愛媛県宇和島市からの良いたより♪

私のブログでは次の内容を紹介致します。
1.「神の王国の良いたより」、聖書教育
2.花々、風景写真
3.俳句、他

聖書のイザヤ書:神エホバの「律法と証しとに問え!」

2019-03-20 00:31:30 | 神の言葉・聖書

 イザヤの時代、ユダでは、心霊術を禁じる神エホバの律法も他の数々の守るべき事柄は明らかにされていました。神エホバの律法は文書で誰でも確認できる形で保存されています。今日は、神エホバの言葉は完全にそろった文書、つまり聖書として世界中の人々が母語で読むことができます。聖書には神エホバの律法や規定や私たちを最も幸福に導く教えが集大成されているだけではなく、神エホバと契約下の民との交渉に関する記述の収められています。神エホバの民との交渉に関する記録は、神エホバの言葉の真実性を証しし、もしくは正確な証言であり、神エホバのご性格や様々な特質を教えてくれます。当時イスラエル人は、死者に相談する代わりに、導きを求めて頼るべきは何だったのっでしょうか。イザヤは、「(神エホバの)律法と証しとに問え!」と告げています(イザヤ8:20前半)。そうです、イザヤの時代も今日も、平安と義の満ちる真の啓発を求める人は、書き記された神エホバの言葉に頼るのです(イザヤ48:17,18)。ですから、聖書の箴言(しんげん)は、心をつくして神エホバに依り頼め、と勧めています(箴言3:4~6)。

 心霊術に手を出している当時のイスラエル人の中にも、書き記された神エホバの言葉に敬意を抱いている、と唱える人がいたかも知れません。しあし、そうした主張は空しく、偽善的です。イザヤはこう告げています。「確かに、彼らは夜明けの光を持たないこの言葉に従って語りつづける」(イザヤ8:20後半)。イザヤこの聖句の中に記されているのは、どんな言葉について述べているのでしょうか。それは、先に告げた神エホバの「律法と証しとに問え!」という言葉に違いありません。背教したイスラエル人の中にも、神エホバの言葉を偽善的に引き合いに出す人がいたのかも知れません。それは、今日も背教者や他の人々も聖書を神エホバのご意志から離れて独善的な引用することがあるのと似ています。それは口先だけのものなのです。独善的に聖書を引用しても、それと共に神エホバのご意志を行い、汚れた習わしの「肉の業」捨てないなら、「夜明けの光」、つまり神エホバからの啓発は得られません(ガラテア5:19~21.イザヤ8:20の後半)。

 あなたも、神エホバからの啓発を受けて歩む方々のお一人であれば幸いです。

                 WWW.JW.ORG 

     静かなリ 明け方春の 雨の降り 今日の一句

                      切り花の「ローダンセ」

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ヒイラギ南天の花とボケの花

2019-03-19 02:18:28 | 四季折々の花々

 こちらでは、あまり見る機会のないヒイラギ南天の花が

咲いているお家の庭がありました。お家の方に許可を頂き庭に入り

写真を撮らせて頂きました。ヒイラギ南天は黄色の可愛いい花を咲かせています。

ヒイラギ南天の花は私の手持ちの花図鑑には紹介されていません。

 今日はヒイラギ南天の花とボケの花を紹介致します。

  

                    庭植えの「ヒイラギ南天の花」

                      愛好家の多い「ボケの花」

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

聖書のイザヤ書:ユダはサタンの悪霊に頼る!

2019-03-19 01:53:43 | 神の言葉・聖書

 イザヤの時代の人々は、神エホバのご意志を離れ、嘆かわしい道徳状態に陥っていました。ユダはアッシリア人の侵攻の脅威にさらされており、前途には困難な時代が待ち受けています。人々は神エホバに依り頼むのではなく、悪霊のサタンに頼ります。心霊術を行い、死者との交信を試みて困難な問題の答えを得ようとします(サムエル第一28:1~20)。

 中には、そうした背教の習わしを奨励する人もいます。イザヤは背教を指摘し、次のように告げます。「もし人々があなた方に、「霊媒に、または、さえずったり低い声でものを言ったりする予言の霊を持つ者たちに問い合わせよ」と言うのであれば、どの民もその神に問い合わせるべきではないか。生きている者たちのために死者に問い合わせることがあってよいだろうか」(イザヤ8:19)。サタンが操る霊媒、「さえずったり低い声でものを言ったりして」人々をだますことをします。死者の霊によるものとされるそうした効果音は、生きている霊媒が腹話術のように作り出していることも考えられます。しかし時には、サタンの配下の悪霊が直接関与し、死者が声を出しているふりをします。サウル王がエン・ドルの魔女に伺いを立てた時がそうでした(サムエル第一28:8~19)。

