3:4~6.マタイ6:33.ミカ6:8)。
三色の 並び咲きたる 桜草 今日の一句
庭の「カタバミに来ている蜜蜂」