 神エホバが心霊術の習わしを禁じておられるにも拘わらず、こうしたことがユダで行われていました。神エホバは律法を通して心霊術の習わしは死刑に値する違反行為であることを明らかにしていました(レビ記19:31;20:6,27.申命記18:9~12)。なぜそうなったのでしょうか。「彼らの心は無感覚になり」、人々は神エホバのご意志を離れた者となっていたのです(詩編119:70)。

 ユダの人々は、アッシリア人の攻撃が目前に迫っている時」に、神エホバの律法の導きが何の役に立つのかと、考え信仰を失っていました。神エホバのご意志が達成されていくのを待とうとしませんでした。現在も多くの人々は、聖書に記された神エホバの教えを無視し、星占いに答えを求めたり、水晶占いや他の形態のオカルティズムに頼ったりしています。生きている人が死者に答えを求めるのは当時も今も愚かなことです。だれであれ心霊術を習わしにする者、「殺人をする者、淫行の者、・・・偶像を礼拝する者、またすべての偽り者」は、滅びの道をたどります。そのような者には将来の命の見込みはありません啓示21:8)。

 あなたも、サタンの配下の悪霊から注意深く離れている方々のお一人であれば幸いです。

                  WWW.JW.ORG

      好天や 桜開花の ニュースあり 今日の一句

                       お訪ねした家の玄関の「桜草」

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

唐モクレンと土佐ミズキ

2019-03-18 03:16:12 | 四季折々の花々

 宇和島湾の海辺の山に唐モクレンが春の陽射しを浴びて咲いていました。

唐モクレンは庭木として植え、楽しまれている方が多いようです。

花期は3月~4月です。

用途は庭木です。

花言葉は「信頼」と紹介されています。

 今日は唐モクレンと土佐ミズキを紹介致します。

                 春の日を浴びて咲いている「唐モクレン」

                    庭に咲いている「土佐ミズキ」

コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

聖書のイザヤ書:「しるし」と「奇跡」が際立つ♪

2019-03-18 02:53:22 | 神の言葉・聖書

 イザヤの預言を詠むと、神エホバに依り頼む重要性を学ぶことが出来ます。私たちも、神エホバに依り頼む人々の模範に見倣い、その人々と同じように、清い崇拝から離れない決意を抱くように励まされます(ダニエル12:4,9.マタイ24:45.ヘブライ「6:11,12)。

 次いで、イザヤはこう宣言します。「見よ、わたしと、エホバがわたしにお与えになった子供たちとは、シオンの山に住んでおられる万軍のエホバからのイスラエルのしるしとなり、奇跡となっているのである」(イザヤ8:18)。

 神エホバがお与えになられる子供たちとはイザヤ、マヘル・シャラル・ハシュ・バズは、ユダに対して神エホバが持たれる目的のしるしなのです。同様に今日、イエスとその油注がれた兄弟たちも、しるしとしての役割を果たしています(ヘブライ2:11~13)。そして彼らの行う業には「ほかの羊」の「大群衆」も加わっています(ヨハネ10:16.啓示7:9,14)。当然ながら、しるしは価値あるものとなるためには、置かれた環境の中で際立っていなければなりません。それと同様に、真のクリスチャンがしるしとしての任務を果たすためには、この世とは違う者、エホバに全幅の信頼を置き、神エホバの目的を大胆にふれ告げる者として際立っていなければなりません。

 それで、すべての人は、この世の基準ではなく、神エホバの基準を守らなければなりません。大いなるイザヤであるイエス・キリストに委ねられた、「善意の年とわたしたちの神(エホバ)の側の復讐の日とをふれ告げる」という任務をさらに推し進めつつ、人に恐れを抱くことなく - しるしとして - 際立った者でありつづけましょう(イザヤ61:1,2.ルカ4:17~21)。アッシリア人,つまり現在の事物の体制に適用すれば、神エホバの敵対者洪水のように全地に打ち寄せる時、たとえそれが私たちの首にまで達しようとも、真のクリスチャンが流しされることはありません。「神(エホバ)がわたしたちと共におられる」ので、私たちは確固たる態度を保てるのです(イザヤ8:10)。あなたも、そのような方々のお一人であれば幸いです。

                 WWW.JW.ORG

      春の雨 上がる島なみ 走り行く 今日の一句

                     お訪ねした家の庭植えの「ボケ」

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする